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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    JC観戦記についての指摘 

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    あれは確かシンボリルドルフやオグリキャップの頃だったろうか?カメゾーこと油来亀造と知り合ったのは。

    いつも一緒にいたわけではないが、年に数回電話で話したり、競馬場で会えば(最近はG1戦以外は行っていない)挨拶したりする腐れ縁が続いている。茨城出身で独特なトーンの口調は、今も変わってはいないが、その昔慶応在学中の長髪の頃には、学園祭でギターを抱えて聴衆の前で歌を披露する男だった。ナルシシズム的傾向はあるが、以前からその文章力は評価している。そう言えば、タイに目覚めたときは、きちんとタイ語を習得し、タイチェンマイの日本人街では、彼の地の縁台将棋で敵なしだったなんていう話も聞いたことがある。噂では、チェンマイ一番の強さだったらしい。

    その彼が、私のJC記事を例に挙げて、亀造ブログ「競馬抄録玉」の中で語っていた。(※どうやら今は消されているようだが)

    内容はそのブログを見ていただくとして、私の立ち位置だけは、はっきりさせておく必要があるのではないかと考えた。

    岩田ジェンティルドンナが狭いところに突っ込んだのは事実である。
    池添オルフェーブルがだからこそインに締め付けて行ったのも事実である。

    そしてその攻防がゴールまで続き、観る者を酔わせた。

    私は、そこに私自身が求めて止まぬ競馬の劇(ドラマ)を感じた。

    それ以上でも以下でもない。

    私は、競馬評論家でもないし、競馬ジャーナリストでもない。ターフライターなどと名乗ったこともない。
    単に競馬を描くしがない物書きでしかない。

    だからこそその自由さにおいて、体験したドラマを、今この瞬間のドラマを、自分なりに書きとめておきたいと願うばかりなのだ。

    あの瞬間の出来事を、もし私が改めて文章にするならば、一瞬外に弾かれた池添謙一が、まるで逆襲するようにインに締め付けようとして、それでも岩田ジェンティルドンナに敗れ去った無力感だろう。それだけあの日のジェンティルドンナは偉大だった。

    こうして書いていると、かつて聞いた勝負師たちの印象的な言葉を思い出す。

    騎手田原成貴は言った。「馬はね、斜めに走らせた方が伸びるんですよ」
    調教師境勝太郎は言った。「不利を受けた?バカヤロー!不利を受けるような処にいる方が悪い!!」

    競馬は、否あらゆる勝負事は、基本的に格闘技である。勝つことによって、他者の幸福を奪い取る真剣勝負なのだ。ルールの範疇における勝負への巧妙な狡さも、その意味では技術であるとさえ思っている。

    そして裁定は、ルールに則って下され、輝かしき勝者は、岩田康誠ジェンティルドンナとなったのである。

    私は、岩田康誠の間隙突破も、池添謙一のインへの締め付けも、自らの勝利を求めた確信犯だと思っている。トールポピーの頃とは違い、今の池添謙一が真っ直ぐに馬を誘導できない騎手とは、思っていない。

    これからも私は、こんな観点から自分なりの競馬を語っていくつもりである。
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    category: 競馬

    thread: 演劇的競馬論  -  janre: 学問・文化・芸術

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