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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    呼び捨てすることが、敬うこと 

    由進作 左馬・幸運駒②
    夜の社交場では、先生と社長がゴロゴロいるそうだ。彼らは皆、そう呼ばれてご満悦だという。

    しかし、野球やサッカー、騎手らのスポーツ選手とか、画家やミュージシャン、芸人、棋士や駒師らは、庶民の話の中では、呼び捨てにされることが多い。

    呼び捨てにするからといって、敬愛の心が決してないわけではない。

    むしろ呼び捨てにすることで、親近感と突出した才能を敬う気持ちでいっぱいなのだ。

    「あのディープのさあ、皐月賞。スタートでつんのめって、ユタカは落ちそうになった。大きな不利で、もう負けたと思ったのに勝っちまうんだもんな。ダービーや菊花賞なんて楽勝で、ディープも凄かったけど、ユタカもたいしたもんだ」
    とか
    「原じゃだめなんだよ、監督は。エッ、WBCで勝ったって。あんときゃ、何もしなかったから良かったんだよ。何にもしなきゃ、名監督さ」
    とか
    「ゴッホに写楽に青木だよ。奴らは筆で世界を変えたんだ」
    とか
    「俺は、やっぱ大山より升田さ。今なら羽生や渡辺より久保だよ」
    とか・・・

    憎くて呼び捨てにしているわけではない。逆説的に敬意を込めているからこそ、あえて呼び捨てにして見せるのだ。

    いつか私も、呼び捨てにされるようになって見たいと思う、今日この頃です。
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    category: 日々流動

    thread: 異化する風景  -  janre: 学問・文化・芸術

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