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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    UPに耐えられる顔 

    JT

    4Kとか8Kと言われ始めている時代、映像の進化はどこまで行くのだろうか?

    私の日常生活レヴェルでは、現状のハイビジョンで充分なのだが、世の中には毛穴1本のリアリティを映像に求める需要があるらしい。

    遠目に少しぼやけているのが、私は好きだ。スーパーリアリズムで曝け出される世界より、漠としたカオスの中で、ああでもないこうでもないと、想像力を働かせる喜びが楽しい。

    TV画面で大写しになる顔は、映像が見かけだけではなく本質さえも大写しにしてしまう要素があるだけに、底の浅い人格までも映し出してしまう怖さがあると知っておいた方が良いのかも知れない。世の多くの方たちは、どうもとにかく映し出されることに喜びを持ってしまう傾向があるようだが・・・。映し出されてしまう怖さを意識すべきではないだろうか?

    最近、ある顔がUPされネチャつくような声が聞こえると、チャンネルを変えたりすることが多くなった。

    どうも生理的に嫌悪感に見舞われてしまうのだ。

    嘘の悪意に満ちた確信的な大言壮語、追い詰められて詰まるのを誤魔化すための早口口調、表面的な強がりのすぐ裏に見せる自信の無さとコンプレックス、過剰な自己中心的顕示欲、恥じることを知らない我儘・・・。

    そんな負に満ちた人物のUP映像に、生理的な嫌悪感を抱かざるを得ないのだ。ああ、この人は決定的に自己鍛錬が足りないと。

    反面、大写しの顔が心地良い場合もある。厳しく自己鍛錬を重ねて、小皺1本に人生を語れる役者の顔などがそうである。

    まるで命と存在理由を賭けて大写しされる気概に満ちているからだ。そんな顔は素敵だ。

    いつか、近いうちにこんな拒絶反応を背負わずに、大写しの画面を愉しめる日は来ないかと、春を待つ気分で待ち望んでいる今日この頃である。

    そう言えば、もう立春を過ぎたのだが・・・。まだまだ何とも心寒い日々が続いている。




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    category: 異化する風景

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