Admin New entry Up load All archives

    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    Tさんの目覚め~先人がいつか辿った道 

    習志野のTさんは、今年春、次男坊を大学に進学させた良き父であり、真面目なサラリーマンだ。

    その彼が、最近、加速度をつけて駒の道に嵌まってしまった。

    将棋は、間もなく初段を目指す棋力だが、町の道場にも通い、伊藤明日香女流初段や高野6段にも教えを乞うている。そんなプロ棋士たちからも、良い駒はいいと、日々啓蒙されてもいた。

    今、手元にあるのは40年ほど前に父から貰った錦旗の彫駒だったが、周りからの影響を受けたこともあって、次男の大学入試が落ち着いた頃、清水の舞台から飛び降りる覚悟で、石川清峰作魚龍書彫埋め駒の製作を注文依頼してしまったのだ。たぶん、次男の進学が決まったことで、父としての自分へのご褒美にしたのだろう。いろいろあったが、オレはここまで良くやってきたという思いで。

    ギリギリの予算での注文だったが、石川清峰は、薩摩黄楊孔雀杢の希望を叶えてくれた。納品は、5月の連休明けに決まった。それからのTさんは、毎日がルンルン気分だった。嬉しくて楽しくて、若かった頃のように、何に対しても張り合いが持てる自分が不思議に思えるほどだった。そう、あの日までは。

    4月20日。Tさんは、NHK「おはよう日本」を見てしまったのだ。画面には、由進作水無瀬兼成が大写しで映され、得も言われぬ圧倒的な迫力を放っていた。漆の筆を運ぶ由進の姿も魅力的だった。

    Tさんの中に、この瞬間に雷が落ちてしまったのだ。ああ、盛上げ駒が欲しい!!と。

    盛上げ駒で将棋を指すなら、せめて初段突破も必要だろうし、もっともっと駒のことも知らなければならない。そう考えたTさんは、道場でも気合を入れたし、ついでに知った「駒師由進」本も手に入れてしまった。

    それからは、毎日通勤電車で、何度も何度も手のひらサイズの「駒師由進」本を読み漁った。もう今では、ボロボロになってしまったほどだった。でも、読んだ内容は、すぐに役に立った。

    連休が明けて、まずは待っていた清峰作魚龍書孔雀杢彫埋め駒が届いた。その駒を毎日せっせと磨いた。それを見た妻からは「そんなに勤勉なら、職人さんになったらいいのに」などと冷やかされた。そんな言葉を、右の耳から左の耳に聞き流して、励むように磨いた。磨けば磨くほど、魚龍書の個性的な書体が気に入って、思わず頬が緩んできた。

    20130518 清峰作魚龍薩摩黄楊孔雀杢彫埋-01    20130528 清峰作魚龍薩摩黄楊孔雀杢彫埋-01(Tさん所有駒)

    ただひとつだけ残念だったのは、何せ清水の舞台から飛び降りる一世一代の覚悟で注文駒を手に入れたばかりなので、予算の関係上すぐに盛上げ駒を手に入れるわけにはいかないことだった。妻に知られたら大事にもなるし、出来れば内緒で自分だけの秘密にしておきたいし。でも今から社員食堂での昼食代を節約して秘密預金をすれば、2年もあれば盛上げ駒も手に入る。

    まるで落語の「紺屋高尾」の世界。染物屋紺屋の奉公人久蔵が、盛上げ駒のような高嶺の花の花魁高尾に言います。「あっしの給金は、年に3両。3年辛抱して働いて9両。そこに親方からの1両のご褒美を足して10両。3年経ったら、また花魁に会えます・・」でも、久蔵と高尾は晴れて結ばれるという人情話。

    それでも高まる気持ちは抑え切れず、千駄ヶ谷の将棋連盟に出向いて、由進の宗歩好みや巻菱湖を眺めたりもした。巻菱湖は片焼け防止のため裏返しになっていて残念無念。

    頭の中は、妄想が巡りまわり、この魚龍書の杢目は美しい、こうなったら魚龍書の彫駒と盛上げ駒を揃えてみようか、由進師は作ってくれるだろうかとか、やはり淇洲、淇洲なら由進作だとか、こうだとか、ああだとか。妻の顔が少しも浮かばないのは、ひょっとして駒の病故なのか。

    挙句の果ては、ネコマド主催の駒作り1日体験教室にも参加してしまった。そのときは、何と駒研の北田如水が講師だったが、残念ながら教えの如くには彫れなかった・・・。

    Tさんは、今日も通勤時に「駒師由進」本を掌に広げて、一人悦に入りながら、いつか念願の盛上げ駒を手にする日を夢想している。夏のボーナスが出たら、本榧の卓上盤を購入しようとも目論んでいるらしい。






    関連記事
    スポンサーサイト

    category: 異化する風景

    thread: 極私的将棋駒の快楽  -  janre: 学問・文化・芸術

    CM: 0 TB: 0   

    コメント

    コメントの投稿

    Secret

    トラックバック

    トラックバックURL
    →http://0417jun.blog.fc2.com/tb.php/286-0346c019
    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)