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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    最終戦争~ニッポンの主権者は誰だ? 

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    想像力とは、妄想力で戯れることです。それが私の生きるテーマなのです。

    全うに戯れると、見えてくる風景があります。

    ここしばらくの社会の動きを見つめていると、はっきりと見えてくるのです。

    かつてのバブル崩壊、末期的症状にあったアメリカ型後期資本主義を導入した小泉改悪を経て、せめてもの政権交代を実現したものの、その後の帝王学を身に着けていない菅、野田による背信、仙石の陰湿なる跳梁、その手先たる枝野の直ちに何とかという詭弁の情報隠し・・・

    それらは、すでに否定された官主導の、政財を相互の利益によって結びつけたトライアングルを、残念ながら再び復活させました。

    その結果、官は総力を挙げて治安維持法的策動を発し(気に食わない者は、マスコミをも使って情報管理によって罪深さを世に植え付けます。さらに対抗しようとすれば、司法権力を歪めても弾圧するのです)、支配を強化させ、そして誰も責任を取らない官が築き上げた、自らを含めた利益誘導型村社会を維持して、そのことによる官の支配が国の隅々にまで及ぶことを可能にしたのです。予算という名の戦費をふんだんに使って、その穴埋めは13兆の消費税アップなのでしょう。

    そんな状況を踏まえると、ひとつの事実が浮かび上がってきます。

    今、官によるシナリオは、最終段階に入っていると言えます。

    それは、民主主義を標榜する戦後ニッポンの、本当の主権者は誰なのかという問いかけなのです。

    主権在民なのか、主権在官のお上を許してしまうのか、今私たちは試されているのです。

    また同時にそのことは、官と国民との間で、主権者たる者を決める最終戦争として、軍備ではない権力という武器を使った内戦という形で、すでに始まっているのだという事実を認めると、より明確になるのです。支配する権力と、それに対抗する1票の権力。それが互いに対立して、内戦状況となっているのではないでしょうか。

    しかし本来の主権者たる国民は、官の巧妙な仕掛けに気づかず、依然として大多数がサイレントマジョリティのままに誘導され、この内戦の結末は、このままでは官の勝利が確定する処まで来ているのです。

    東北大震災の悲惨さ、放射能汚染で故郷に帰れぬままの状況がいつまで続くか判らない原発事故、先の見えぬ経済状況を、目的のために最大限利用した形で、この内戦は仕掛けられました。

    多くのマスコミは、官に加担する形で情報操作に参戦までしています。

    永田町界隈では、官出身の議員たちが党派を超えて、突如として何故か元気良く跳梁跋扈しています。その目的は明らかでしょう。その前では、IQに劣る信念もビジョンもない半端な権力志向の政治家たちが気分良く利用され尽くしています。

    何故、こんなニッポンを、主権者たる私たちは許してしまっているのでしょうか?・・・

    机の前で、戯れる私の妄想は、ふと今の日本の内戦、主権を賭けた最終戦争に行き着きました。単に妄想であることを願うばかりです。

    私は、ニッポンを、ニッポンの主権者の可能性を信じたいと願っています。もう一度、主権者の1票によって、マスコミを含めたトライアングルの悪しき策動に、大儀の鉄槌を下さねばならぬときが訪れているのです。主権在民の民主主義を守るためには、やはり長い闘いを続けなければなりません・・・

    そう信じています・・・

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    category: 異化する風景

    thread: 異化する風景  -  janre: 学問・文化・芸術

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