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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    「こんな人たち」と「お仲間たち」 

    JT

    「こんな人たち」の輪ががうねるように叫んだ。「退場!」と。

    名指しされて糾弾された人物は、人の輪に向かって指をさしながら、ムカついた感情を発露した。「こんな人たちに負けるわけにはいかない!」と。

    このシーンこそ、今の日本の悲劇と喜劇が同存する危機的状況を、まさにシンボライズする光景だった。

    「こんな人たち・・」と絶叫したのが、狭量な同時に反知性主義(幼少期にしつけが怠られた根本的に無教養という意味で使っている)の権力者であり、指さされたのが、おそらく政治的に動員されたテロリストや運動員ではなく、揺れ動く大波のようにその場に集った普通の市民である。「退場!」の叫びは、彼らのせめてもの自己表現だった・・・。

    ボスにはボスの度量というものがある。これまでの歴史を紐解けば、それは一目瞭然とも言える。とある国や組織が疲弊するはのは、多くの場合、ボスが自分以上の力量を許容・理解することができず、周辺に自分以下の(自らの安泰が保証される)人材しか集められない歪みがやがて矛盾として表面化することにあるのだ。

    そう言えば、「こんな人たち」と指さした権力者は、忠実な「お仲間たち」の処遇は手厚いらしい。薄気味悪いほどだ。M学園や、K問題も、そうした構造の中で国有財産が私的に流用され、国や地方自治体の予算も分不相応に投入されようとした。一方で「お仲間」の分裂が始まり、一方の当事者は「お仲間」を相互扶助するかのように沈黙のまま権力の岩壁に隠れて身を潜めている。

    また忠実なしもべの様な「お仲間」ならば、レッドカードをも、何と法律までも無視して、レッドカード行為すらないものとして守られる。「こんな人たち」の良心はいささかも顧みられることはなく、一切は、御用新聞を読め、印象操作だ、丁寧な説明や審議を心掛ける、多くの原因は決められなかった前政権の所為だ、オレ様は立法府の長だなどと不勉強な物言いで、全てを自己都合で丸め込もうとする。

    もうひとりのこれもまた忠実な番頭役は、陰険老獪且つ醜悪な能面顔で、「あり得ない」、「全く問題ない」、「指摘は当たらない」と、記者会見の記者の質問を絶えず遮って、それ以上の質問の幕引きを図るかのように高圧的に嘯き続ける。

    ここ4年半も続いて普通になったこんな光景が、今のこの国の本当の危機なのだ。

    それを許してきたのは、この間に行われた数度の国政選挙の結果である。無党派とひとくくりにされる人たちが、冬眠状態のままで起きず、結果的に実態が検証されることもなく雰囲気だけの組織的投票が有効化したからだった。

    しかし4年半。支配する官邸の恥を知らずに強権的な手法も、ついに金属疲労を起こしてひび割れが始まった。
    限度を超える恥知らずな横柄さに、さすがに多くの人たちが覚醒したのだろう。我慢強い民人の住むこの国には、お上の立ち居振る舞いが許容の限度を超えたとき、一揆などの蜂起がおこった歴史がある。

    7月2日の都議選は、まさに民衆一揆の様相で、その中身はまだまだ不確かだが、首都東京の権力構造は一新した。

    8%ほどの投票率アップ。無党派の中の2割か3割の人たちが「こんな人たち」と指さされることに怒りを覚えて立ち上がるだけで、今の状況や景色は一変するのだ。このことを忘れてはならない。

    同時に、本来受け皿にならねばならないどこかの党も、いまだユダの様な戦犯元首相が過去を忘れたかのように幹事長を勤め、カリスマ性も存在感も発信力も無い党首と、本当に闘う覚悟の無い姿を曝け出している。あの「コンクリートから人へ」という希望に満ちたメッセージ以上の言葉をひと言も発することもなくだ。

    となれば、もう一度受け皿の再編が必要なのかも知れない。しかしそれとても度量あるボスが、私心なく理念のもとに人々を集め活用できるか否かなのだが、まだそれほどの存在が見つかってはいない。

    「こんな人たち」の声をまとめるボスが生まれ得たとき、見せかけの権力交代ではない新しい日本が生まれるのだろう。

    私自身も、しがない「こんな人たち」の一員だが、(いやその瞬間に秋葉原に行っていないので単なるシンパでしかないが)、そんな「こんな人たち」に、せめても生きる夢や幸福感を与えてくれる本物のボスが現れてくれるのを、ジリジリしながら待ち望んでいる。






    category: 世相を読む~極私的注目のままに

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    怒涛流・大内九段逝く 

    DSCN2442 (2)<怒涛流彫り駒>

    成田屋市川海老蔵夫人小林麻央が闘病の果てに逝ったと同じ6月23日、将棋界でも、もう一つの貴重な命が失われていた。
    昭和の風情を身をもって現していた大内延介九段が逝ってしまったのである。

    5月の連休のとき神楽坂でお会いしたのが、私には最後の機会となってしまった。ここしばらくの間に体調を崩されていたのが私にもはっきりと判り、同行者と共に少しばかり驚きを覚えてならなかった。いつもの気風の良い江戸っ子気質が消えて、大内九段らしさが伝わってこなかったのだ。

    私が、縁あって大内九段と身近に出会ったのは、確か6年ほど前だった。その関係が続いていたのは、物事の是非をはっきりと口にする大内九段に魅力が溢れていたし、棋士として積み重ねた人生経験に根付くその人物評も、的を得て正確で、同じような性格である私とも気脈が通じて止まなかったからである。だから会えば、いつも楽しく話も弾んだし、教えを受けもした。

    まだ訃報を知って間もないので、ただただ合掌するのみという心境である。21世紀の鬼才棋士として日々成長を遂げている藤井聡太四段がデビュー以来の負け知らずの29連勝記録を達成した今日、大内九段の7月17日のお別れ会の予定が連盟から発表された。75歳だった。

    ひとつだけ胸を張って言えるのは、先月お会いしたとき、ある若手駒師が製作した大内怒涛流の2組の新作彫り駒をお渡しできたことだ。
    そもそもは、1年ほど前に大内一門の期待できる若手孫弟子の生涯の研究用の駒として作ってみたらどうですかと提案したことからこのプランは始まったのである。私は、大内九段が師匠土居市太郎から贈られた無銘だったが水無瀬の彫り駒を生涯の研究用の駒として身近に置いて愛用していたことを知っていた。それは明らかに若き影水が自ら作った駒だった。
    だからこそだろう。大内九段も「いや、それは楽しみですねえ・・」と乗り気になってくれた。
    それがようやく完成して、上京した若手駒師が直接に届けたのである。大内九段がおそらく生涯最後に手にした新作駒となった。
    しかしその駒が、2か月も経たないうちに大内九段の遺品となってしまうとは・・・。寂しく哀しい物語になってしまった・・・。

    今はただ、大内九段のご冥福を祈るばかりだ。

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                <怒涛流彫り駒>清征作~彫りの蜂須賀直伝の教えをも受け、成長株の駒師である。






    category: 日々流動

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    2017 宝塚記念・阪神2200m~王者失権 G1歴戦勝利の疲れなのか・・? 

    DSCN2459.jpg(絵:ノグチアキラ)

    想い出せばダービーの宴の夜、大阪杯と春天皇賞を力強く連覇していたキタサンブラックが、来たる宝塚記念をも制して春G1戦3連覇を決め打ち、1着賞金1億5千万と特別ボーナス2億円を獲得するか否かが話題になった。

    多くの意見は、達成支持が多かったが、私は「強い馬だからこそ落とし穴が待ち受けているのではないか?負けるとしたら宝塚記念ではないですか」と、少数派に徹していた。
    ここ四半世紀の日本の競走馬の質はめまぐるしく高まっている。世界の果ての競走馬は、今や世界の中心とも言い得るように進化しているのだ。かつてテイエムオペラオーが秋G1戦3連覇で2億円の特別ボーナスを獲得したときからは、もう15年以上の時が過ぎている。その間にも、日本の競走馬は進化を続けてきたのである。

    つまり何が言いたいのかと言えば、いかに強い人気馬であろうと、G1戦を勝ち抜くには相手が進化しているだけに、その昔とは違って何らかの肉体的同時に精神的な無理を重ねている状況にあるのではないかということだ。それはあるいは、ある日突然現れるような飛行機の金属疲労のようなものであるのかも知れない。

    1週前追い切り、そして最終追い切りからパドックでも、今回のキタサンブラックは、どう贔屓目に見ても、もちろん完成した馬体は素晴らしいのだが、キビキビとした弾けるような覇気が私には感じられなかったのだ。

    普段、厩舎で一緒にいるわけでもないから、それは素人の私の主観でしかないのだが、それなりに見切る眼力はこれまでの競馬経験で鍛えられてきたつもりである。(自己満足ですが・・)

    追い切りを見て、私がピックアップしたのは、ゴールドアクター、ミッキークイーン、シャケトラの3頭だった。デムーロの騎乗するサトノクラウンは大いに気にはなったが、これまで阪神芝での走りがいまいち印象に残らない結果だったこともあって、それなりの調教気配だったが敢えて4番手扱いにした。

    それよりも横山典弘が2200mのゴール前に坂のある阪神コース(実績のある中山と同様である)でどんな騎乗をしてくれるかという興味が沸き起こったし、前走で少しも走っていないミッキークイーンを今回浜中俊がどう乗りこなすのかということにも関心があったし、4歳のシャケトラをルメールがどのように走らせるかということにもそれを見てみたいという気になっていたのである。

    軸は横山典弘ゴールドアクターの結論は曲げなかったが、レースまで迷いに迷ったのは、念のため(何が念のためなのかは意味不明だが・・)、ゴールドアクターからミッキークイン、シャケトラの馬連3点ボックスにするか、デムーロ騎乗のサトノクラウンを含めた3点流しにするかという命題に、答えが閃かなかったかのである。

    6月25日午後1時25分に、私はGCを見始めた。阪神第7Rに宝塚記念と同じ距離の芝の500万条件戦が組まれていたからだった。武豊騎乗の3代目ヒシマサルが前半5F59秒7の流れを2分13秒で差し切ったのを確認して、おそらく本番は2分11秒の決着だろうと予測した。週の後半からの雨が、ドッと降ることはなかったにせよ力のいる馬場状態に影響していたようである。

    スタートして、4コーナーまで、私には3つの何故という疑問を抱かざるを得なかった。横山典弘ゴールドアクターは今回はスタートを決めていたから安心して見守っていた。となると、武豊キタサンブラックに関わる謎が2点と、残りはデムーロに敢えて聞いてみたい答えである。

    まずはキタサンブラック。何故、武豊はこれまでのG1とは違う外からの横綱相撲のようなレースをしてしまったのか?キタサンブラックはインを確保してレース全体を支配することで成長を続けて来たのに、何故好位の外にポジションを取ったまま無策だったのか?500万条件戦の流れよりも遅かった前半5F60秒6の流れなら、いつでも他馬を抜き去る態勢で好位のインにつける姿勢を見せなければならなかったのではないのか?キタサンブラックを応援して見守った多くのファンが見たいと願った展開をあえて選べなかった騎乗の意図はどこにあったのか?昨年の宝塚記念で34秒7のペースで先頭に立ってレースを引っ張り3着に敗れたトラウマがあったとでも言うのだろうか?この謎は不明である。

    デムーロに聞きたいのは、向正面から3コーナー手前地点まで、ゴールドアクターを外から封じるかのようにプレッシャーをかけ続けたのは、意図的な戦略だったのか否か?もし今日の相手はゴールドアクターと狙い澄まして実行していたなら、その騎手の本能的な勝負感は大いに称えなければいけないだろう。

    それにしてもである。4コーナーを廻ってすぐさま勢いをつけてインから馬群を抜けてきた横山典弘の騎乗には、これがゴールドアクターだ!とアピールする大胆不敵さが漲っていた。若い頃から、少し遅れてデビューした武豊が煌びやかなリーディングトップの道を驀進していた頃も、横山典弘は「オレは天才だ!」という不敵な自信と勝負度胸を守り続けてきた。それが今、彼自身の言葉の通りに実現しているのである。しかし、それでもこの日は3/4馬身差の2着だった。

    えッ⁉ 私?いえね、最終最後に念のためと3点ボックスを選択してしまいました、ハイ・・・。言葉もありません。
    もし、サトノクラウンが血統的にサンデーサイレンスの血が入っていない馬で、実は生産界の期待を大きくその肩に背負っている存在だと今さらながら気づいていたら、正解に繋がるまた別の選択をしていた筈だったのに・・・。不勉強でした・・・。

    それでも、「止められない、止まらない」「そのうち何とかなるだろう」の心意気だけは、「上を向いたらきりがない。下を向いたら後がない」という現実の中でも、決して忘れないで精進したいと決めています。

    でもねぇ、この日も気分作りと気楽に参加した7Rと9Rを仕留めたものの、メインの宝塚記念で弾かれて、結局は観戦料程度のチョイ負けの結果。この「チョイ負け」という奴は、まあ本当にたちが悪いというか、何というか・・・。忍耐の日々が続きます、ハイ・・・。

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    category: 競馬

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    古駒の行く末 

    1週間ほど前、オークションに出品されていた数々の古駒を眺めていた。
    おそらく蒐集愛好家の手元から、様々な事情(後継者がいない状況でご本人が亡くなってしまったのではないか?)で、古美術商に流れて、遺品となったそれらが出品されたということだろう。

    それにしても本格的な蒐集家というのは、生前に本気で手元に集めるものである。龍山、静山、木村、宮松、影水、初代竹風、そしておそらくは本物の水無瀬家書き駒まで。

    古い駒というのは、アクや味わいに満ちている。そしてそれが、逆に何と実用品を超え得た作品としてのアーティスティックな個性となっているのを再確認した。
    私自身は、現代駒というのは、TQCを求めるあまりなのか、とかく教科書的な無難な工業製品のような(まあ、スキがないとも言えるのだが)アクや味を捨てているものが多いなという個人的な感想を抱いている。

    味やアクこそが、実は作品としての価値を有らしめるものなのにである。でもそれは、その時代に生きる受け手のレヴェルで決まる側面があるから、結局は、自分自身が何を大事に感じ、何をその拠り所にしているかという美感や、大げさに言えば思想哲学の問題に行き着くので、とにかく良いものを見る経験を積み上げて、その世界の扉を開けて行くしかない。

    必ずしも自己所有しているかどうかということではないだろう。勿論所有していれば、いつだって見られ、いつだって触れる特権があるが、運良く出会った人に触れさせていただいて、それを自分の記憶にしっかりと焼き付けておくというのも効果的な経験となるはずだ。

    残念ながらここしばらくずっと手元不如意状態なので、いささかも購入しようとは思っていなかったが、それ故好奇心を逆に高めてじっと眺めていた。

    魅かれたのは、水無瀬駒(写真はオークションから)
    この特徴的な直筆書き駒の魅力。ひょっとしたら水無瀬兼成の真作なのではないかと直感した。味わいに溢れていた。

    他にも、何故か無銘だったがおそらく影水作の淇洲。 淇洲

    それに、木村作の清安。 木村 清安

    こんな個人的に魅かれる駒をただただ(指を咥えて)眺めているのも楽しい時間だった。
    (そう言えば、同時出品されていた将棋連盟の「関東名人駒」と兄弟駒とされる赤柾の奥野作宋歩好は、結局どうなったのだろう?気になるところだ)

    それにしても、趣味人の気概を込めて蒐集された駒作品の寿命もまた、それらを愛した者の寿命と一体となっているのではないかという厳粛な事実をも、改めて思い知らされた時間でもあった。数寄に走る者には、次代の行く末をも担う責任までが付き纏ってくるということなのだろう。それはそれで大変だ・・・。








    category: 将棋駒

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