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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    感想 

    臨時総会(朝日新聞デジタル版より)

    2月27日。午後1時過ぎ。
    東京・千駄ヶ谷「日本将棋連盟」にて、正会員による臨時総会が始まった。

    午後4時半過ぎに流れた「常務理事解任決議」の結果は、現職理事3名の解任、2名の信任というものだった。
    午後5時10分頃からは、決議の結果を踏まえての会長記者会見が行われた。

    NHKの「しぶ5時」に始まって、このニュースは、TVのみならず新聞各紙やネットメディアから全国に流されたのである。

    多くの将棋ファンの義憤の心は、まだ将棋村に少しばかりの良心が残っていたことに安心感を得て、ホッとしたというのが実情だろう。

    でも、これからのことを思えば、これはようやく始まった最初の1歩に過ぎないのだ。「そもそも何故?」といまだに多くの謎が解明されずにある竜王戦挑戦者交代劇が、5か月も経って、真相に近づく契機を得た。しかし、何を目指してどのようにするかは、まだ何も決まってはいない。正会員が一致して了承できる、速やかなルール作りや倫理規定の制定が成されなければ、同じような問題はいつかどこかで繰り返されるだろうからだ。

    1票を有する正会員にとっては、今回の経験は大きなものだったろう。問題意識を集団で共有すれば、民主主義は独裁権力に勝てるし、主権者であれば逆に理事や会長であっても解任できる権力を持っていると確かめられたからである。

    選ぶ自由と選ばれる自由、選ぶ責任と選ばれる責任の、「なあなあ」にすまさない緊張関係があるからこそ全体の組織が機能するのだ。その意味では、今回の臨時総会は、村の三役が偉そうに支配していた将棋村にとっては、権力構造を変える出来事であったと言うべきだろう。

    もうひとつ、大きな教訓も得た。その場しのぎの「小さな嘘」が積み重なると、やがて時間が経てば「小さな嘘」をつく者はみごとに論理破綻に陥るということだ。方便は戦略があるが、その場しのぎの都合の良い嘘には戦略などないからである。

    事ここに至っても、まだ徒党を組んで「小さな嘘」を重ねて塗りたくろうとしている「裸の王様」のような現役棋士もいるようだが、おそらく今回芽生えたこの新しい流れを見ると、遅かれ早かれ自分自身が「裸」であることを思い知らされるのだろう。
    そのときは権力を振りかざした誤った判断で犠牲者を作った辞任・解任の理事たちの最終責任が問われるときでもある。

    たぶんそのとき初めて、昨秋からの異常事態が収束に向かうのだろう。その日の到来を待ちたい。

                            臨時総会結果




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    category: 異化する風景

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    2017フェブラリーS~2月19日東京ダート1600m 

    埴輪馬

    冬の終わりと春の訪れがせめぎ合っている。季節の変わり目で起きる季節どうしのファイトだ。

    今年、私の住む山の中では、例年より雪は少なく積もったのは3度ほどで助かったが、今頃の日々変動する大きな気温差に、なかなか馴染めず、とにかく風邪やインフルエンザに油断ができずにいる。

    それでも陽が沈む時間がだんだん遅くなっているのには、嬉しさが増す感じだ。

    そんな日々で過ごす中、2017最初のG1フェブラリーSを迎えた。
    これまでのダート実績馬や新興勢力がいつものように揃い、それなりのメンバーだった。つまりは、推理して自分なりの結論を売るには難しいということになるのだが・・・。

    ふと閃いたのは、前哨戦の1月29日の東京ダート1400mの根岸Sのゴール前のシーンだった。と言っても、最後方から追い込みを決めたカフジテイクを思い浮かべたのではない。2着のベストウォーリアを思い浮かべたのではない。直線の攻防に、出走馬たちの資質を感じて、本番で上位にからむなら、ここに出走していた馬だろうと感じたのだ。とにかく印象に残るレースだった。

    本番を迎えて、何とか導き出した結論は、昔の名前で出ている実績馬よりも、この時点で調子がよさそうな馬を選ぼうということだった。ダート競馬でまだ底を見せてはいないM.デムーロ騎乗のゴールドドリームを中心に、根岸Sの上位馬を絡ませようと。

    まあ、ここまではピュアな心持ちで冷静だった。
    しかし、そう決めた瞬間から、心の底でムラムラと欲情する気分が頭を擡げてきたのだ。そう言えば、フェブラリーSは、これまで前哨戦から本番を連覇した馬は少なかったのではないかと。詳しく調べたわけではないが、どうもこれまでの何度も悔しさに駆られた経験からすると、そんな気がしてならなかった。
    ならば、この眼で、この欲で、これからまだまだ走ってきそうな根岸S上位馬を選んでみようか。
    もし1600mの距離に耐えたなら、横山典弘ニシケンモノノフ。もう1頭は3着だった岩田康誠エイシンバッケンでどうか?
    カフジテイクの言うならすざまじい追い込みは魅力だが、連発で決め打つのは相手もそれなりにマークして対処するだろうから、人気を考えると難しいだろう。ベストウォーリアも人気だし・・・。どうせなら人気薄とまだ見ぬ可能性で、ニシケンモノノフとエイシンバッケンを選んでみようか、うん。

    長いホームストレッチで、私は一瞬の夢を見た。お、おッ!
    ニシケンモノノフがゴール手前80mほどまで奮闘し(最後は5着だったが)、エイシンバッケンも後方から4着まで追い込んできたのだ。

    中団から直線外を豪快に差し切ったのは、やはりデムーロ・ゴールドドリームだった。その走りは、まさに新たなダート王誕生を見せつけてくれた。直前に心臓麻痺で死んだ種牡馬ゴールドアリュールが遺した宝物である。
    2着3着は、内から伸びた戸崎圭太ベストウォーリアときちんといつものように追い込んできた津村明秀カフジテイク。

    この日、私の推理が的中したのは、ゴールドドリームVS根岸Sというレースの構図だけだったが、それもまた酔狂というものだ。こうあって欲しいと、人気薄の突っ込みを願う心の欲を優先したのだから。

    でも、ほんのわずかな幸運に恵まれれば、実現していても何の不思議もない推理だったと、個人的にはそう思って、少しだけ胸を張ってはいるのだが・・・。これを世間では「負け惜しみ」とでも言うんでしょうかねぇ・・・。

    ついでですから、もうひとつ「負け惜しみ」を。
    フェブラリーSの20分前の小倉大賞典。深くは考えずに、高倉稜ヒストリカルと田辺裕信クラリティスカイの馬連を1点(結果的にワイドでも30倍の配当でしたのでおそらく万馬券だったでしょう)で応援してたんですが、武士沢友治マルターズアポジーの果敢な逃げ切り好騎乗の前に、2着3着でした。うーん・・・。
    まあ、「1000里の道も1歩から」で、「こんな日の蓄積がやがて報われる日となる」と、信じたいと思うのです・・・。
    ええぃ、春はまだか!早く来い!と、心の中は煮えたぎっていますが・・・。









    category: 競馬

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    ペインクリニック~医師小沢みどりのこと 

    s322205_1.gifHOSPEX Japan 2015 HPより

    1962年東大医学部麻酔科に、若杉文吉医師の手によって初めて創設されたのが、ペインクリニックという医療ジャンルだった。

    ペインクリニックというのは、簡略に言うと、「肉体に痛みがある場合、局所麻酔薬によって必要な部位で神経回路をブロックして、神経レヴェルでの痛みの循環を断つことで、炎症を抑え血行を良くして、人間の自然治癒力を効果的に促進させようとする治療である」

    レントゲン透視をしながら、麻酔剤を打ち、次に神経部位に達するように見るからに太く長い注射を施すから、一度でも効果を実感しないと思わず恐怖感すら抱いてしまう。施術後には、麻酔が効いているからベッド上で2,3時間は安静にする必要もある。

    若杉医師は、その後関東逓信病院ペインクリニック科部長を経て、慈恵医大の教授に迎えられ、その教えは、新潟大医学部出身の慈恵医大教授湯田康正医師に継がれ、この二人が日本のペインクリニック治療の第1世代を担った。

    東大医学部出身の小沢みどりは、この二人の先駆者から学んだ第2世代のトップ医師となり、慈恵医大から、小岩の病院を経て、本郷に自らのペインクリニック診療所を立ち上げ、毎日数十人の患者に精力的に治療を行っていた。

    私自身も、小沢みどりが作家山野浩一のつれ合いとなってから運良く出会いを得て、言わば「患者としての追っかけ」を務めてもいたのである。第7胸椎の異常を手術してくれたのが、日本の整形外科学会に君臨する東大医学部出身で当時虎の門病院にいた立花新太郎医師であり、この立花医師がかつては同輩が経営していた小岩の病院で週末の土曜だけ診療を担当していたのだが、そこに小沢みどり自身もいた縁もあって、整形外科的治療を終えて以後、まだまだ様々な身体の異常に悩んでいた私を、ペインクリニック患者として引き受けてくれたのである。

    筋肉の麻痺や痙攣、知覚異常・・・挙げればきりがないほどの症状を抱えた私に、今があるのも、14時間の外科的手術によって相当程度の改善を施してくれた立花医師と、それでも残った症状の緩和に努力してくれたのが小沢みどりだったということである。

    その小沢みどりが、久々の休暇を取ってオーストラリア旅行をする寸前の10年前の夏、ひとり自分の診療所に向かう途中の吉祥寺駅で倒れたのである。このとき小沢みどりの脳には血栓によって酸素を供給することができなくなっていた。救急車で運ばれた病院では、実はもうほとんど処置ができないと判断されもした。

    しかし山野浩一の看病や看護に関わる多くの人たちのケアを受けながら、何とか自力で食べ物を飲み込めるまでになり、その後10年の間、脳の破壊はあっても、生き延びてきたのである。

    小沢みどりの本郷の診療所は、学生時代の麻雀友達だった今や著名の弁護士永沢徹が、後見して後始末を引き受けてくれたことも幸いした。診療所には、高額なリース契約による医療機器が取り揃えられていて、契約解除することも、永沢徹弁護士の手腕がなかったらできない相談だったのである。

    昨日2月12日。住まい近くの八王子京王プラザ4Fで、晴れて生き残った小沢みどりの還暦を祝う会が催された。

    集ったのはおよそ50人。永沢徹弁護士もいたし、元患者であったJRA前理事長や社台RHの吉田晴哉追分ファーム代表もいた。
    同じテーブルで隣り合わせたローマ史の東大名誉教授本村凌二も元患者だった。

    宴の終わり頃、私は車いすの小沢みどりに近寄って、
    「みどり先生、鶴木ですよ。お久しぶりです」
    と肩に手を置いて声を掛けた。そのとき小沢みどりは、かつてはペインクリニックの神の手でもあり、今は細く小さくなった手で、そっと手を握り返してくれた。
    あれと思って思わず顔を覗き込んだが、その後は目を伏せるような表情で、小さく顎を揺すったままだった。

    どうしたんだろうと横を見ると、ケアをしている女性が、「それはどこかで判っているという反応なんです」と説明してくれた。

    その言葉こそ、今日、生まれて初めて八高線に乗って、ここに来て良かったと、心の底からそう思えた瞬間となった。






    category: 日々流動

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    そう言えば・・・ 

    錦旗 yosisinn

    そう言えばと、ふと思い起こしたことがある。

    あれは、昨年11月下旬のことだった。
    たまたま一緒になった、とある棋界関係者に、すでに訝しい騒動となっていた竜王戦対局者交代劇について質問したのである。
    「それにしても今何が起こっているんですか?」と。

    そのとき私は、つい先日に指宿「白水館」で行われた竜王戦第4局のときのエピソードを聴いていたのだ。心ならずも挑戦者の役を引き受けた丸山九段が、うな重とチャーシュー5枚入りのラーメンを同時に昼食にしたあの第4局の対局のときである。

    あのときどこかの酒席で、某連盟理事と某新聞将棋担当者が酔った勢いなのか人目につく口論となったこと。
    また長年棋界に関わって来たその担当者は、配置換えで某新聞の将棋担当を外されたらしいこと。

    私は、それほど詳しく内部情報を知る立場ではなかったので、そのときはまるで触角が働かず、
    「まあ、経験で言えば、一人前の担当記者を育てるのには、それなりの時間と経験が必要なので、それはもったいないことですよねぇ・・・」
    などと頓珍漢な答えをして、その背景にある重大性には少しも気づかなかった・・・。


    今日2月13日は、三浦九段の復帰初戦である。

    竜王戦1組の対羽生戦。4か月ぶりの対局の健闘を念じながら、ふとこんなやり取りがあったことを想い出してしまった。
    自分自身のピント外れを恥ずかしむと共に、すでに第3者委員会が動き始めて何らかの結論を持つに至っていただろうこの時期には、ひょっとしたら加害者側のある種の内部分裂が始まっていたのだと考えると、偶然聞いてしまった「事の重大性」が改めて浮かび上がってくる。

    何かを仕掛けた側にとっては、この第4局は運命を決めた「呪われた対局」だったのかも知れない・・・。







    category: 異化する風景

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    進展 

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    将棋界のここしばらくの運命を決めようとする2月6日が過ぎた。

    結果は、新会長に佐藤康光九段が、関西から井上慶太八段が常務理事に選出され、同時に千駄ヶ谷28士によるこれまでの常務理事解任決議案が請求され、改めて2月27日に正会員による臨時総会が開かれる運びとなった。

    翌7日には、これまで公開の場所には姿を現していなかった三浦九段が将棋連盟を訪れ、晴れて記者会見を行ってこの4か月の心の内を語り、同時に同九段が特集された取材記事が、<「どうしても言いたいことがある」 三浦九段が初めて語った騒動の内幕>というタイトルでIRONNNA編集部によるネット記事として配信され、夕刻からは将棋連盟での記者会見の様子も映像で配信されもした。
    深夜には、3か月も沈黙を保っていた渡辺明九段自身のブログさえも、新しく更新されもした。

    三浦九段復活の進行が、2月13日の竜王戦1組の対羽生戦を前に、表向きにはいっきに加速し始めた様相である。新会長の意向が反映されたのだろう。

    記者会見では、許せない相手として、K観戦記者の名が三浦九段の口から名指しで上げられもした。実は数年前に私は、神楽坂でK記者と一夜の酒席を共にしたことがある。そのときの印象では、ある種の熱情と正義感を持って、きちんと仕事をしようとする意志がみられ、私自身は後ろめたさを隠した書き手とは、少しも思えなかった。だからその後は、タイトル戦の中継などで、彼の風貌を見る度に、励んで観戦記者の道を突き進んでいるのだなと感心していたのだった。その彼が「黒幕」として名指しされるとは、意外という以外にないのだが・・・。

    昨年の夏から彼に何が起こっていたのかは、部外者である私には知る由もないが、初対面の印象と今回の名指し批判との落差には、何かもどかしいショックを受けたのも事実である。

    まだまだ真相を知るには、今少し慎重に事態を見守るべきなのかも知れない。

    桜の咲く頃には・・という心境だ。

    それにしても・・・・。





    category: 異化する風景

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