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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    「名を捨てて実を取る」ということ 

    由進作 勝運駒 勝つか負けるか?

    最初は、目標実現のための大まかなる「大同団結」かと思った。

    分断された細かな固まりが、とりあえずひとつに固まって、より大きな集合体となる。後のことは、固まった中で徐々に整理整頓していけばいい。最初から前提の条件闘争にはやる教条主義には、発展性はない。おおらかな懐の深さこそが、集団を強化しより大きな人々の固まりとなることを保証するのだが、やはりそのことを理解する度量は伺い知れなかった。

    止揚(アウフヘーベン)という言葉が使われたが、私のつたない学習経験だと、止揚とは、確か弁証法的には、AとBという対立する軸が、真摯な議論によってCという新たなパラダイムに発展するという作用のことである。対立を抱え込まなければ、そもそもアウフヘーベンすらできないのだ。

    そう考えていくと、どこやらの女性新代表は、(レヴェルの低い取り巻きを含めて)すでに排除の論理で限界を示してしまっているし、それなりの資金と数を持っていたはずのどこやらの男性代表は、かつて偽メール事件でそうであったことを再現するかのように、またも詰めの甘さを吐露してしまった。「名を捨てて実を取る」前に「名も捨てて実も母屋も取られてしまう」状態になっている。嘆かわしいものだ。

    今回の喜劇の裏側を勝手に妄想推測すれば、それなりに浮かび上がってくることがある。どこやらの何とか会議が、モリ・カケ私物化首相のやがての失脚に保険をかけるように、結果的に野党第一党を解体・乗っ取りの形で女性新代表の作った新しいグループに肩入れを図ったと考えると、様々なことが納得されるのだが、果たして真実はどこにあるのか?山暮らしの中では、遠い永田町の景色の実態は見えず、勝手に想像を逞しくするしかない・・・。

    アッ、今、気づいたのだが、そうだ、自然と同化する今の私には、摩擦を呼ぶ対立軸が(自分の心の思いと置かれた現実以外には)生まれ得ないので、結果的に私は社会的にはアウフヘーベンしない奴になってしまっているのだ。まあ、それはそれで良しとするしかないのだが・・・。







    category: 異化する風景

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    失語症的症状? 

    JT
    近頃、私は私自身の言葉を失ってしまっている。

    ここ7年の間、このささやかなブログを通して、せめても筆先を鈍らさないように、折に触れて関心ある事柄を書き記してきたが、コツコツと積み上げてきた(本来怠け者の私だが、相当な覚悟と努力を続けてもきた)ものと、現実社会のご都合主義の風潮や刺激の無さに、何となく違和感を抱き始めてしまっていたのだ。

    こうなると、今このとき、なにをどう料理して文章にすべきかというモチベーションはいっきに下がって、もうどうでもいいんじゃないかと、無力感を思い知らされることになる。

    まあ、例えば倦怠期の夫婦とか恋人同士とか、慢性疲労の蓄積で闘志の湧かなくなったアスリートや受験生の心境、とでも言えばいいのだろうか?

    で、ずっと文章修行も感性磨きのお勤めも隅に追いやって、沈黙の日々を過ごしていた。いや、黙って沈黙しているのも、逆にときたま沸き起こる言葉が内向きに向かって攻め立てて来るので、結構つらいものがあると教えられもした・・・。孤独に過ごすのは、他者との気分転換のくだけた会話もなく、逃げ場も失ってしまうのだ。うーん・・・。

    とは言え、昨日あたりから刺激を感じさせてくれなかった世の中も、何となく何かが起こりそうな気配があるようだ。
    私の失語症的症状も、そろそろ回復の兆しが生まれてくるのかも知れない。
    さて、どうだろう?




    category: 日々流動

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    9月6日 大内延介九段を偲ぶ会~竹橋:如水会館 

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    竹橋:如水会館に着いたのは会が始まる20分ほど前だった。
    そのまま受付に向かうと、すでに一部開場されている部屋の中から、手を上げて合図を送ってくれる人物がいた。
    エッ?誰だろう?と、目を凝らしてみると、何と駒師出石だった。ここしばらく連絡もしていなかったので、久し振りの再会だったが、時間の空白など少しも感じることはなく、この時代にそこにタバコ仲間がいてくれた心強さに安心感を覚えただけだった。

    で、そのまま連れ立って3Fの喫煙デッキに向かい、一息ついて会場に戻ると、パテーションが開けられ献花の祭壇が飾られたその隣では、バイオリンとピアノの生演奏が始まっていた。

    午後5時。「大内延介九段を偲ぶ会」が始まった。会場には、故人を偲ぶ150人ほどの人たちが集まっていた。

    棋士で言えば、佐藤康光会長、西村九段、郷田九段らがいたし、勿論孫弟子の藤森五段、梶浦四段をも含めて大内一門は勢揃いしていた。

    会が進めば進むほど、故大内九段の人となり、交友の広さが浮かび上がってくるように感じてならなかった。改めて価値ある人を失った無念が会場を包んだ。

    5月5日のこどもの日、私は大内九段とお会いしたが、そのときの病にやつれた姿に、実は大きなショックを覚えていたのである。その半年前に会って、冗談を言い合った時とはまるで別人の姿だった。いつもの大内九段特有の精気が失われていた。だからこうなることは予感していたが、それでもまだ何度かは会えるはずだと信じようとしていたのだ。

    しかし前立腺癌は、おそらく腰骨にまで骨転移し、その転移は肝臓に達してしまったのではないだろうか?同じ流れで身内を失ったことがあるので、医者ではない私でも想像はつく。

    そう言えば、あのとき愛知・豊川の駒師清征が持参した2組の「怒涛流大内書」の彫り駒は、大内九段の遺品となってしまったが、それは鈴木大介九段が受け継いでくれたという。

    その鈴木九段と、私と出石は会場で話をした。
    「あの怒涛流大内書は、私がお願いして、一昼夜をかけて大内九段が書を仕上げ、この駒師出石が駒書体として完成させた言わば大内一門の宝物です。ぜひ鈴木九段にきちんと受け継いでいただきたいんです」
    「そうですか。あの彫り駒もいい駒ですよね。先生の書体ですから大事にしなければいけませんね」
    「出石は大内九段から依頼を受けて、すでに10数組の怒涛流盛上げ駒を作っています。これからのことはこの駒師出石と連絡を取り合って下さい」
    「そうしましょう」

    会が終わっての帰り道、私は出石と大内九段のことを改めて想い出していた。まるで子供のように楽しそうに詩吟を朗詠してくれたその姿。落語好きな出石の兄の小噺を一緒に聞いたあの日のこと。出石を翻弄した自宅での記念対局。神楽坂:龍公亭での美味しい中華食事会。盛り蕎麦をお代りした日暮里:若松での蕎麦会・・・・。そこにはいつも、その程度のものでは満足も納得もしない大内九段の心意気ある姿があった・・・。それが粋だった・・・。

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    故大内九段が、この日の偲ぶ会の参加者に最後に手渡したのは、「木鏡」と記された扇子である。
    浅学ながらその意を解釈すれば、「飾らぬありのままを映す」というようなメッセージに受け取れる。
    木には、素朴で飾らないありのままという意味が古来より込められている。水は、飾ったお化粧姿も包み込んでしまうが、木にはそれがない。敢えて「水鏡」とは記さず「木鏡」と記したことが、おそらく大内九段の遺言なのだろう。
    重く深い言葉である。









    category: 日々流動

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    8月26日 落語協会特選「桂文生独演会」~池袋演芸場 

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    8月26日 午後6時から「桂文生独演会」が始まった。満席で通路にまで折りたたみ椅子が並び尽くした。

    開口1番は、前座・一猿の「寿限無」。

    次に、2番弟子(いや文生一門には、もう一人同じころに弟子になった文ぶんがいるから、正確には3番弟子か)文雀の「尼寺の怪」。
    暑気払いにみんなが集まって怖い話をし合って、ゾクゾクとしないような話だったら、みんなにたらふくの酒をおごらなければならないことになった若い魚屋が、和尚さんからその昔の怖かった尼寺での話のネタを聞きつけて、これならいけるとみんなの前で披露して、結局はこけてしまう噺だ。

    そして中入り前の文生最初の登場となる。
    待ってましたとばかりに、客席の拍手の音が増し、「転宅」が、酒の噺やあまり飲めない小三治の話題を枕にして始まる。
    以前に太夫だった妾宅に忍び込んだ間抜けな泥棒が、逆に妾となった太夫に財布の中身をからにされてしまうという噺。
    下げに向かう頃には、文生の明るいフラのある顔が、間抜けな泥棒の顔と一緒になってしまう感覚になってくるのが不思議だ。

    そして15分ほどの仲入り休憩。

    1番弟子扇生の「千両みかん」。
    真夏に、艶々しくしかもみずみずしく薫り高いみかんに恋して、ひどい恋煩いに堕ちた若旦那を助けようと、一肌脱いで真夏にみかんを探して奮闘する番頭の悪戦苦闘の噺だ。

    ここまで噺を聞き終えて、ふと私は思った。文生は、自然と顔全体の筋肉を使いこなして、あの飄々とした特有のフラのある表情を作っているのだと。
    そう思うと、前座・一猿は、まだまだ少しも眼元の楽し気な表情を浮かべる余裕のないのが判るし、すでに相当の実力を備える文雀や扇生にしても、もしそのことに気づいて実行してみたなら、さらに色気や艶が漲ってくるのになと感じた。

    文雀は眼尻の表情は使えているが、眼元の筋肉の表情をまだ使い切ってはいない。眼尻ではなく眼元の表情がまだもうひとつかたくなな印象で、そこに文雀自身の自負や自我が意志が漂っている。ここを自然体で崩してしまったら、さらに数段化ける可能性を感じた。ついでに言うなら手先の説明がうるさい部分もある。力のある芸人だけに、ぜひともドーンと構えて欲しいものだ。

    扇生は、江戸の端正な職人の風情を自然と持ち備えている。これは武器だ。この武器を生かす形で、時にメリハリのある大きな目の表情を効果的に作って巧みに間合い(客との駆け引き)を図ったなら、観客はその端正な扇生自身とのギャップにより引き込まれて、古き良き江戸の噺家の味わいをもっと堪能していくだろう。

    おそらく仲入りの間に、文生はなみなみと注がれたコップ酒を1・2杯豪快にあおったのではないか?
    そう思えてならないほど、文生の「一人酒盛」は名人芸に満ち溢れていた。

    とっておきの良い酒は、良い酒だからこそ舌で舐めるのではなく、ゴクゴクと飲み干して喉で味わうのが酒飲みの嗜みと思い知らされた観客は多かったろう。

    自分自身の酒の強さを、ある意味処世の術としてまで活かしきって、先人の名人芸の噺家たちから可愛がられもしてきた文生の、凄味ある噺を聴いた感がある。

    この夜の文生は、かつての名作漫画「寄席芸人伝」の主役キャラを演じられるほどの世界を披露した。

    「(酒の飲めない)留の奴は、酒癖が悪い」と下げを決めたとき、文生に対して、観客席の後方からワーッと歓声が上がった。

    78歳の文生を、池袋に集った観客たちが、まるでアイドルのように迎え入れた瞬間だった。
    芸の力が場内を圧倒したと言えるのかも知れない・・・。






    category: 異化する風景

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