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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    そう言えば~ご無沙汰の戯れ 

    昨日の夕方、そう言えばと、しばらくやってなかった新しい戯れを思い出した。

    と言っても、とりわけ珍しいことではない。普段から将棋盤の横に置いてある碁盤を取り出してみたのだ。

    かなり使い込んで打ち跡も相当で古びてしまっているが、一応日本産榧の木裏5寸盤である。脚にはオオイレも備わっている。桐の蓋を開けると、独特な芳香が漂う。ここまで使い込んであると、いつか削り直して再生する日までもが楽しみとなってくる。木は削れば、またフレッシュな顔を見せてくれるものだ。老いた人の肌とは違う。でもちょっとヒビが気にはなっているのだが・・・。まあ、実用にはなんら支障はないので、何も考えずにこのまま使い込んでやれば良いのかも知れない。

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    碁石と碁笥。
    碁石は、蛤と那智黒石の40号(11.3mm)で厚い。碁笥は、仕舞い放しだったので少し白っぽくなっているように見えるが、能登欅の木地仕上げ特大サイズである。

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    この碁石と碁笥は、偶然にも瀬越憲作名誉九段のお身内の方(確か娘さんのご主人だったと記憶にある)が、かつて囲碁教室をされていたときに高名な義父を通して特別な会員に向け用意された物の中の1組で、出自はそれなりにしっかりとしているのだ。ある日あるとき、出品された物を私が落札して、ひょんなことからやり取りメールの話が弾み、縁あってその裏話を教えていただいた。出品者は、瀬越九段のお孫さん(妙齢?の女性だった)で、教室を営んでいた父が残した棋具の洪水に家内の整理もままならず手を焼かれていて、背に腹は替えられず出品されたようだった。私が幸運だったのである。こんな40号の厚みある碁石で棋譜を並べると、それとなく自分が強くなったような気がするのが、不思議と言えば不思議である。
                             
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    人里離れた標高550mの山の暮らし故、来客を招いて、碁を打つことも、また将棋の教えを乞うことも殆んどないので、一切が自己満足の戯れだが、多少なりとも自己満足すると、何となく自尊心が満たされた気になってくるのは、どういう訳だろうか?
    満たされた自尊心というのは、ここまでようやく生きながらえて来た自らへの、ささやかな自己肯定となるからであろうか?さてさて・・・どうなのだろう?


                          



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    category: 日々流動

    thread: 異化する風景  -  janre: 学問・文化・芸術

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