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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    2月10日中野「廣」の会 

    由進作 左馬・幸運駒②


    夜10時を過ぎた頃、桂文生師匠の高音の唄声が、中野のご町内に鳴り響いた。
    かつてラジオで対談した淡谷のり子の声色を真似た、一世一代の芸である。

    集う11名が、酔った勢いで聞き役に回った。いつもは高座で座って話すのが仕事なのに、今宵はソファから立ち上がって、集う皆を見渡しながら、恍惚の表情で唄い上げた。まるで噺家ではなく、声色の芸人のようにだ。やるものだ。

    年に2度ほどの中野「廣」の会。もう5回目ぐらいになるだろうか。足掛け3年目を迎えて、参加者も互いに遠慮も、分け隔てもなく、うち融けて酔っ払っている。

    今日は、入院中や、インフルエンザや、看護や、私用の不謹慎な(?)欠席者もいて、15~6名の予定が12名になったために、その分だけ一人あたりの酒量が増して、いつもより座は盛り上がったようだった。

    文生師匠などは、濁り酒を5合ほどグビグビと空けたものだから、高音ソプラノ歌手に変身したのである。

    行く度に思うのだが、この会のメンバーは、定見と無定見や英知と無知に満ちていて、子供心を失わぬいい大人たちなので(いや、私だけは大人になり切れぬ子供のままのヒヨっ子だが)、とにかく話題が豊富で面白く楽しく、しかし油断はできないのが刺激的なのだ。だから、場は、まるで劇場空間の様な雰囲気が漂う解放空間となる。それがいい。

    こんな会こそが、今だからこそ必要なのだと思えてならない。

    まだまだ続くだろう。皆の意志がそこにあるからだ。

    人は、いつも悪所を求めるものだ。悪所は、破滅的で、革命的で、カオス的で、それ故魅惑的である。

    冬の寒さを吹き飛ばす夜だったと、つくづくそう思えてならなかった。だから笑顔で別れて、また再会の日を約束したのだった・・・。




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    category: 異化する風景

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