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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    エリザベス女王杯~京都外回り芝2200m 

    埴輪馬

    11月11日。京都競馬場は、朝からシトシト雨に見舞われていた。

    午後1時頃には、やや強めの雨に変わった。

    この雨が、どの人馬に幸いするか?私には、それを正確に判断する材料がなかったが、おそらく結果に影響があることだけは間違いないと思えてならなかった。

    最終追い切りを、グリーンチャンネルで見終えたとき、ある種の直感が湧いた。根拠などない、ただ経験値だけに支えられた直感だった。

    それは、今回はヴィルシーナはおそらく何かに負けるだろう、そして激走するのはミルコ・デムーロの騎乗するピクシープリンセスではないかというものだった。

    秋華賞のゴール前、3冠牝馬(次はJCに出走予定である)ジェンティルドンナとの激しい攻防を想い出すと、あそこまで粘り強く闘ったコンディションを想い出すと、体調がさらに良くなるとは、どうしても思えなかった。競走馬は、特に牝馬は、激走の後に考えられないような凡走をすることがある。凡走でなくても、その力を100%発揮せずに終わってしまうことがある。そんな例を、これまで多く見てきたし、痛い目にもあってきた。

    そんなとき、替わって好レースするのは、既成勢力ではなく、新しい力なのだ。成績欄を眺めて、追い切りの気配を同時にチェックすれば、どうやら最も新興勢力といえるのは、大崩の精神的なひ弱さを見せることなく、順調にステップアップしてきたミルコのピクシープリンセスだろうと思えてならなかったのだ。

    雨の降った日曜日にもその考えを、私は変えなかった。読み筋に狂いはないと信じて疑わなかった。

    ここのところ狙いは良くても、どこかで邪心が入り込み、的中歓喜のフォーカスに届いてはいなかったが、だからと言ってスタンスを変えると、全てはもっと悲劇的に終わるものだということまで、経験値で判ってもいた。ここは意地を張って、忍耐しなければならない。私は今、耀く日の出前の闇の中にいるんだ・・・。

    ゲートが開いた。やはり重馬場ということもあり、レースは淡々と流れていく。

    3コーナー手前、残り5F(1000m)地点から、池添謙一エリンコートが前方に進出。ここから競馬は引き締まった。

    第4コーナーからは、ミルコ・デムーロの手綱捌きを追っかけた。伸びてきた。

    気がつくとゴール。ミルコの前に、クビとアタマ差で、柴田善臣レインボーダリアと内田博幸ヴィルシーナがいた。

    狙いは、少しも悪くなかった・・・。そう思う。でもそれだけだった・・・。

    2分16秒8の決着タイム。良馬場のそれからはおよそ5秒も遅いものだった。とすれば、この雨が最も幸せにしたのが、勝ち馬だったのだ。

    柴田善臣は、ゴールイン直後、レインボーダリアの首筋を撫でてやり、そのまま拳を握り締めて、小さく2度ガッツポーズをとった。

    実にいい光景だったが、そのとき私は、そう言えば、この前柴田善臣がG1を制覇したのは何時のことだったろうかと、頭の中で振り返っていた。

    このとき私は、一瞬想い出せなかったのだった・・・。

    私の前に広がる日の出前の闇と薄靄の入り混じった光景は、もうしばらく続くのかも知れない・・・。
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    category: 競馬

    thread: 演劇的競馬論  -  janre: 学問・文化・芸術

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