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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    期待する若き手腕~住谷の駒 

    DSCN0517.jpg   

    実は、2年ほど前に私は、住谷の駒を入手した。

    彼のHPを見て、即座にその手腕に舌を巻いたからだった。

    まだ20歳にもならぬ年齢なのに、彫の確かさは見事と思えたのだ。

    2ヵ月後、影水風字母紙によって作られた巻菱湖が届いた。

    あっ、今思い出した。あのときは、千葉で唐突に急ブレーキをかけた前の車を避けきれず、軽く追突したんだったっけ。こちらの車は何事もなかったが、前の車から降りてきたのは、薬指と小指が第1関節からない男で、それをチラチラ誇らしげに見せつけられて、ちょっと大変だったなあ・・・

    ともあれ、それから2ヶ月、使いながらじっと駒を見続けたのだが、私には不満が湧いたのだった。

    勿論、巧いのである。でもそれ以上の何かが、私の心に沸き起こっては来ない。

    使っていると、おそらく急いで作ってくれたからだろうが、飛車や角や銀将の漆が少しはげてもきたし、また字母が、住谷自身が工夫したものではなく影水風であったこともあり、じっと見続けていると、少し飽きてしまったのだった。

    人の心には、人生の時間に刻まれた襞がある。襞の陰影によって、他者に伝わる味わいが醸し出されるのだ。駒の大きな魅力も、そんな味わいが浮き上がってくることにあると、私は信じている。

    だからその後は、この駒を自分の中で封印していた。そこまで見とれなかった自分を恥じてもいたからだった。

    しかし今でもときおり、住谷のHPは見ている。

    もしこれからさき、彼が切ない恋を体験したり、巧さを超えるアートの本質に気づいたりしたら、いや何よりも、誰かのものではない自分自身の字母に目覚めたとしたら、その若さとその手腕があれば、いっきに変わる可能性を捨てきれなかったからだ。

    そうなって欲しいものである。

    京都の学校を卒業した今、おそらく住谷は、アーティストたるか或いは一介のアルティザンに終わるか、その岐路に立っている。そう思う。私は、その彫の腕を持って(過去にこの若さでここまで彫れた駒師がいったい何人いるのだろうか?)ぜひ世を圧倒するアーティストの道を歩むことを期待したい。

    ときめくような恋をしてください。そして振られてください。それだけでも、作品を創る心は豊かになります。私も、薬指と小指の欠けた相手に追突して、人間が大きく変わりましたから・・・

    《注》  この駒は、もともとは彫駒でしたが、どういう訳か(私の手入れが悪かったのか)すぐに漆が剥げてきたこともあって、ちょっと感情的になった私自身が昨年サビ漆で埋めてしまいました。本来お見せしてはいけない駒かもしれませんが、そこのところはご寛容下さい。
    なお、作者の名誉のために申し添えますが、埋める前の彫は、もっとシャープで光っていました。第32作です。




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    category: 将棋駒

    thread: 極私的将棋駒の快楽  -  janre: 学問・文化・芸術

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