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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    真夏の旅 ③ 7月21日 午後~ 

    JT

    私が粋鏡庵に到着したのは、昼過ぎだった。

    由進の携帯に連絡を入れたが、午前の対局中で、もう少しで勝ち切る場面を迎えていたのだろう。電話に出る余裕など無かった筈だ。そう思って、しばらく待っていると、折り返しの連絡があった。

    でもそのときには、私は、住所を頼りにもう粋鏡庵の前にいて、タバコを一服中だった。そこに駅まで迎えに出ようとした由進が、電話を耳に当てながら玄関口から出てきた。だから、携帯が鳴るより先に、私たちは眼と眼を合わせてしまい、苦笑いで会釈をし合ったのだった。半年ぶりの再会はこうして始まった。

    すると午前中の参加者たちも外に出てきた。親に連れられた少年たちもいた。あどけない顔をしているが、将棋は強いんだろうなと、自然と思えた。付き添う親たちの顔に期待が見えたからだ。聞けば、プロ棋士に負けて、悔し涙を流して悔しがった子もいるのだという。そうでなかったら、勝つ喜びも大きくはならないのだろう。この子たちは、夏休みの間、毎日、将棋連盟の道場に通って将棋の腕を磨くのだという。もっともっと強くなった自分を見つける為にだ。すでに町の道場では、10歳ぐらいの年齢ではあっても、臆することなく大人たちに伍して指す力を持っているが、その頭脳に漫画「巨人の星」の大リーグボール養成ギブスをはめ込んで鍛えていく。それが楽しくてならないのだろう。

    玄関口に入ると、由進は、竹井粋鏡庵主に紹介してくれた。玄関口の庵主の部屋に入ると、竹井庵主は、私を4人の棋士に紹介してくれた。3人は、タイトル戦や順位戦やあるいは解説者としてなどで、これまで画面の中で見知った顔である。24歳の石田直裕4段は、昨年秋にプロ棋士になった新鋭であるが、スラッとした体形に端正な顔立ちで、若いオーラを漂わせている。

    深く頭を下げて挨拶すると、佐藤前王将はすでに「駒師由進」本を読んでくれていたらしく、ああこの人かというような表情で、くりっとした眼でにこやかな表情を浮かべてくれた。

    棋士たちの昼食タイムが終わる頃、竹井粋鏡庵主から、出来上がったばかりの由進作「巻菱湖」斑入り根柾の盛上げ駒が、晴れてプロ棋士となった石田4段にお祝いと厳しい期待を込めて贈呈される。
    「ありがとうございます」と恐縮する石田4段に由進が言う。
    「先生、今回はアマチュア相手に真剣にならないでくださいね。プロになって初めて参加した前回は、本気でアマチュアをいじめたんですよ。アマチュア相手に本気になったら、皆が将棋を嫌いになってしまうと思いません?」
    最後に言葉を振られた私は、苦笑いをしながら石田4段を見た。彼は、「巻菱湖」を大事そうに抱えながら、イエイエという感じで照れ笑いを浮かべていた。

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    おいおい午後の参加者が集ってくる。

    竹井庵主のリードで、3人のプロ棋士の前の、4面指しの対局場所がすぐに埋まって行く。順番を待つ参加者は周りで見守るギャラリーとなる。石田4段は別室で2面指しで参加者の相手を務めた。私も別室の椅子に座らせていただいてギャラリーとなった。胸椎を病んでからは、手術後も、畳に座って見守ることが苦しくて10分以上は耐えられない体だからだ。

    この日、私は、久々に由進に見せようと2年ほど前に出来上がった由進作「源兵衛清安」を持参していた。この駒を使ってくださいと、石田4段にお願いしたのだが、実にいい味わいが駒の表情となって表れていて、本榧の盤とのマッチングは素晴らしかった。対局を終えて上機嫌の由進に見てもらうと、さらに頬を緩めて。「いやあ、良い駒になりましたねぇ」と驚いていた。  
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    対局が2順目を迎えたとき、竹井粋鏡庵主が、私を呼んでくれた。佐藤前王将の前が空いたから、指しなさいということだった。望外のご厚意だったが、残念ながら畳に坐して1局を終える体力的な自信も、同時に棋力もなかった。事情を話してお許し願った。心の底は、残念無念だったことは間違いないが、ご迷惑をおかけしてはいけない。


    でもそれでは許されず、遂に私は石田4段の前のソファに座ることになってしまったのである。逃げおおせなかった。正直言えば、囲碁はともかく、他所で将棋の対局することは今まで経験したことがなかったのだ。

    覚悟して、石田4段の前に座ったが、柄に合わず奇妙に緊張して、緊張しているなと思うと余計に雑念に見舞われて・・結果?惨敗でした。ただ並べていただいただけでしたが、でも嬉しかった。ご迷惑をおかけしました、石田4段。隣で指したのは5・6歳の男の子で、無邪気に楽しむその姿に、私は何やっているんだと冷や汗浮かべて思い知らされたのだった。


    最後に記念撮影を終えて、夕刻6時半から食事会を兼ねた飲み会となった。この日集った皆さんの支援金は、20万円を超え、これを2分割して棋士代表が、大船渡と大槌町の2か所に届けるのだ。盛会だったといえる。

    宴の会場で、私は、左隣が飯島栄治7段、右隣が由進、由進の前が佐藤前王将という席に座った。堀炬燵スタイルのテーブルで大助かりだった。

    4時間近くの宴の間、私は飯島7段といろいろな話ができた。いい体験となった。

    飯島7段は、生真面目なほど連盟のこと、ファンのこと、将棋の発展のことを考え抜こうとしている棋士であることを知った。だから私は逆に、プロならではの、歌舞くことの必要性を説いた。飯島7段の心の琴線のどこかに響いたのだろう。彼はこんな話をしてくれた。
    「棋士である私の年間勝率は63%です。タイトル保持者やその挑戦者やA級順位者の年間勝率は65%なんです。わずか2分の差が大きく影響するんです」
    「2分は、自分の中に意識して狂って歌舞くチャンネルを組み込むことで克服できます」
    「そうですねぇ。考えてみます」

    佐藤前王将には、タイミングを見て、一つだけこれまでしてみたかった質問をした。2期名人位を保った男にぜひ聞きたい質問があった。
    「頂点に立った人にしか判らないことを教えてください。佐藤さんを頂点に導いてくれたのは、勝負の神様の、男神でした?それとも女神でした?」
    「うーん、ちょっと難しい質問ですねぇ・・米長前会長は確か女神だったらしいんですけど、私の場合は、どちらかと言えば男神だったような気がします・・」

    いつの間にか私たちの前に10歳の少年が現れた。棋力はもう3段に近いM君だ。今日は飛車落ちで、飯島7段に勝ったという。そして飯島7段は、真剣に悔しそうだったという。
    酔った話の流れから、勉強のためと飯島7段がM君に自作の詰将棋を5題出してくれた。「解るかなあ・・」と言いながら、M君のあどけない眼がくるくるっと廻り始めた。
    「これは難問だよ。ヒントは13手詰めかな」
    「よしM君、メニューにバニラアイスがあるから、正解したらバニラアイスでどうかな?」と、私も口を出す。
    5分もしないうちに、M君は嬉しそうに「解けた」と言った。
    飯島7段がM君の答えを初手から聞いていく。ときどきこう指したらと質問をするとすぐさま対処をM君が答える。
    20分ぐらいで全問正解となった。とにかくM君の眼がくるくるっと廻ると、同時に脳の回路が反応していく様子なのだ。
    M君が届いたバニラアイスを食べている間に飯島7段が自分の少年時代のことを教えてくれた。
    「私は江東区出身なんですが、小学生の頃には周りに敵無しだったんです。それで自信を持って連盟の道場に行くと、3歳も年下の子に簡単に負けるんですよ。正直何なんだって思いましたよ・・で、もっと勉強してみるようになったんですけど・・。奨励会に入るには、例えば小学生名人戦で上位に入らなければなりません。私は、準優勝で、そのときの優勝者が、現在アマの清水上さんでした。準優勝の私がプロ棋士になっているのも運命でしょうかねえ・・。でもそういう場所なんですよ、将棋って・・」


    10時半過ぎに楽しく過ぎた宴も散会となった。私は由進と竹井庵主と共に粋鏡庵に戻った。竹井庵主のご厚意あるお誘いで、泊めていただいたのである。

    庵に戻ると、先程まで対局場だった部屋に、私と由進の二人分の布団が敷かれていた。

    が、そのまま眠ることはなく、12時過ぎまでグラスを片手に3人の話は続いた。将棋の話から駒の話と話題が変われば、退屈はしないのだった。二人の先人を前にして、作品の評価というものは、最終的に貫かれる朴訥なまでの筋道で決まり、自らの利益のみを図る狡猾さはいずれ正しく見抜かれるものだと、私は主張したようだが、いささか酔っていたので、残念ながらおぼろげな記憶しかない。でも間違ったことを、いい加減には言わなかったと思っている。

    こうして日曜日、7月21日の夜は過ぎて行った。

    ※この項、さらに続く。
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