Admin New entry Up load All archives

    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    隆洋作・水無瀬彫り駒 

    杉並のM君こと隆洋から、久し振りに駒写真が送られてきた。

    今月に入って、少しばかり持病の頭痛が悪化して、医師の診察を受けたら、「1月末までの療養が必要」との診断書が出され、今は自宅待機で仕事に出られない状況なのだという。

    診断書の病名はそれなりに深刻だが、時間を手にして、ここぞとばかり好きな駒作りに励んでいると、頭痛もどこかに飛んでいくというから、心が満たされてさえいれば、どうやらそれ以上の病状の進行はみられないらしいので、根っ子は子供のように明るい性格だと、私は思っている。

    だからM君こと隆洋には、
    「結局さあ、見ていると、自分でハイになって、自分で落ち込んでいるんだから、何事ものめり込まずにバランス良くしなさいよ」
    と、言い続けている。

    この隆洋、仕事をしているときは、自宅近くの「将棋サロン荻窪」に以前から顔を出している。

    「将棋サロン荻窪」は、平日には、棋士や女流棋士が集って、研究会が開かれてもいる数少なくなったメッカの将棋道場だ。席主は新井敏夫男65歳。49歳のとき「将棋サロン吉祥寺」の経営を引き継ぎ、4年前に荻窪の現在地に移転した。

    道場通いをする中で、隆洋は少しづつ人の輪の中に溶け込んで、2年前に駒作りを始めてからは、数作の駒を、棋士や奨励会員が集う道場の研究会に寄贈をしている。

    「古流水瀬」の一字彫りは、行方尚史八段の研究会用のお気に入りになっているし、豊川孝弘七段とも覚えもめでたい関係が生まれた。

    勿論、ここに至るまでには、駒研での北田如水や敬愛する蜂須賀芳雪の指導も受けたし、同時に2番弟子として八幡浜の師匠出石の教えも受けてきた。健康なときには仕事に没頭しながら、それでも道場通いや駒作りの時間を作って、何とか事ここに至ったのである。

    最近ようやく取り組んでいた「水無瀬」の彫り駒が完成して、それを道場の研究会用に届けることができた。

    新井敏男席主は出来上がりを認めてくれて、代わりに道場無料スタンプを10枚プレゼントしてくれたそうである。

    それはこんな駒だった。        s-IMG_5653.jpg道場の盤に乗せている。

    木地は、北田如水の手になる「島黄楊古木斑入り糸柾」で、書体は「水無瀬」だ。古木故か、隆洋が最終仕上げに磨くと、いっきに赤味が増して変化(ヘンゲ)した。隆洋作の第7作だ。ここ2年間の成長は、確かに刻まれている。
    もうひとつ字母が生き生きとしてきたら、最高なのだが・・と、私自身は、自分のことをさておいて、正直そう感じたが、第7作目の通過点として見るならば、それはないもの強請りとも言えようか。現時点では、充分に合格点だろう。

    1番弟子清征と共に、あたかも競争するようにこの2番弟子隆洋が、これからどんな風になって行くのか?そんな姿を陰から見守るのも楽しいことである。

    ひとつこれから心して欲しいのは、便利に使われてはいけないということだ。作品作りは、結局は自分自身がどこまで行こうとするかを唯一の拠り所とする作業である。間違っても、人との癒着や利害一致の人間関係が生み出すものではないだろう。一途に黙々と作品作りに邁進することでしか、作者・作家の未来などは生まれはしないのである。誰かを稼がすための便利屋は、結局は便利屋で終わるのだ。作品を作る情熱は、熱を失ったら、それまでなのである。
    心して欲しい。自分自身の大きな可能性の為に。
                           
                             第7作 水無瀬島黄楊古木柾目










    関連記事
    スポンサーサイト

    category: 将棋駒

    CM: 0 TB: 0   

    コメント

    コメントの投稿

    Secret

    トラックバック

    トラックバックURL
    →http://0417jun.blog.fc2.com/tb.php/658-4bf398fa
    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)