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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    神戸新聞杯GⅡ(菊花賞トライアル)とオールカマーGⅡ(古馬戦線トライアル) 

    埴輪馬

    日本の競馬は、難しい馬券を狙わない限り、軸を外さない(個人的には、おそらく2着には来るという意味で使っている)力量と状態の馬が出走した場合には、予想推理が的外れなものにならない場合が多い。

    私の選ぶのは、末永く楽しむためにほぼ馬連か枠連だから、堅いと思われる軸馬から人気薄へというのが基本だ。

    神戸新聞杯にダービー2着馬福永祐一リアルスティール、オールカマーに岩田康誠ヌーヴォレコルトと、GCで最終追切をチェックしてみても好気配の実力馬が出走してきたから、実は朝からそれなりにルンルン気分で発走時刻を待っていたのである。

    神戸新聞杯は、リアルスティールから、ルメール・リアファル、戸崎圭太マッサビエル、趣味で川須栄彦レッドソロモンの3点。バイガエシにも心惹かれたが、レッドソロモンにした。

    オールカマーは、ヌーヴォレコルトから、好きなM.デムーロ・ロゴタイプに池添謙一ショウナンパンドラ、それに趣味で津村明秀タマモベストプレイ。ロゴタイプは応援したが、中山2200mではたぶん宝塚記念の上位馬である牝馬2頭のレースじゃないかと思っていた。

    15時35分。まずは神戸新聞杯のスタートを迎えた。
    好スタートから周囲を見回しながら先頭に立ったC.ルメール・リアファルが逃げる。第1コーナーで、もう勝負あったという様子で、他馬はすでに手も足も出なかった。
    直線でもほぼ独走。4コーナーを回って、福永祐一リアルスティール、その直後から四位洋文トーセンバジルが追い上げてきたが、後の祭りという感じで、この日の逃げたリアファルは強かった。

    時計は2分26秒7。あと600m(3F)を仮に京都のフラットコースで36秒以内に押し切ったなら、3000mで3分2秒台の走りとなる。つまり菊花賞に向けて長距離の逃げ馬が誕生したということなのだ。

    とは言え、福永祐一リアルスティールも、この日はいかにもトライアル仕様の安全策の騎乗で、本番での変わり身は大きいだろう。前週セントライト記念のサトノラーゼンの不可解な惨敗を思えば、前途洋々と言える。

    それにつけても、残念なのはダービー馬ドゥラメンテなんだよなぁ・・・と、世界的名馬の脚の故障を悔やんでいるうちに、オールカマーのファンファーレが響いた。

    逃げたのは、柴田大知マイネルレコルト。でも前走2着の新潟記念がねっきりはっきりのレースだと読んでいたから、再現はないと踏んで安心して観ていた。

    M.デムーロ・ロゴタイプは好位3番手を進み、岩田康誠ヌーヴォレコルトは中団のイン、それを見ながら池添謙一ショウナンパンドラは中団後方を進んだ。

    圧巻だったのは、ホームストレッチ。

    第4コーナーをインで廻ったヌーヴォレコルトは、前を行く馬が壁となって、一瞬進路を失った。その瞬間からが、騎手岩田康誠の真骨頂だった。馬に勢いをつけて、強引なまでに狭くなった最内をこじ開けて行った。
    スペースは開いた。そのまま先頭に立った。

    そこに外から池添謙一ショウナンパンドラが襲い掛かった。勢いをつけて、ヌーヴォレコルトを1馬身半突き放したのである。まさに弾けた一瞬の脚だった。

    3着を確保するかに見えたロゴタイプは、2200mが少し長かったのか、脚を失くして、最後に追い込んできた柴山雄一ミトラにハナ差交わされて4着だった。

    結果は、宝塚記念の上位牝馬2頭の鮮やかな決着。この2頭の次走は、牡馬との対戦になるのかエリザベス女王杯になるのか、いずれにせよ興味あるところだ。

    それにもう一つ。この日第9Rで行われた2歳オープンの芙蓉S。これまでマイル戦で、古くはライスシャワーや最近ではオルフェーブルらの出走したレースだったが、去年に1800mになり、それが今年は2000mで行われるようになった。言わば、やがての皐月賞に繋がるレースと位置づけられたのである。勝ったのは、ディープインパクト産駒プロディガルサン、接戦の2着はジャングルポケット産駒プランスシャルマンだった。時計は、この時期の2歳馬にしては破格の2分01秒2。おそらくこの2頭は、順調なら年末から年明けとクラシックロードを楽しませてくれる馬たちである。記憶にとどめておきたい。

    とか何とかしているうちに、競馬の季節はいっきに佳境(的中しなければ魔境かも知れないが)に入っている。
    フランス凱旋門賞が近づき、週末は中山でもスプリンターズS。

    過去の歴史を紐解けば、世界で軍靴の音が響き始めれば、こんな競馬も開催中止となる。そうはさせじと踏ん張りながら、今ある競馬を楽しみたいと願っているのだが・・・・。何となく近い未来に不安を覚える今日この頃であるのが、嘆かわしく淋しい・・・。








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    category: 競馬

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    「囲碁・将棋チャンネル」視聴1か月 

    JT
    ここ毎年、スカパーの2千数百円程度の無料視聴が7月頃にプレゼントされている。長年のご愛顧に感謝してという奴だ。

    で、去年も今年も、「囲碁将棋チャンネル」を選んだ。手続きが遅くなって7月上旬から1か月間の無料サービスとなったが、今年はそのまま視聴契約をしてしまったのだ。地上波もBSもなかなか見たくなるような番組がなく、それならばと思い立ってみた。

    ずっと視聴していると、いくつか気づいたことがある。

    囲碁なら、石田、武宮9段の解説は好みだし、ここに故加藤9段がいてくれたらなとも懐かしく想い出したり、最近の趙治勲9段の風貌にむさくるしくも存在感ある味わいを感じたり、小林光一、覚、両9段の魅力を再発見したり(ただ石を打つ小林覚9段の震えたような指先の動きは何となく心配な印象だ)と、彼らが最盛期に囲碁を楽しんでいた私には楽しみが多い。

    分けても、台湾出身の黄孟正9段のキャラは、ユニークで棋士タレントのごとく光っているし、コンビを組む稲葉禄子女流の聞き手としての役割を踏まえた明るい進行は安心できる。

    世の中には、ときに聞き手が邪魔に思える場合が多いものだ。解説者がいるのに、聞き手が自己主張して「私にだって知識があるのよ」と、しゃしゃり出ている場合である。これはウザったいのだ。地上波の番組にも、例えばキャスターとコメンテーターの役割を無視して、自己主張してあたかも自己の存在感を誇示している場合が多いのだが、それは物事の理が判っていない愚かさの証明なのである。

    将棋の場合に感じるのは、「銀河戦」スタジオ対局の棋士の表情である。終盤になって勝負が決まろうとするとき、棋士の顔には興奮の紅潮が現れる。耳のあたりから頬にかけて、血潮がたぎってくる。追い詰められてムカッとしての紅潮もある。勝ちを見出した紅潮もある。それがつぶさに見られると、臨場感が溢れてくる。渡辺2冠、深浦9段、木村、橋本8段ら30代から40代の騎士たちの方が素直に気持ちが表情に出る。豊島7段ら20代の若手棋士たちは割とクールな表情なのは、世代の感性の差なのだろうか?

    番組を見ながら、こんなことも考えた。対局という勝負の瞬間に、集中の果てに出会った最高の自分が、果たしてどんな呼吸をしているかを極めている(理解している)棋士が何人いるのだろうか?と。勝負事を決めるのは、実は人間の感覚機能の中で「呼吸」が重要な役割を占めているのである。判りやすく言えば、動揺している自分の呼吸と、冷静に勝利の思考回路に入って集中している自分の呼吸には、大きな差があるのは素人でも理解できるだろう。ならばこの呼吸を無意識に委ねないで、戦略的に利用できないものか?もし、そのことを実行できる精神力ある棋士が現れたら、きっと抜きんでた勝利を掴むだろう。同じ力量なら、無意識を意識化した側が強いに決まっているからだ。もっとも自我を克服しなければ、その世界の一端を知ることはできないから難しいといえば難しいのだが・・・。

    女流戦も紹介され、多くの女流棋士たちの顔も覚えてきた。皆、それなりにふてぶてしい面構えをしている。
    だからこそ思ったことがある。
    女流のトップは、現状では、里見、加藤らの女流チャンプを知れば、およそ奨励会の2段3段の力量だ。ならば、もし、あくまでももし、奨励会2段か3段のそれまでの男性会員が、例えば性同一障害を訴えるか、同時に性転換を果たして、女流入りしたら、どんな扱いを受けることになるのか?と。もし主張が通ったら、やがて女王と呼ばれる可能性は大きいのだろうか?そんな女王は、認知されないのか?

    まだある。将棋ソフトを性別すると、果たして男なのか、女なのか、はたまた中性なのか?(映画2001年宇宙の旅のCPハルは女っぽかった記憶がある)とか、20年近く前の若手の頃に、番組で将棋戦法を解説していた棋士たちが(それがこともあろうに現在もオンエアされているのだ)、総じて中年となって体型的にふくよかになっている事実とか。思わず、「ありゃ、細いじゃん」などとつぶやいてしまうこともある。痩身の凛々しさから中年の福々しさに変わると、棋士の勝負魂も福々しくなってギリギリの研ぎ澄まされた大事なものを失っていくようだ。

    そんなこんなで、今は暇さえあれば、夜中から朝方まで、そして昼間でも、TVを着けっ放しにしている日々を過ごしているのだが、そろそろ原稿を書くときに私自身の条件反射のツールとしているショパンの曲に変えなければいけないとも思っている。
    (自分で編集した3時間ほどのショパンのピアノ曲集は、私がパブロフの犬になるためのツールで、これをかけ流すと、私は有無を言ず原稿に没頭するのであります。そのとき呼吸も自然と整ってくるのです、ハイ)





    category: 異化する風景

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    シルバーウィークって何だ? 

    先週末から世の中は「シルバーウィーク」だったという。

    ところで、シルバーウィークって何なんだ?老人休日週間かと思ったら、どうやらそうではなく、春のゴールデンウィークに対して、秋のシルバーウィークなのだという。いつの間に決まったのか、世に疎い私には判らなかったのだが・・・。

    夏バテの後遺症が残る人には、長い休みで喜んだ人も多いのだろうし、国の定めた休日とは無縁に働いていた人も多いのだろう。

    このシルバーウィークの間に、競馬は、秋華賞と菊花賞のトライアルが終わった。

    秋華賞トライアルでは、前半5F58秒3のハイペースで、直線豪快に差し切ったのは、ルメール騎乗の上り馬タッチングスピーチ。騎手の腕が良かったのか、ようやく馬の能力全開のときを迎えたのか、はたまた展開が向いたのか、この日は強かったが、もう1戦観てみたい印象だ。オークス馬浜中ミッキークイーンも、桜花賞馬岩田レッツゴードンキも、もう1頭の上り馬であり血統馬でもある武豊トーセンヴィクトリーも、それなりの力を示して納得だったが、タッチングスピーチのこの日の勢いが勝っていたということだろう。本番秋華賞は、直線の短い京都内廻りの2000m。ときにクレージーな結果を導き出す魔のコースである。このローズS4着で人気が下がるようなら、レッツゴードンキの先行力が魅力に思えるが、果たして秋華賞はどんな結末が待っているか、興味は尽きない。

    翌日の中山での菊花賞トライアル(関西の菊のトライアルは神戸新聞杯である)は、セントライト記念。532Kgの余裕ある馬体重で参戦した北村キタサンブラックが、ダービー惨敗を払拭するように果敢に先行して最後まで粘り切った。中山ならこの馬だとレース前から狙っていたが、相手に選んだのは、ダービー2着馬岩田サトノラーゼンと人気薄の上り馬田中勝ウィングチップだったから、狙いはそれなりに間違ってはいなかったと思うが、幸福な結果にはならなかった。2分13秒8というスローに流れた結果からしても、このレースに菊花賞馬がいたとは、正直思えなかったが、キタサンンブラックが3000mの距離で人気薄なら再度少し狙ってみようとは思っている。(まだ今後の路線がはっきりとしてはいないのだが・・・)

    そんなこんなで、連休中の小遣いを失くした私は、時間を埋めるためにこんな遊びに戯れて時間を埋めた。

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    何となく次には「錦旗」が作ってみたくなり、ならば下手糞であっても今回は何とか自分で納得する字母を作ってみようかなどと思い立ってしまったのだ。こうなると止まらない。お小遣いも失くしたから、どうにも止まらない。時間もあるし・・・。CPUソフトも持ってないからひたすら手書きでコツコツと鉛筆書き。トホホ・・・。

    これを第1稿にして、これから何度も見返して手を入れていく訳だから、いつ出来上がるかは不明だし、出来上がるかどうかも不明である。が、仮にもし自分の目指した字で駒ができたら幸せだと思った。(でもね、字ができたとしても、その通り彫って盛り上げできるかどうかさえ自信はないのであります、ハイ)

    何でもやってみて失敗すれば、それなりに進化するというのが私のモットーだ。最初はだれでも素人である。たとえ名人と呼ばれる人であってもである。

    だからまたもう一度、快楽ある自虐の世界に足を突っ込もうかと無謀な戯れに挑むのであります。

    私の知る駒師の先生方はどうやらとても忙しいようで、そろそろ私の順番かなと思っていると、事情が生まれて後回しで、連絡があれば「いいですよ暇になったときで」と、納得の笑顔で答えているものだから(相手の人柄を知っていれば我儘無理は通しませんから)、結局いつでき上がるか判らないし、それを待っている間に少しでも成長しておくには、自分でやってみるしかないのだ。

    で、一歩一歩進んでみることにした。さてさて、どうなりますことやら。でも目指すは、自分だけの「錦旗」盛り上げ駒!!

    シニカルな目線で見守っていて下さいませ。












                   

    category: 日々流動

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    大根を縦に切るか、輪切りにするかという形而上学? 

    syou6-cyuu1 08-09 116 (3) コンビニの、おそらくほとんどの街のお店でも、おでんの大根は、ほぼ輪切りだ。ホクホクとして、歯応えもある。それなりに出汁もしみて美味しい。

    あるとき、縦に幅1㎝ほどに切り落として煮込んでみた。すると歯応えが柔らかくなり、また別の大根の味がした。そしてこれもおいしかった。個人的には、縦切りの方が好みとなった。

    一つの同じものでも、アプローチの仕方によっては別物になるということなのだろう。

    今日未明、安保法制が、集団的自衛権を認知する形で参議院をも通過した。降りしきる雨の中、国会前に集った民衆の声は、永田町の傲慢な選民意識の中の良心に届くことはなかった。

    そもそも昨年12月の消費税を問う形で解散された総選挙で、欺かれて多数を与えた民衆の側が甘かったと言うしかないのだが、それとても作為的に作られた株高をデコレーションして詐欺的手段で騙しぬいた側に、より罪は大きい筈だ。選挙マニュフェストにほんの少しだけサラッと流した項目が、半年後には大々的な国家的課題のように変わっていったのだから。

    結局、その目的とは何だったのだろうか?
    仕組まれた株高(好景気演出)、閣議決定、秘密保護法制定、ガイドラインの指示を受けてのいつもお定まりの対米追随、騙まし討ちのような総選挙、積極的好戦主義のような従順な相手にはお金に物言わせバラマキ、対立国家とは敵対して周辺の危機を煽り立てる外交、憲法を頂点にする立憲主義否定、内閣法制局やNHK(最高裁判事などその他おそらく隅々までの)人事介入、強権的圧力をかけてのマスコミコントロール、福島の現実を無視しての川内原発再稼働、民意を踏みにじる辺野古移転強行等々・・・。全ては、どこかで決められた下手糞なシナリオ通りに進んだ結果である。こんな弾圧恐怖政治が、あっという間に近代国家日本の政治風景になってしまっている。選挙で数を与えると、こんな、とんでもないことになることを、私たちは教訓として学ばなければならないのだ。

    「国民の命と平和を守るために」と、何度も紋切り型で立憲主義の意味すら理解できない愚鈍の裸の王様のような首相から繰り返されたが、このとき言われる国民とは、決してあなたでも私でもなく、愚鈍の権力者に媚へつらうお友達だけが彼のイメージする国民だったのだ。そう考えると、いろんなことが納得できるというものだ。

    今、幼子を育てる多くの母親たちは、いつか戦場に送り込むことになるかも知れないと、これからは言い知れぬ不安を抱えるだろう。これまでは、専守防衛を理念として掲げてきた憲法9条が、すべての法案の土台となっていた。しかし、これからは好戦的な兄貴分アメリカの不条理な意を受けるまま(今のアメリカは理念ではなく利に走るだけの物欲主義的存在となっている)に、集団的自衛権の行使を認める新安保法制が原点の土台となってあらゆる法が作られていくのだ。放って置いたらすぐに社会の風景は別なものになるだろう。

    どこやらの首相には育てる子供がいるのかいないのか、私には定かではないが、もし子供がいないのなら、私たちやあなたたちの子供たちの未来への不安は、一片の配慮すらない貧しい想像力の中で決まったとも言える。

    専守防衛と平和主義を掲げた現憲法の理念を失うことは、戦後70年間に渡って私たちが世界と対峙する術としてきた最高の(他者には持ち得ないという特権を有していた)形而上的攻撃的兵器を失い、貧困と対立とそれ故にこそのテロの土俵に自ら進んでのめり込んで行くことなのではないか?何故今、そんな選択を敢えてしなければならないのか?不思議なことだ・・・。

    今、私の眼の前には、ホカホカと湯気を上げる輪切りの大根と縦切りの大根が別々の皿に盛られている。どちらも和風出汁が効いて、おいしそうだ。

    もしそこに、突然闖入者が現れて、「大根はアメリカ的料理法こそが正義であって美味しいのだ。それはあなたを守る集団的自衛権行使だ」などと言われても、うるさいハエを払うように追い返すだけだ。

    そうか。この和風出汁の味わいを守るには、違憲立法審査会か次の選挙での1票の権利行使しかない訳だ・・・。そのときを首を長くして待っているしかないのか・・・。でも、必ずその日は来るのだ。

    ああ、待ち遠しいと思うと小腹が空いて、私はホクホクの大根を、フウフウ言いながら平らげたのである・・・。






    category: 世相を読む~極私的注目のままに

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    濁流・日本列島 

    JT

    昨日の早朝、東北自動車道を北上して、福島から相馬に抜けた。

    前夜遅くまで、線状降水帯の影響で雨が続いて、佐野藤岡から宇都宮までの通行止めが続いていたが、日付が変わる頃に解除され、何とか早朝に出発できた。

    羽生から高速道に入り、すぐにずっと通行止めであった佐野藤岡を過ぎて行く。周囲の山の緑が長く振り続けた雨に洗われて、深みを増しているように感じた。危険水量以上の降水に見舞われていたという実感は持ちえなかった。

    やがて間もなく鬼怒川を渡る。路上からでも、水量を増して黄色く濁った濁流が勢いをつけて暴れまわっているのが判る。

    よくよく考えてみれば、鬼が怒る川と書いて、鬼怒川である。おそらく古来から、あるときにはそんな怖い顔を見せてきた川であったのだろう。
    普段はアユが集うおとなしい川であっても、何らかの条件が複合的に揃えば、いっきに変身して強面の本性を現してきたからこそ、あるいは人は惧れ敬って鬼の怒る川と命名したのではないだろうか?

    偶然が揃うと、天は(母なる地球は、と言っていいのかも知れない)、大自然の脅威を人の傲慢をあざ笑うように見せつける。

    今回は、常総市での鬼怒川堤防決壊のみならず関東以北の各所で、まるで地中に眠っていた龍が起き出して暴れまくった。大地は水に浸されて、その機能を失った・・・。人々は、国の治山治水の方策に安心しきって、意表を突かれ、気づいたときには、せめて身一つで逃げるか、茫然と留まるかしかなかった・・・。そう、あの4年前の東北大震災と原発のメルトダウンのときのように・・・。

    それにしても、ここしばらくの異常現象は、もはや人知を超えている。大洪水、竜巻、猛暑というよりは炎暑、冬の大積雪、大地震、噴火、そして今回の線状降水帯発生・・・。天変地異のオンパレードだ。

    この国では、遥か平安の昔より、異常な天変地異は、悪政によるものとされてきた。危ういものには、地名であってもきちんと命名して、後世に伝えようとした先人の知恵を考えれば、それは、あるいは正しい言い伝えなのかも知れない。

    車は、順調に大雨の後の整備された高速道を進んだ。およそ2時間弱で福島。

    市内を抜けて、国道115号線に入る。だが、そろそろ霊山に入るという地点で通行止め。幸いう回路があって、何とかそちらに回ったが、各所に鉄砲水の痕跡が残って、いたるところに石や折れた枝木や泥が流れてきていた。それらを何とか避けながら、車を進めた。そしてまた115号に戻り、霊山の峠を越えて、相馬に向かった。

    そこからの115号も同様で、小石や枝木や泥が路面に溢れていた。それにもまして路面は今も山から溢れ出る水に覆われて、タイヤは水飛沫を上げた。道の右サイドには、峠までは福島市内に向かい、峠の頂点のどこかで途切れ、また峠を過ぎれば相馬に向かって流れる川がある。普段は透明な水を湛えて流れ、おそらくイワナやヤマメがいるのだろうなと思わせてくれる小さな川だが、それが今朝は、ゴォーッと大音響を上げて濁流となって流れている。まるで龍が暴れるように、流れは波打っている。山の斜面をいつ削り取っても不思議には思えないパワーに満ちている。何ヶ所か流れに削り取られた個所もあったし、すでに水が溢れて流れ出した川沿いの農地もあった。怖ろしい別の顔を現して暴れていた。

    昼前に相馬に着いた。道にはすでに道路復旧整備に携わる人たちの姿がそこかしこにあったので、このまま雨が降らなかったら、いっきに道は回復するだろう。

    こんな人々を悩ます天変地異の現象が、古来から言い伝えられているような、国の悪政によるものでないことを祈るようなドライブだった・・・。





    category: 異化する風景

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