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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    劇場へ行こう! 喜劇昭和の世界〖阿部定の犬〗(佐藤信・作) 

    JT

    8月20日午後1時半。私は、杉並区立杉並芸術会館<座・高円寺2>に到着した。

    喜劇昭和の世界〖阿部定の犬〗を見るためにである。今風のしゃれた劇場だった。

    これまで18年間、近畿大で演劇を教える西堂行人から誘いを受けたのだ。彼の最初の教え子である演出家笠井友仁が、HMP・シアターカンパニーの東京公演を行うのだという。

    そもそも劇評家として出発した西堂行人とは、ここでは詳細をつまびらかにはしないが、実は大学時代からの友人で、ときに共同者同志であったこともある。私が脊髄を大手術して秩父の山の中に引っ込んだ頃に、縁あって西堂は近畿大に招かれた。その後は、東京と大阪を往復する彼とは、ゆっくりと会って互いにバカを言い合うことはなくなっていたが、年賀状や著書は送り合って、腐れ縁の関係はずっと続いていた。

    私は、佐藤信作〖阿部定の犬〗や昭和喜劇3部作となる〖キネマと怪人〗〖ブランキ殺し上海の春〗は、それこそ何度も黒テント公演に駆け付けた体験を持っている。脊髄の病の発症からその数年後の大きな手術故に、他者と集団となって協同する演劇的な活動を諦めなければならなくなった私にとっては、喜劇昭和の世界3部作の、林光やクルトワイルらの奏でた劇中歌は、一人になったそれからの私の、時間を埋める愛唱歌にもなっていたのである。今でも、大方の劇中歌は歌いこなせるのだ。正確な意味で、私自身の演劇的感性の原点は、さらに言い切れば、私の文章の原点は、実はこの3部作にあるのだと言い切ってもいいだろう。

    その最初の契機は、1976年の梅が丘羽根木公園での3部作連続公演に、西堂行人と共に何度も出向いたことにあった。

    そこでは、隣に座る見知らぬ他人とひざや肩を寄せ合って3時間を耐える満員のテント空間があり、故斎藤晴彦やら黒テントの女王新井純らが躍動していた。大谷直子と付き合い始めていた清水紘治も、〖キネマ・・〗〖ブランキ・・〗では、艶やかな男の色気を発散させていた。他にも、村松、溝口、服部、福原、小篠、金子、小早川、井川・・・らが。

    この3部作で、私は、30代になったばかりの劇作家佐藤信から、みずみずしい言葉の豊饒さや、重層構造の劇作術や、笑いの多様性を教えられ、学んだのだった。(少しでも自分のものとするには、才能に恵まれないためにそれから多くの時間が必要だったが・・・)

    佐藤信作〖阿部定の犬〗は、私にとって、記念碑といえる、そんな作品だったのである。

    2015年8月20日の、若い世代による公演の詳しい感想は、ここでは書かない。2・26事件とベルリンオリンピックが同居した1936年から40年後の黒テント梅が丘公演、そしてそれから約40年後の若い世代による公演である。少なくとも彼らは〖アベの犬〗となることを忌避しようとしたことは間違いない。

    ただ同じく若かった私が、76年梅が丘で感じた4つのことだけは記しておこう。今回の公演で、ドラマツゥルギーとしての重層構造を意識化した舞台の時空が意識されていたか否か?跳梁する役者たちの身体への意識はどうだったのか(21世紀の身体論とは何か)?昭和喜劇3部作から要求される笑いの質は整理されていたのか?オペレッタの役者たちが、役で唄うことへの配慮はあったのかどうか?

    頑張ってやり遂げるだけではなく、表現には表現が要求する「魔性の技術」もある。それが足りてなかったら、表現すらが成立しない「お芝居の神様」の領域のことだ。意識があればそこににじり寄っても行けるだろう。

    76年の梅が丘。黒テント本公演の入場料は、確か1500円か2000円ほどだった。そこで私は、人生の新しい息吹を得た。
    今回の公演は、予約券で3800円。芝居の現実もあるが、それだけの観劇料を頂く怖さを忘れないで欲しいものである。甘えたら、明日はないのだと。

    でも、私は芝居を見ながら、クルトワイルや林光の「日の丸弁当」の歌を、一緒になって鼻歌で歌っていた。

    ラストシーン。「昭和、終わったか」と原作にはあるが、今、本当に劇作術として終わらせなければならなかったのは、何であったのか?それが一瞬でも垣間見られたら、おそらく私は、至福の時間を劇場で得られていただろうが・・・。

    終演後、西堂行人の仲立ちもあって、黒テントの女王新井純と、劇作家佐藤信に挨拶できたのは、今や山中引き籠りになっている私には、実に刺激的だった。西堂に感謝しておこう。そして同じテーブルでご一緒した「論創社」の森下さんにも。

    またいつでも劇場に行きたいと再発見した1日だった。









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    category: 映画・演劇

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