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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    駒~どうしても理解しにくかったこと 

    由進作 左馬・幸運駒②  
     
    将棋駒に興味を持ち始めて、最初にぶち当たった理解しがたい事柄に、作者名の実体があった。

    というのは、駒作者というのは、作品に責任を持つ工房のブランド名である場合が多かったからだ。

    それまでの経験から、私にとって作者というのは、あくまでも個であって、共同作業の結果で生まれた作品などというものは、意識外の何者でもなかったのである。

    最初は、そんな目線で駒を見ていた。

    であるなら、駒を彫り、それをサビ漆で埋めて、漆で盛り上げる工程を、駒師一人の責任でやり遂げることになるのだが、ものの本や解説を読むと、どうもそうじゃないらしいのだ。彫り専門の駒師の作品が、埋め駒や盛り上げ駒となって流通している。つまりは盛り上げ師というべき漆の書き職人がいるらしい。となれば、もはや別の作品ではないのか?同時に、彫りから盛り上げの最終工程まで自らの責任においてやり遂げる駒師もいる。

    どうも駒師世界そのものの成り立ちが判り難く、混乱しっぱなしだった。

    明治以降の名工たちにも、例えば龍山も下職を抱えていたとか、奥野一香の元にも松尾某という手練れの職人がいたり、静山自身も若い頃には下職の仕事をこなしていたり、木村にいたっては天童の駒師に委託生産をさせてもいるし、影水の元にも木下というやはり手練れの職人がいて、宮松名の駒の多くは木下の作品であるらしい。影水が早世した後は、静山が手伝ったとも言われている。

    最初は、実に戸惑ってならなかった。

    それでも駒に関する本や、情報に接していると、何となく判ってきたことがある。

    イメージとして、江戸期の浮世絵の世界を思えばいいのだと。絵師がいて、版木の彫り師がいて、摺り師がいて、例えば蔦屋重三郎というプロデューサーがいて、それが絵師の作品となって江戸庶民の元に供給された。それぞれが、チームとして蔦屋重三郎の目にかなった絵師の心を創り上げたのだと。

    おそらく天才と呼ばれる2代龍山やその他の名工も、ここぞという作品には、誰の手にも触れさせず自ら仕上げたのだろうが、通常流通する駒は、それぞれの工房のブランドを辱めない作品である限り、自らの工房名の作品として売っていたのであろう。

    そのことを受け入れるまで、結構時間がかかったが、勉強にもなったと思う今日この頃である。
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    category: 将棋駒

    thread: 極私的将棋駒の快楽  -  janre: 学問・文化・芸術

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