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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    1枚のはがき 

    奥野 奥野錦旗➁奥野一香作:奥野錦旗

    人の繋がりというのは、広がりを持っているものだ。

    この夏、私は、初代奥野一香を曾祖父に、そしてかの土居市太郎名誉名人を祖父に持つ知人から、1枚のハガキをいただいた。

    と言うのは、こういうことだ。

    明治43(1913)年、初代奥野一香は、その娘を若き土居市太郎のもとに嫁がせた。その弟子であったのが、梶一郎九段(1928~1978)。ちなみに大内延介9段は、梶一郎九段の弟弟子であり、土居市太郎名誉名人の最後の弟子である。

    梶一郎九段は、やがて土居市太郎名誉名人の次女と結婚した。その息子たちは、棋士にはならず、兄は共同通信で将棋観戦記者となり、弟は、東京スポーツの競馬記者となった。「極道記者」や「止まり木ブルース」の塩崎利雄が東スポを去ってからの一時期、東スポの競馬コーナーを支えていた梶要造である。

    その梶要造は、優駿4代目編集長故福田喜久男と親しかった。やがて私も梶要造と話をするようになったのである。

    梶要造のいとこたちの何人かは(おそらくは2代奥野一香の孫たちだろうか?)、香子とか歩(あゆみ)という名前だったという。

    ハガキには、「今自分の手元にあるのは、当時父の道場から持ってきた3寸盤1枚と駒、それに板盤とプラ駒しかありません。高価なものは、父の死後、母が息子の世話になりたくないと売ってしまったんでしょう・・・」とも書かれていた。そういうものだろうと、妙に納得した。

    こうして、それぞれの人生は流れていくのだ。






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    category: 将棋駒

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