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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    第2刷「駒師由進」本途中経過 

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    すでに何人かの方々から、メールでご連絡をいただいております。

    なかでもこんなご注文というか、ご提案を受けました。

    『そもそも「駒師列伝」という発想から始まったはずなのに、まだ駒師由進一人の段階です。もっと読みたいので、よろしく』

    確かに、今の段階ではそうです。決して怠けているわけではありません。まずは自ら縁を得た一人の駒師を描き切ってみれば、そしてそれがきちんとしたものになったなら、そのことによって信頼と信用が生まれるでしょう。それがなかったら、話を聞ける取材の場も得られないのです。

    もしあなたの前に、どこの誰ともわからない人物が突然現れて、あなたの心の中にある全てを語ってくれなどと言われたら、あなたはどう対応するでしょうか?まずは門前払いでしょう。取材するというのは、そういうことなのです。

    でも、この本が何とか出来上がったことで、同時に手に取って内容を読んでいただいたことで、駒を取り巻く方たちの輪が少しづつでも広がったなという実感を得ています。

    この輪がさらに大きくなっていけば、やがては「鶴木に取材されて一流なんだよ」なんて声が沸くようになります。かつて懸命に競馬原稿を書き綴っていたとき、騎手の中では確かにそんな声が沸き起こるようになりました。そんな声があったから、会えば、皆が心にある本当の叫びを語ってくれもしました。それがよりいい作品を生む力となっていったのです。

    あとはメディアの中に冒険する姿勢が生まれたなら、完璧でしょう。

    そのためにも、私は少しづつでも先に進んでいきたいと覚悟しています。

    まだ手に取っていない方、駒師世界に関心がある方がいらっしゃったら、ぜひご注文のメールをよろしくお願いします。(ブログのコメントメール欄から、secretボタンをチェックしてください)

    作品には、その作り手の人生観、思想、趣向、欲望などあらゆるものが込められています。無意識であっても、どこかに反映されてくるのです。

    駒師の場合でも、創った駒は、良きにつけ悪しきにつけ、実はその駒師のすべてを表す小宇宙なのです。卑しくあれば、駒の中のどこかにその卑しさが刻み込まれているでしょう。情熱があれば、情熱が刻み込まれているはずです。技量よりも、この小宇宙の発するものが、駒自体の本質的な色香となって漂ってくるのです。

    それは、騎手なら騎乗に、アスリートならプレーに、役者なら演技に、AV女優なら肉体の弾みに漂います。

    そしてそれは、巧みな技、優れた技では、誤魔化せないのです。作品の怖さは、技以上の何かがきちんと表出されてくることにあります。それが時代の波にさらされても風化しないパワーを備えているとき、多くの人は初めて作品を評価し始めるのです。

    でも本当は、鍛えられたプロなら、プロの眼を持っていたなら、最初の段階で見抜けるものでもあるのです。しかし多くのプロは、出る杭を打つ側に回ることが多いでしょう。そこには、表現の闘いがありますから。他者を無条件に認めることは、自らの表現の死につながりかねないからです。多くの世間が認めるようになるまで、おそらく敵対するでしょう。どんな手を使ってでもです。

    作品を語ることの裏側には、こんな背景を知った上で、責任を背負います。

    しかし、ここ数年、やり始めてしまった以上は、貫いていきたいと思っています。

    その意味でも、どうかよろしく、まずは「駒師由進」本をご支援くださいませ。
    メールをお待ちしております。


    今回は、宣伝の巻でした。
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    category: 本~注文受付コーナー

    thread: 異化する風景  -  janre: 学問・文化・芸術

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