Admin New entry Up load All archives

    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    山暮らしの日々 

    IMG_20180401_141319.jpg
    春の盛りを迎えて、山暮らしの風景もいっきに変化(ヘンゲ)してきた。

    外の池にカエルが卵を産み落とすことに始まり、花々が勢いをつけて咲き誇り始め、今はソメイヨシノが満開を過ぎてそよ風が吹くとチラチラと桜吹雪を見せ始めている。すでに夏日の気温と天気予報士が言っているが、山の中では猫もうたた寝するのどかさだ。

    山の暮らしもずいぶんと長くなった。脊髄の大きな手術を経て、何とか社会復帰を目指そうとしてからだからそうなるのだが、体感時間としてはアッという間だった。

    山暮らしの中で唯一発見したこと。それは、花も虫も鳥も獣たちも、両生類や爬虫類たちも、日々生き抜くだけの栄養を食らい、それ以上は求めず腹八分を知り、あとは何かに憑りつかれた様に交配や生殖を繰り返して、その一生を終えていくのだということである。

    見守っていると、地球上で生きるという行為は、それに尽きるのだ。ただ人間だけが、強い物欲に見舞われて、他人様以上の収穫のストックを確保しようと蠢いている。人間であるということは、道具を使える知性やあるいは鍛え方によっては気高い思想などを備えていることよりも、実は限度を知らぬ物欲にこそ、人間らしさが特異に表出されているのであるのだろう。

    自然の中の生き物たちは、食らうにしても必要以上の貪欲さを示すことはない。貯め置くストックは持たないし、満たされてさえいれば、蛇とカエルが隣り合わせにいても同存できるのだ。そう言えば、吐くまで飲んで食べ尽くすのも人間であればこそなのではないか?

    人間というのは、かくまでも罪深い特異で度し難い愚かさを持つ地球上生物と言えるのかも知れない・・・。






    category: 異化する風景

    CM: 0 TB: 0   

    子供の王国~落日への風圧 

                        morobosi daijirou (2)(諸星大二郎著作より)

    とある、日出る処のファーイーストに所在する王国。
    恥じらいを知る識者たちは、思いのたけを込めて「子供の王国」と呼んだ。

    それもそうだろう。そもそもその国には、かつての悲劇的戦争への反省を踏まえて、老いた身体を鞭打つように、平和平穏をを祈念して民人の間を訪れ続けられるミカドご夫妻ががおられるのに、いつの間にか、そうだ5年ほど前から、勝手に絶対王権のキングやクイーンのように立ち居振舞う民間人夫婦が生まれてしまったのだ。如何なる理由があろうとも、5度選挙に勝たせてしまった事実は、制度の中で思いもよらなかった王国を生み出してしまったことになる。さしあたり信じてしまった民人も愚かだったということなのだろう。本質を見抜けなかったのだから。

    かつて薩長の田舎者たちが、庶民が切り開いた華ある江戸の文化を蹂躙しまくってしまったが、今また長州者が悲劇の果てにようやく手にした「民主主義制度」を破壊しまくっている。手法は、耳障りの良いその場しのぎのご都合主義と、恥を知らぬ嘘の連発である。
    ひとつの嘘が新たな嘘を呼び、挙句の果ては公安による謀略と弾圧までもが蔓延り、歴史に責任を負うべき公文書さえも、公僕たる役人自身が矜持を捨てて改ざんに励んでいる始末だ。

    国のこの先1年や、この先の未来にどう責任を果たしていくかを問われる国会も、まるで「子供の国の学級会」の様相で、無教養であってもいいところの衆が、すさんだ目つきで跋扈して、いじめやハラスメントを繰り返し、自らと自らのお友達に都合の良い嘘を繰り返している。同時に寄生虫のように利をも仲間同士であざとく漁り尽くしている。

    子供の国のキングとクイーンは、貪欲に何かを欲しがる上目使いの輩の心にもない世辞と御愛想に囲まれて、日々増長して調子に乗って、まるで絶対主義国のキングとクイーンであるかのように振る舞っている。

    だが平和を祈念され自らの信念で民人に励ましを届けられてきたミカドが、その齢と健康を考えられて退位され、きちんと帝王学を身につけられた新しいミカドが即位されようとする今、どうやら「子供の王国」には、崩壊の嵐を呼ぶ風が吹き始めたようだ。まるで邪悪を駆逐するかのようにだ。

    さてこれからどうなるか?予測はつかないが、ただひとつ言えるのは、一度でも失った信義は、疑念を呼び起こし続けて、そう簡単には回復されはしないということだろう・・・・。


    ここ数週間、何を言葉に発してみたらいいのかと考え続けていたが、呆れるほど愚かな時代と「子供の王国」を意識すればするほど、何の言葉も思い浮かばなかった。今の私には、そもそも「子供の国の学級会」に参加するほどの体力が余ってはいない現実があるし、恥を知らない人たちとどう会話していいのかも判らないのだ。

    沈黙の中で発見したことは、ただひとつ。虚無と憎悪と報復は、テロ衝動への魔境の三角地帯と成り得るということだった・・・。
    普通の人々の1員でしかない私でさえも、突き詰めて潜在意識を探っていくと、ス~ッとそんな感情に引き寄せられもする。戒めておかねばならない・・・。







    category: 世相を読む~極私的注目のままに

    CM: 0 TB: 0   

    金魚を飼おう⑱~ランチュウの成長・1年8か月 

    DSCN2662.jpg
    今日は気温が上がるという天気予報を見ていたので、早起きして恒例の水替え作業を実施。時間にして完了まで20分ほど。でも水はまだまだ冷たかった。

    今年の冬は、日本海側を中心にシベリアからの大寒気が忍び寄って大雪被害も出たが、幸いにも太平洋側は2度の積雪はあったというものの、例年よりは太陽が出ることが多く、昼を過ぎると太陽の温か味を感じられることが多かった。

    私の暮らす山間の地でも、明け方はマイナス6∼7度に冷え込んでも、太陽が出てくれると昼過ぎには室内気温は10度を超えていたと思う。ただマイナス6度の冷え込みでは、外に置いてある火鉢を使ったメダカ飼育桶は、10㎝を超える氷がとけずに張り詰めて膨張し、ついには火鉢に極小のヒビをもたらして、気がついたときには氷の下の水が抜けてしまっていて、この飼育桶の20匹ほどのメダカは全滅してしまった。残念だったが、他の3つの飼育桶は何とか氷のパワーに耐えてくれたので、これまで繋いだメダカ一族の血脈は絶えずに守られた。

    外はそれなりに大変な状況だったが、室内は最小限の暖房でしのいでいたが、そこそこ安定していて、昼過ぎになると餌をねだる仕草を示すので、2日に一度ぐらいの頻度で、通常の1/3ほどの量を与え続けていた。

    それでもひと冬を過ごすとまたひとつ大きくなってきたのは不思議でもある。

    DSCN2663.jpg   DSCN2664.jpg

    この春を過ぎると、生まれて3年目に突入することになる。そう言えば金魚の歳は、競走馬のように満年齢で数えるのだろうか?たぶんそうだろう。いやどうだったろう?当歳、1歳、2歳・・・なのか?あるいは当歳、2歳、3歳だったろうか?あれっ⁉どっちだったろう?・・・。まあ、いいか。

    DSCN2665.jpg

    顔周りの肉瘤もだんだん大きくなってきた。
    「立派になれよ」と全4匹に声を掛けて、今日の水替え作業は完了した。






    category: 金魚を飼おう

    CM: 0 TB: 0   

    2018 フェブラリーS(東京・ダート1600m)~中山記念まで 

    埴輪馬

    ここのところ、ちょっとやぶ用が重なってパソコンの前から離れていた。

    で、時間は10日前に遡る。2月18日。2018最初のG1戦である東京ダート1600mのフェブラリーSが行われた日だ。
    縁起担ぎもあって、最初のG1戦は何とか推理的中に至りたいと願うのは、毎年感じる大衆の夢である。そして私自身も、まぎれもない大衆の一人に他ならない。だからそれなりに夢を見た。

    最終追い切りをいつものようにGCの録画でチェックして、土曜の段階でR.ムーア騎乗のゴールドドリームの軸は決めていた。相手を先行馬にするか、後ろからの差し馬にするかは、今回の重要なテーマで悩んだが、騎手心理として、これだけ先行馬が揃えば逆に相手の出方を牽制し合って、さほどハイペースにはならないのではないかと、そう判断したのだが・・・。

    こんな見極めを、徹底的に砕いたのが、馬の気配を察して騎乗する横山典弘ニシケンモノノフの逃亡だった。それに福永祐一ケイティブレーブも古川吉洋テイエムジンソクも石橋脩ノボバカラも引くに引けずに絡んで行き、結局は、ダート戦ながら前半3F34秒1のまごうことなきハイペースとなってしまったのである。

    直線での差し馬台頭はもはや間違いなかった。せめて戸崎圭太サンライズノヴァに最後の願いを賭けたが唯一の4歳馬でまだ古馬の牙城は崩しきれずに4着が精一杯だった。ムーア・ゴールドドリームは安全策をとった印象で、直線早めに追い出して馬群を抜けたためにゴール前で内田博幸ノンコノユメに差し切られてしまって2着だった。

    先行馬がぎりぎりの牽制をし合って、ゴール前での熾烈な攻防を見せ合うと読んで、ゴールドドリームから、テイエムジンソク、サンライズノヴァ、穴ならノボバカラと3頭を選んだ私の推理は、結局、スタート直後から横山典弘ニシケンモノノフに打ち砕かれたと言うことである。ノンコノユメは、雪の影響で馬場が締まってやはりハイペースだった根岸Sに続いて、2匹目のドジョウをつかんだ様に幸運だったということだろう。

    でも私も、しぶとかった。この日の朝、研究ニュースでたまたま小倉記念大賞典(小倉・芝1800m)の出馬表を見て、おおこのメンバーなら川田将雅トリオンフの軸は固いと、トリオンフからヤマカツライデン、ウィンガナドル、調教師定年引退を控える小島太厩舎のストレンジクウォーク、そして大穴なら人気はないが力はあるはずのクインズミラーグロへの馬連を少しばかり買っていたのだ。
    先行馬は堂々と4コーナーから差し切ったトリオンフに潰されたが、最後に大外16番枠のクインズミラーグロが追い込んで2着を確保してくれて、馬連は140倍を超えていた。ほんの少しだったが、取り合えずラッキー‼・・・。

    この結果を知って、フェブラリーSを観戦していたのである。でも府中の結果は、アンラッキー‼・・・。
    それでも、しぶとく次週の中山記念の軍資金はまだ残っていた。こんな大勝ちもないが大負けしないしぶとさが、1月からずっと続いている。続けばそれなりにレースの推理を楽しめるから、それが明日への活力にもなってくるというものだ。

    細かな用をこなしながら、次に迎えた2月25日の日曜日。阪急杯(阪神・芝1400m)と伝統の中山記念(中山・芝1800m)の日を迎えた。
    いつもの如くGCの最終追い切りの録画で馬の気配を確かめて準備をした。
    阪急杯の軸は、ルメール・モズアスコット。この馬からG1馬川田将雅レッドファルクス、池添謙一カラクレナイ、武豊ダイアナヘイロー、福永祐一シュウジへの馬連4点。

    ダイアナヘイローを選んだのは、やはり定年制で引退する福島信晴調教師の最後の重賞挑戦だったこともある。元騎手安田富男と同年だった彼と出会ったのは、札幌の市場に近い寿司屋だった。確か厩舎を開業する前年のことだったと思う。田舎のおじさんのような人柄と笑顔が印象的で、同じ年の安田富男との会話を、まだ駆け出しだった私は傍で楽しく聞いていた。そんなことをふと想い出したからだった。
    こんなこともあった。1996年の皐月賞のパドック。見終えた私は、たまたま隣り合わせた福島信晴とこんな会話をした。
    「いやぁ、ダンディコマンドはいい馬ですねぇ・・。今日はイシノサンデーやロイヤルタッチに敵わなくても、必ず重賞を獲る馬でしょう」
    「そうかなぁ・・」と、福島信晴はさりげなくしていたが、村本騎乗で2番手から5着に粘った結果からすると、実はこの日こそ福島信晴には勝負の日だったに違いなかった。今から思えば、秘かに一発勝負に出ようとしていた調教師に対して、ずいぶん生意気な口を叩いてしまったものだと反省している。
    その管理馬ダイアナヘイローが、武豊の騎乗で粘り勝ちを収めた。モズアスコットは2着、レッドファルクスは3着。馬連は30倍に近い配当だった。

    そして中山記念。
    そう言えば、サクラローレル(直前に引退した小島太に代わって横山典弘が騎乗した)、ジェニュイン(松山厩舎・岡部幸雄騎乗)で決まった中山記念も1996年のことだった。2頭のG1馬の組み合わせで馬連は45倍もの配当だった。私には忘れられない中のいい想い出でもある。

    相手馬2頭はすぐに決まった。松岡正海ウィンブライトと調教師小島太の最終最後の重賞挑戦となる田中勝春ディサイファ。
    軸は、横山典弘アエロリットにするか、デムーロのペルシアンナイトにするか迷った。心情的にはアエロリットだったが、横山典弘に攪乱されたフェブラリーSのトラウマもあり、結局皐月賞2着のマイルCS馬ペルシアンナイトに決めた。(何と愚かな・・・)

    中山記念の勝ち馬は、松岡正海ウィンブライト。2着は、坂を上ってゴール前に差し返した横山典弘アエロリットが確保。デムーロ・ペルシアンナイトは5着がやっとだった。

    ペルシアンナイトにドゥラメンテのレースをさせてもだめだろう。ウィンブライトは究極の瞬発力勝負になったらまだ脆さが出るだろうから、今後松岡正海がそうはさせないレースに挑んでいけばまだまだ成長するだろう。牝馬アエロリットは確実に牝馬の中距離馬の頂点に向かって成長を遂げている。

    そして不肖この私も、しぶとく競馬に食らいついている。このペースを守っていれば、いずれ・・・。そう思うと、また週末の桜花賞トライアル・チューリップ賞や皐月賞トライアル・弥生賞が待ち遠しくなるというものだ。

    間違っても難易度の高い馬券に手を出すようなことはなく、己の身の程を知って、ひたすらペースを乱さずにだ。うーん、これも欲があると難しいが・・・。
    何とか心しようかと、そう思えるここのところの10日間でした、ハイ・・・・。







    category: 競馬

    CM: 0 TB: 0