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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    1枚のはがき 

    奥野 奥野錦旗➁奥野一香作:奥野錦旗

    人の繋がりというのは、広がりを持っているものだ。

    この夏、私は、初代奥野一香を曾祖父に、そしてかの土居市太郎名誉名人を祖父に持つ知人から、1枚のハガキをいただいた。

    と言うのは、こういうことだ。

    明治43(1913)年、初代奥野一香は、その娘を若き土居市太郎のもとに嫁がせた。その弟子であったのが、梶一郎九段(1928~1978)。ちなみに大内延介9段は、梶一郎九段の弟弟子であり、土居市太郎名誉名人の最後の弟子である。

    梶一郎九段は、やがて土居市太郎名誉名人の次女と結婚した。その息子たちは、棋士にはならず、兄は共同通信で将棋観戦記者となり、弟は、東京スポーツの競馬記者となった。「極道記者」や「止まり木ブルース」の塩崎利雄が東スポを去ってからの一時期、東スポの競馬コーナーを支えていた梶要造である。

    その梶要造は、優駿4代目編集長故福田喜久男と親しかった。やがて私も梶要造と話をするようになったのである。

    梶要造のいとこたちの何人かは(おそらくは2代奥野一香の孫たちだろうか?)、香子とか歩(あゆみ)という名前だったという。

    ハガキには、「今自分の手元にあるのは、当時父の道場から持ってきた3寸盤1枚と駒、それに板盤とプラ駒しかありません。高価なものは、父の死後、母が息子の世話になりたくないと売ってしまったんでしょう・・・」とも書かれていた。そういうものだろうと、妙に納得した。

    こうして、それぞれの人生は流れていくのだ。






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    category: 将棋駒

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    劇場へ行こう! 喜劇昭和の世界〖阿部定の犬〗(佐藤信・作) 

    JT

    8月20日午後1時半。私は、杉並区立杉並芸術会館<座・高円寺2>に到着した。

    喜劇昭和の世界〖阿部定の犬〗を見るためにである。今風のしゃれた劇場だった。

    これまで18年間、近畿大で演劇を教える西堂行人から誘いを受けたのだ。彼の最初の教え子である演出家笠井友仁が、HMP・シアターカンパニーの東京公演を行うのだという。

    そもそも劇評家として出発した西堂行人とは、ここでは詳細をつまびらかにはしないが、実は大学時代からの友人で、ときに共同者同志であったこともある。私が脊髄を大手術して秩父の山の中に引っ込んだ頃に、縁あって西堂は近畿大に招かれた。その後は、東京と大阪を往復する彼とは、ゆっくりと会って互いにバカを言い合うことはなくなっていたが、年賀状や著書は送り合って、腐れ縁の関係はずっと続いていた。

    私は、佐藤信作〖阿部定の犬〗や昭和喜劇3部作となる〖キネマと怪人〗〖ブランキ殺し上海の春〗は、それこそ何度も黒テント公演に駆け付けた体験を持っている。脊髄の病の発症からその数年後の大きな手術故に、他者と集団となって協同する演劇的な活動を諦めなければならなくなった私にとっては、喜劇昭和の世界3部作の、林光やクルトワイルらの奏でた劇中歌は、一人になったそれからの私の、時間を埋める愛唱歌にもなっていたのである。今でも、大方の劇中歌は歌いこなせるのだ。正確な意味で、私自身の演劇的感性の原点は、さらに言い切れば、私の文章の原点は、実はこの3部作にあるのだと言い切ってもいいだろう。

    その最初の契機は、1976年の梅が丘羽根木公園での3部作連続公演に、西堂行人と共に何度も出向いたことにあった。

    そこでは、隣に座る見知らぬ他人とひざや肩を寄せ合って3時間を耐える満員のテント空間があり、故斎藤晴彦やら黒テントの女王新井純らが躍動していた。大谷直子と付き合い始めていた清水紘治も、〖キネマ・・〗〖ブランキ・・〗では、艶やかな男の色気を発散させていた。他にも、村松、溝口、服部、福原、小篠、金子、小早川、井川・・・らが。

    この3部作で、私は、30代になったばかりの劇作家佐藤信から、みずみずしい言葉の豊饒さや、重層構造の劇作術や、笑いの多様性を教えられ、学んだのだった。(少しでも自分のものとするには、才能に恵まれないためにそれから多くの時間が必要だったが・・・)

    佐藤信作〖阿部定の犬〗は、私にとって、記念碑といえる、そんな作品だったのである。

    2015年8月20日の、若い世代による公演の詳しい感想は、ここでは書かない。2・26事件とベルリンオリンピックが同居した1936年から40年後の黒テント梅が丘公演、そしてそれから約40年後の若い世代による公演である。少なくとも彼らは〖アベの犬〗となることを忌避しようとしたことは間違いない。

    ただ同じく若かった私が、76年梅が丘で感じた4つのことだけは記しておこう。今回の公演で、ドラマツゥルギーとしての重層構造を意識化した舞台の時空が意識されていたか否か?跳梁する役者たちの身体への意識はどうだったのか(21世紀の身体論とは何か)?昭和喜劇3部作から要求される笑いの質は整理されていたのか?オペレッタの役者たちが、役で唄うことへの配慮はあったのかどうか?

    頑張ってやり遂げるだけではなく、表現には表現が要求する「魔性の技術」もある。それが足りてなかったら、表現すらが成立しない「お芝居の神様」の領域のことだ。意識があればそこににじり寄っても行けるだろう。

    76年の梅が丘。黒テント本公演の入場料は、確か1500円か2000円ほどだった。そこで私は、人生の新しい息吹を得た。
    今回の公演は、予約券で3800円。芝居の現実もあるが、それだけの観劇料を頂く怖さを忘れないで欲しいものである。甘えたら、明日はないのだと。

    でも、私は芝居を見ながら、クルトワイルや林光の「日の丸弁当」の歌を、一緒になって鼻歌で歌っていた。

    ラストシーン。「昭和、終わったか」と原作にはあるが、今、本当に劇作術として終わらせなければならなかったのは、何であったのか?それが一瞬でも垣間見られたら、おそらく私は、至福の時間を劇場で得られていただろうが・・・。

    終演後、西堂行人の仲立ちもあって、黒テントの女王新井純と、劇作家佐藤信に挨拶できたのは、今や山中引き籠りになっている私には、実に刺激的だった。西堂に感謝しておこう。そして同じテーブルでご一緒した「論創社」の森下さんにも。

    またいつでも劇場に行きたいと再発見した1日だった。









    category: 映画・演劇

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    漠とした不安~火山の力 

    JT

    口永良部の噴火。

    桜島の噴火予兆。

    まだ九州には、霧島、阿蘇、雲仙とダイナミックな噴火力を有する活火山が並んでいる。

    マグマが連動して蠢き始めたら、おそらく人力では対処できない大自然災害となるだろう。遠く離れた御岳・箱根・浅間山だって黙ってはいないかも知れない。

    そんな九州、鹿児島川内原発が稼働を始めている。津波による事故から4年半。いまだ11万人が故郷を追われて流民となり、解決の道筋さえ正確に示すことができないでいる福島原発の現状が、何一つ改善されないままの稼働推進だ。

    70年前の広島・長崎への原爆投下の悲劇、そして66年後の福島原発メルトダウン。その体験を積み上げて、今私たちは、何を学び、何をどうしようとしているのか?この国は、原子力の悲劇の実験国家の役目でも果たそうとでもしているのか?

    対岸の家事をまるで花見見物しているような気分には、もはやどうしてもなれはしない。政権と行政は、まるで狂気に突っ走っているような印象を持たざるを得ない。同時に、私たちもまた、現代においては、正確な意味であっち側とこっち側の境界などないのだと知るべきだろう。おそらく「日々是現場」の中で生きざるを得ないのが、巨大化した現代社会そのものだからだ。

    20年後30年後の国家は、何を基盤にして、どんな活動をすることで成立するのか?今を生きる私たちが、そろそろはっきりとそんなヴィジョンを持たなければ、おそらく国はまた再び海外侵略でもしなければ持たないだろうし、再び原発の惨禍が起こっても同様だ。何よりも地方の地域経済の疲弊を早急に克服しなければ、明日は生まれやしない。地方の公務員が特権貴族化している現状は、やはり歪な社会と言わざるを得ないだろう。未来を託せる民間の仕事が地方にないからである。それが、原発稼働再開のすり替えられた論理にもなっている。ロボットにはできない職人の匠の技さえも、経済効率優先で失われ続けてもいる。

    市民の知恵を駆使して、そんな国にしてはいけない。反省の振りはサルでもできるが、2度の過ちを許さないことには覚悟がいる。いつか来た錯誤の道を、また進む道にしてしまったら、人間の知力の限界点を示してしまうことにもなってしまうではないか。

    ともかく、マグマによる大地殻変動が、さしあたり大自然災害として起こらないことを祈るような思いで見守るしかないのだが・・・。それが悔しい・・・。





    category: 異化する風景

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    戦後70年談話を聞いた 

    JT


    仰々しく始まった首相による戦後70年談話。昨日の夕刻のことだ。

    いやはや、いささか度が過ぎた口先芸を演じようとしたようである。だれが書いたものなのか、巧みな原稿が用意されていた。途中は原稿をそらんじて、あたかも自らの言葉のように演じていたが、発せられた言葉に力はなく、結局は、私の頭では、これまでの「最高権力者は私である」とか「すべて首相である私が決める」といった論調とはまるで脈絡がないようにしか感じられなかった。

    いったい、かくも仰々しく、これまでの彼が発した論調をも薄めて、オオカミが羊の如く振舞って、何を伝えようとしたのか、到底判らない。平和や未来を志向して、侵略を許さない国家を目指そうとするのなら、現憲法こそが世界に向けての最高の武器となるはずだが、現実は新安保法制を強行突破させようとしている。しかもほとんどの憲法学者が「違憲」を指摘しているのを聞かぬ振りをしてである。

    読み上げた原稿は、政府が選んだ「有識者会議」のまるでメッセンジャーボーイのようなものだった。つまり最高権力者は、その瞬間、自らのパラダイムを持たぬメッセンジャーボーイだったのだ。だから込み上げてくる意志が何もなかったのである。

    まるでいい子の振りさえすれば、国民は欺けるとでも、まだ思っているのだろうか?
    一度芽生えてしまった不信感は、そう簡単には消せないことすら理解できないのだろうか?

    「美しい国日本」を目指すならそれもいい。しかし、そのときは醜いほどの米国追随一体化はすべきではない。米国的経済社会の在り様は、彼らが建国以来気づいてきた方法であり、極東の島国日本の文化にとっては、やはり異質な文化なのだ。共有する基盤は必要だが、精神性さえも他者米国に売り渡して、同じ土俵に上がる必要はない。おそらくグローバリズムの限界はこの点にあるのだろう。

    何故、私たちは私たちの築き上げる国家を、現憲法を根底にして目指そうとはしなのか?現憲法こそ、戦後世界を我が物顔で自分流儀に染め上げようとする米国の、最高傑作の遺物なのだと、私には思えてならない。彼らが理念的に残した、今の彼らにとって喉もとに張り付いた棘のようなものなのだ。これを有効活用することが、たぶん私たちの未来を拓くのである。そう思う。

    今日は8月15日。敗戦の決定した日。少しばかり気を引き締めて、こんなことを考えていた。

    幾多の作品によって示されてきたように、戦争は悲劇的な結末となり、どの戦争でも犠牲となるのは、結局は武器を持たない市民なのだ。だから私は、戦争に加担することも、強制されることも、断固拒否する。もし戦うときがあるとすれば、それは、人間存在を否定し、生存権を脅かす敵に対してである。

    憲法学者が憲法を学び、宗教者は宗教の教義に生き、憲法の番人たる法制局は確固たる法理論を守り抜き、公僕は謙虚に奉仕の精神を尊び、市民が笑顔で明日を迎えられる社会など、実は虚構の中の理想かも知れないが、それでも、そうあるべきと一歩一歩歩んで行かねば、すぐに社会は増長と強欲の亡者の集団が大手を振って支配するものとなってしまう。そしていま私たちの生きる21世紀の日本は、そんな輩が加速度を増しながら増えているような気がする。

    8月15日。どんな形であれ、戦争で犠牲になられた方たちの、無念と悲しみを改めて想い起こして、同時に今も続く世界の戦争の現実をも思いやって、市民を犠牲にする戦争に、不戦の誓いを持つ記念日としたいと、そう思うのであります、ハイ・・・・。




    category: 世相を読む~極私的注目のままに

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    犬の歯磨き 

    JT

    2匹の犬を飼っている。

    もう9歳と8歳になるメスが2匹。寒がりで、寝るときも一緒に暮らしている。

    とは言え、今は猛暑の夏。犬は汗をかかないなどと言われるが、1週間もすれば何となく体がベトベトしてきて、体も犬臭くなってくる。

    そんなときは、一緒にシャワーを浴びることにしている。慣れてくると、嫌がりながらも我慢している。風呂桶で水をぶっかけられるよりはシャワーの方が良いことを、もう2頭とも理解をしているのだ。

    かつて長毛のゴールデンレトリバーを飼っていたときは体を洗って乾かすのも一苦労だったが、今の2頭は短毛種なので、洗い流してタオルで軽く拭けばそれでOKだ。

    シャワーのついでに、歯磨きをするのも習慣となっている。最初はどうなることかとも思ったが、やってみると犬たちもすぐに慣れて、今では、どうせ歯磨きもされるのだと、たぶん諦めているのだろう。無駄な抵抗はしないようになっている。シャワーのぬるま湯で最後に口をゆすいで、「よーし、よく我慢しました」と褒めてやると、単純なのか尻尾を振って得意気に胸を張る。

    ある程度人が使った歯ブラシを保管しておいて、それを使って歯磨きする。犬が使ったら、それは使い捨てだ。
    歯磨きもいろいろと試してみたが、どうやら、昭和の昔のwhiteライオンや、リンゴを齧ると血が出ませんかのデンターライオンが、刺激が少なくていいようだ。昭和の昔に開発されたオールドな歯磨きでも、犬にはそれなりに効果があることを実感する。1頭の歯は白くなったし、もう1頭はどうも歯槽膿漏の気配があったのだがデンターライオンのおかげか、歯ぐきからの血も収まったのだ。犬自身も歯茎が楽になったと理解しているような気がする。おとなしく歯磨きをやらせているのだから。

    とにかく何でもやってみるものだ。歯磨きをする私も、歯磨きをやらせる犬たちも、互いに慣れてくれば、チョチョイのチョイで健康的な身づくろいができるのである。

    シャワーと歯磨きを終えた夜。私のベッドは爽やかなリンスとシャンプーの香りでいっぱいになる。寝惚けると、まるで隣に黒髪の少女が眠っているようなそんな気にもなってくる。でも手を伸ばすと、そこには全身が毛におおわれた老犬2頭が寝息を立てているだけなのだが・・・・。









    category: ワン・ニャン

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