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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    ようやくやっと~入稿完了!! 

    JT

    昨日、後書きを書き上げて、最後に残った数枚の資料写真と共にメールで入稿完了した。
    9月から取材を始めて、テープ起こしをしながら11月半ばから書き始めた作業が、ようやくひと段落。正月中には何とか終えていたので、実際に書いていたのは2か月だった。やり遂げた手応えはある。

    序章  粋鏡庵とは?  (粋鏡? Who?)
    第1章 江戸職人の血  (棋具に誘われた粋鏡の、酔狂なる半生と職人魂への眼差し)
    第2章 前沢4代     (「榧」を巡る2代長太郎、平井芳松、内山茂吉や青柳吉太郎、加藤金次郎らの
                  エピソード)
    第3章 職人丸山昭齋  (実姉をかあちゃんとは呼べなかった4代目の数奇な人生)
    第4章 駒と駒師~天童から東京駒名工世界へ    (龍山の創世の息吹から、木村の再評価、
                        影水の勢い、弟子を取らなかった静山の理由、現代駒師たちなど)
    第5章 龍祖の駒8部作と駒師出石 (新構想の創造)
    第6章 棋士たちと
    終章  将棋文化の未来へ

    巻頭カラーグラビア(写真:石山勝敏撮り下ろし)、文中の資料写真もできるだけ集めてある。

    たぶん、これまでにはなかった内容となっている。実験的、冒険的な試みである。

    タイトルは、ひ・み・つ・・・エへへ・・・まだ、秘密にしておこうか。

    完成は2月の末になるだろうが、もし興味と関心のある方がおられれば、そのときはぜひよろしくおん願い奉りまーす!!





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    category: 日々流動

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    これも競馬だ~中山AJC杯・ゴールドシップ 

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    勝負事には落とし穴が待っている。
    それも多くは、勝って当たり前と、ファンも陣営もレース前から安心している場合にはまり込むのだ。

    岩田康誠ゴールドシップのAJC杯(中山芝2200m)もそうだった。
    凱旋門賞以来の前走有馬記念であわやの3着。
    最終追い切りの動きも気配も、その有馬以上と報じられ、出走メンバーは明らかに格下。
    ゴールドシップ様、勝ってくださいませというムードが、闘う前からファン心理の中に蔓延していた。

    だが、有馬記念の3着確保のレースは、状態ひといきの激走だったのではないのかと考えると、私は何となく危ない人気馬と怪しんでいたのである。
    競馬には、激走の後の凡走がある。所謂2走ボケという奴だ。正確な理由は解き明かされてはいないが、馬が生き物であると考えると、体調がひといきなのに気力で走り切った後のダメージがあって次走で凡走するか、ねっきりはっきりの力を出し切って消耗抜け殻状態で次走を凡走する場合がある。
    共に追い切り時計は出てしまっているから、その判断は厄介なことでもあるのだが・・・。

    こんなことを、これまでの取材体験で学んできた。だからこのAJC杯のゴールドシップに、何となく凡走の気配を感じてならなかったのだ。

    案の定だった。スタート直後から行く気も見せず、3コーナーからの捲りも中途半端で、直線も伸びずに7着。決着タイムが2分13秒6という平凡な時計であり、完調の強いゴールドシップならやはり勝って当然だったろうが、馬自身がまるでやる気を見せなかったのだから、2走ボケと言わざるを得ない。

    これも競馬なのだ。

    勝った田辺裕信クリールカイザー。逃げて、3コーナーから3番手に抑え、また直線で指し返すという小憎らしいまでの巧みな騎乗だった。こちらの場合は、完調ならではの芸当だった。ただその前の10Rでの田辺裕信のゴットフリートの騎乗は、少しもレースに絡まずに惨敗して、大いに落胆させられたことは記しておこう。捨てレースをするにしても騎手がやらねばならぬ芸当はあるのだ。

    私の結果?いやだから、考えた末にゴールドシップではなくエアソミュールからクリールカイザーへの馬連本線に絞って、見事なまでの1着3着。武豊が、エアソミュールをC.デムーロに譲って東海Sのコパノリッキーを選んだ理由を思い知らされた結末で、その東海Sもコパノリッキーから調教気配の良かった大野拓弥インカンテーションへの1点勝負で、ハナ差の敗戦。

    狙い自体は間違ってはいなかったが、結果が伴わない1日だった。でもまあ、狙った馬たちが頑張って勝負に絡んでくれているから、それなりに楽しくなかった訳ではない。東海Sなどは、思わずゴール前のTV画面に向かって「差せ!ほら差し切れ!」と、久し振りに声を出しもしたし・・・。

    まあ、これも競馬だろう。それにしても気難しい馬になってしまったなあ、ゴールドシップは。人間をなめる馬が悪いのか、なめられる人間がだらしないのか、ちょっと答えは判らないが、さてどうなのだろうか?

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    category: 競馬

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    騎手中舘英二引退 

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    2015年1月25日。中山第6R。3歳1勝馬(500万条件)のダート1200m戦。
    騎手中舘英二の引退レースだった。

    中舘英二は、加藤修甫厩舎に所属してデビューした。兄弟子が安田富男だったこともあって、デビューの頃から知っていた。
    確か最初に取材をしたのは、アサヒエンペラーのダービーの後、「優駿」だった記憶がある。

    あのとき、調教師加藤修甫は、デビュー3年目の若い中舘英二に、期待馬アサヒエンペラーの手綱を託したのである。ライバルは、増沢末男ダイナガリバー(ダービー馬)、岡部幸雄ダイナコスモス(皐月賞馬)、田原成貴フレッシュボイス(皐月賞2着)とグランパズドリーム(ダービー2着)だった。歴戦の騎手たちの大きな壁に挑んだのだった。

    結果は、皐月賞・ダービー共に3着。当時の競馬ファンの騎乗への批判的な風圧は大きなものだった。武豊がデビューするのは翌年で、この年夏の函館から新人松永幹夫が好成績を遂げ始めたが、まだまだ若手騎手の甘い騎乗に対する眼差しは厳しく、大レースはベテラン騎手の手に委ねるのが当然とされていたのが、時代の風潮でさえあったのである。

    「反省はしても、後悔はしません」
    取材のとき、きっちりとそう言い切った中舘英二がどう成長していくか楽しみに思えたことを憶えている。

    私自身が騎手中舘英二の騎乗を最初に正しく認識したのは、やはりツインターボの逃げだった。
    先頭を切って逃げると言っても、単純ではない。馬の個性に合わせていくつもの逃げ方がある。それを理解して、逃げる中舘英二の世界を切り開いたのだ。中舘英二ツインターボの逃亡に心を弾ませたものである。

    93年のオールカマーのときは、4コーナーで5馬身差をつけていたら逃げ切ると信じて、ライスシャワーやホワイトストーン、シスタートウショウの馬券は買わず、大井のハシルショウグンとの1点勝負で見守っていたこともある。

    逃げる境地を自らのものにした中舘英二は、次に牝馬ヒシアマゾンとのコンビで世を沸かせた。常に騎乗交代があるかもという不安を抱えながらも、中舘英二はG1初勝利を果たした。

    そして次の段階では、引退した増沢末男に替って、裏開催で勝利を重ね、年間100勝騎手になっていった。

    兄弟子安田富男の天性の才を考えると、中舘英二はコツコツと亀の歩みのように自らを磨いて這い上がった。結果的には、安田富男の生涯勝利数をダブルスコア以上の差をつけて凌いだことに、中舘英二の騎手人生は凝縮されている。

    サンデーサイレンスの時代以降、馬自体のレベルが上がり、競馬そのものが馬の力任せの好位勝負に替って、印象的な逃げ馬は少なくなってしまい、中舘英二の騎乗も好位差しに変化して、彼の切り開いた逃げる勝負の魅力を知っていた私は、満足できずにいたことも確かだが、ときに見せる逃亡は、それでも修練を重ねた力に漲っていたものである。

    31年間の現役生活を終えて、どうやら調教師となるようだ。昨年の松山康久調教師の引退には間に合わなかったが、これからも馬作りの精神的師匠として、松山吉三郎から続く(いや名門尾形厩舎から続くと言った方が良いかも知れない)、かつての松山イズムを後継してほしいものである。

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    いやいやそれにしても、頭が薄くなったなあ・・・。クリクリした目と黒髪が印象的だったのに・・・。

    90年1月、数年前から体調を崩して、輸血用の自己血を貯めながら、大手術を控えていつ病院から呼び出しがあるか判らない状況に見舞われていた私は、中舘英二の結婚式に出席できなかった。本人からわざわざ電話を貰ったのに・・・。今でもそれは、私自身の負い目となっている・・・。あのときは1日を生きているのがやっとだった。無事に騎手生活を終えた中舘英二には、これからも怪我と病気に気をつけて、第2の人生を歩んで欲しいと願っている。
    そう言えば、兄弟子安田富男も脳梗塞から立ち直って頑張っていることを申し添えておこうか。




    category: 競馬

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    ゴールは近くて遠いもの~と思う日々 

    JT

    ゴールが近くなって、机に向かう時間がまた長くなっている。

    どうも頭でっかちな体質なのか、思い込むとつい冷静沈着さを忘れ、骨格を重視して一つ一つの細胞の働きを見逃してしまうようだ。

    だから何度見直しても、毎回、細やかな落とし穴が待っている。特に校正などは、身に沁みついてしまっている妙な癖があって、それで良しとしてきた過去の報いからか、丁寧にやろうとすればするほど迷路に入ってしまう。困ったもんだ。

    先週土曜日に、カメラマン石山勝敏の半日がかりの撮影が何とか終わって、好意からか日曜朝一でデータが送られて来たから、そのまま文中写真をどれにするかと原稿を読み直しながら挿入して、ついでにグラビア写真をどれにしたらいいのかなどと考えていたから、慌ただしくて、落ち着かなかった。

    でもその合間をきちんと見つけて、中山の京成杯と京都の日経新春杯を検討して仕事を続けた。

    3歳馬の京成杯は、今年度から12月のホープフルS、この京成杯、そして3月の弥生賞と2000mの皐月賞トライアルの重賞が3Rに増えたから、意外な穴馬の登場ではなく、順調にトライアルを使いながら力をつけて行く馬の闘いだろうと狙いを定めて馬連3点。
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    日経新春杯は、ハンデ頭58Kgのサトノブレスと、いつもは応援している穴馬タマモベストプレイの下馬評が高くて嫌な予感があり、この2頭を嫌って、人気薄のアドマイヤデウスとフライト、フーラブライトとビービートレイターの4頭を選び出し、ゆっくりパドックを見る余裕もないと考えて、ほんの少しだけ馬連ボックスで買っておくことにした。

    こんな日に限ってである。どちらも的中。京成杯は13倍、日経新春杯は万馬券となった。(買ったときはオッズも見ていなかったのでレースが終わるまで知らなかったのだが・・)。でもだから、こんな日に限って、皮肉にも的中するのだ。

    たぶん本気になったら、さらに狙い目を絞って1着3着で不的中だったのかも知れないが、原稿仕事の為に何となく大きな獲物を取り損ねたような気分になってしまうのは、まだ人間ができていない所為なのだろうか?

    でもまあ、気を入れて挑んで、奈落の底に落ちることもある。そんなときは、再始動のエネルギーをもう一度作り出すのが何とも辛いものだ。だから軽い気持ちで楽しんだと思うようにしておこう。食と欲は8分目がいいに違いない。

    でも、でも、こんな日に限ってである・・・。かつての様な本当の運を招き寄せるのは、いったいいつの日になるのだろうか?
    いや、たぶん神様が、お前は原稿で頑張りなさいと導いて下さっているのだ。

    だから日曜の夕刻から今朝まで、気分よく励めましたよ、ゴールに向かって。後もう少しで、事務的な作業もフィニッシュですから。

    ついでですから、土曜に私の撮った写真を1枚サービスしておきましょうかねぇ。

    杉亨治作「清安」彫駒です。さすがだと思いました。浅彫りの腕が冴え渡っています。

                亨治作清安①-1
             こんな腕がありながらも印刀を置いたんですよ、駒師亨治は。全国の駒師志願の皆様へ。






                       

    category: 日々流動

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    出石3番弟子H君の消息 

    20141002 3番弟子H 根付①     20141002 3番弟子H 根付(2)

    いやいや、こんな写真が送られてきて、最初は何となくドキッとして、次の一瞬には笑いが込み上げてきた。

    キャバクラやデリヘルなどの宣伝が届いたのかと、錯覚するほどだった。(最近はとんとご無沙汰なので、ハイ)

    出石3番弟子H君からの久し振りの消息連絡だった。
    秋口にメールがあって、それからはご無沙汰だったので、どうしているかと思っていた。根付を見ると、したたかなお水の女性に、純情なH君が上手くやられているのかなと心配をしたが、どうもそうではなかったようだ。

    9月から現在の勤め先の工場推薦を受けて、その企業が提携する石川県小松の工科短大を受験し、全国25人の枠に入って11月下旬に晴れて合格。あと1か月で与えられた課題をこなせば、4月からは社会人短大生として学生に復帰するそうだ。将来を見据えて頑張っている。

    とにかくおめでとうとメールを返したが、ついでに課題を終えて学生になる4月までに、素彫り状態までに1組彫駒を仕上げてみたらと勧めておいた。

    20140611 H 淇洲 飛車 彫 ①    20140611 H 淇洲 龍王 彫 ② 何せ初めて彫った駒が、ここまでの出来具合の資質を持っているH君なのだ。どこまで進化するかと期待する素材であるのは間違いない。H君の弱点はただ一つ。漆に弱いことだけだ。聞けば、漆に近寄っただけでかぶれるほどらしいが、それもいずれは慣れるはずである。

    まあ、学生になって生活パターンが落ち着けば、今よりは時間ができるのかも知れないが、それでも2014年度のけじめをつけて、新生活に入って欲しいと勝手に思った次第。

    石川県には、漆職人となった大学時代の腐れ縁の友人もいるし(長男は財務官僚になっている)、能登の方には著名な棋具愛好家のSさんもおられることだし、機会があったら一度訪ねてみたい場所なので、その意味でもきっかけを作ってくれたH君の頑張りに感謝しておくとしようか。








    category: 将棋駒

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