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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    あっという間の2日間~東京にて③ 

    JT

    朝10時半。今日の取材がOKとなった。

    とは言え、約束の時間まではまだ5時間もある。これまでの取材ノートは最近全て仕上げて、そのときに眼を通してあるから今日は読み返してみる必要もない。

    さてどうするかと考えて、久し振りにサウナにでも行って汗をかこうかと決めた。それなら時間は埋まる。
    もともと風呂好きなので好都合だったが、数年前に痛風をも発症させてしまってからは、血圧も高めなのでサウナは避けてきたのだった。でも汗をかきたくなってきた。汗をかいて体内から余分なものを追い出したら、昨夜の長く人気のない紅い廊下から受けた私の唐突な恐怖感も消えていくことだろうし・・・・。

    軽く食事をして、以前通ったサウナに到着したのは12時過ぎ。ここは12時からの営業なのだ。過ぎた時間を取り戻すように、サウナの中は何も変わっていなかった。

    汗をかくために、以前のように最初に体を洗い清めて、20分、15分、10分のローテーションにした。体調の変化には気をつけながらだったが、大丈夫で汗は吹き出してきた。若い頃には、これだけで1.5Kg も絞れたが、最近はその半分がやっとで、肉体の活性化は徐々に薄まっていると思い知らされもする。それでもサウナルームから倒れ込むように浸かる水風呂が心地良い。

    時間があったので、この後休憩をはさんで、10分、10分と2度も繰り返してしまった。
    そう言えば、以前は小計45分を2度、そしてさらに小計30分のサウナ入浴で、途中に炭酸飲料を1本飲んで水分補給しながら3Kg絞っていたなと想い出す。やり過ぎると、一晩体が火照って、少し力を入れるだけでこむら返りが起こったものだ。そう、脱水症状の初期である。どうも、やると決めたら徹底してしまうのが悪い癖なのだ。自分でいうのもなんだが、変な奴だ。

    3時にサウナを出て、取材先に着いたのは午後4時。それから2時間のテープ取材。今日のテーマは、現代における丸山昭齋の価値や、盤師の作る脚についてのあれこれや、日向蛤の碁石を綺麗にする方策や、綺麗にしてライトを裏から当てると見事に浮かび上がってくる固いホウロウ質のことなど、あれこれ。勉強になった。

    ひと通りの取材を終えて午後6時過ぎ。
    そこに飯塚祐紀7段も合流して、夕食兼飲み会となった。

    A級B1級の棋士は、日々、選ばれた魑魅魍魎と同時に選ばれた棋力の天才たちの中で闘っている存在なのだ。日本で、いや世界で20人にも満たない男たちなのである。

    奇人変人であっても少しもおかしくはないが、今の飯塚裕紀7段は、目元も優しく、人柄もいいバランスのとれた人物だ。棋士を志望して奨励会に入らんとする子供たちを教えていることもあって、そうあらねばならぬと自分を保っているのかも知れない。

    いろんな話題で盛り上がって、隣り合わせに座った飯塚7段とオールドパーをストレートでショットグラスに注ぎ合っている内に、少し酔いが回った私は、しばらく前に見た10代のときの飯塚少年の写真を想い出して、思わず飯塚7段に言った。

    「あの26年前の写真に映った表情は、いかにも自信有り気で、上に上がってやるぞという意欲に満ちていました。それが心地良い程でした。たぶん人間は、幾つになっても気持ちは若いままなんです。だからあのときの心を敢えて想い出してみて下さい」
    飯塚7段がそうかなあという風情でかつてをさらっているとき、私はさらに言った。
    「人間は体力は衰えますが、磨いた能力は衰えません。それをかすませてしまうのは、体力なんです。体力が粘着力や執念の発揮を邪魔するんです。だから一度、人生の余分なものを抱えてしまったお腹周りを絞って、肉体に具体的なハングリーさを想い出させたらどうでしょう?目つきも鋭くなってくると思うんですけどね」

    そう言いながら、私は私自身に言い聞かせていた。<気>が沈んで弾けなくなったら、表現などはできない。ピュアな精神にはピュアな肉体が不可欠だと。

    その夜、夕食の宴はさらに続いていたが、私は最終のレッドアローに乗るために中途で退席せざるを得なかった。

    何とか電車には乗ったが、その後のことはウィスキーの酔いが回って覚えてはいない。

    家に辿り着いたのは、午前0時を過ぎる頃だった。長い2日日間だった・・・・。





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    category: 日々流動

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    あっという間の2日間~東京にて② 

    JT

    午後5時過ぎ、中野に着いた私は、駅前の広場のベンチに座って、さてどうするかと携帯を取り出し、電話をかけてみようとしているところに、やはり少し早く着いた見知った顔が現れた。

    もう参加者は店のある場所も時間も知っている筈なので、先に行って待っていようということにした。

    会はいつものように6時に始まって、それから5時間。ワイワイと各所で話が弾んだ。

    テーブルには、大きな広島のカキフライ、エビの唐揚げ、椎茸の上に鶏肉バーグ、水菜のおひたし、お刺身、鰤の煮魚、ローストビーフなどが大皿で並び、ママさんからは山口県旭酒造「獺祭(だっさい)」の1升瓶が特別に差し入れられた。それでいて飲み放題の会費は5000円。出席率が高くなるのも当然だ。

    この日は、作家吉川良の熱弁が最後まで場を盛り上げた。齢はとっても吉川良は、気心は少年のようなところがある。それがいい。

    いつも思うのだが、この会は、参加者皆が忌憚なく本音を語れる場所なのだ。良いものは良い、悪いのはどう着飾っても悪いとはっきりと言い切れる爽快さがある。勿論、翌日に誰かがこんなことを言っていたとご注進に及ぶ輩はいるべくもない。人間が試される場所となっているし、語られる内容もレヴェルは高い。無礼講本来の格調を保っているのだ。

    この日は、私は最後までいられた。廣のママさんが事前に頼んでくれて、中野ブロードウェイのゲストルームを予約できていたのだ。1泊3500円。大助かりである。

    12時前にその部屋に辿り着いた。初めてのことなので、長い廊下を部屋を探して歩いていると、奇妙な感じがした。
    昭和の時代に建てられた中野ブロードウェイである。アンバーの明かりが薄暗く光る廊下は長く、同じようなドアが並んで、時間も時間だから人の気配がない。まるで映画「シャイニング」のあの山のホテルにいるようなそんな気がしてきた。

    ようやくゲストルームを探し当てると、それはツインルームで一人では勿体ないような気がした。バスタブは広く床はタイル張りだったが、部屋には窓がない。そして雰囲気は昭和レトロのホテルの部屋という印象だった。一人でいて妄想を高めると、何となく背筋が凍って怖いような気にもなってくるが、酔った酒の勢いで私は眠ったようだった。

    朝、部屋を出ると、紅いカーペットが敷かれた長い廊下の遥か向こうから朝日が差し込んでいて、手をつないで歩く母子の声がしたが、その姿は逆光線となって薄っすらとした影しか見えない。

    もし、そこに映画のように突然双子の少女が現れて、その背後から真っ赤な血がドッと津波のように押し寄せてきたらと思うと、私の足は自然と早足になってしまった。

    階下に降りて、ブロードウェイのプロムナードに出ると、行きかう人々の姿もあって、街はいつもの光景だった・・・・。

    ※この項、続く。





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    あっという間の2日間~東京にて① 

    JT

    火曜の朝、9時半のレッドアローで東京へ。

    11時時15分に、2番弟子M君と西日暮里で合流。そのまま久し振りに蕎麦屋「若松」に向かった。若松 もり蕎麦

    そろそろ新蕎麦の季節。どうせ会うのなら、昼食に蕎麦を食べようという話になったのだ。
    このM君。最近、原因不明の「群発性頭痛」の発作に見舞われるようになって体調を崩し、今週末まで仕事を休んで養生中という。先週末に電話があって、
    「じゃあ体調の良い日に一度会おうか」
    「どうせなら若松に連れて行ってくださいよ。仕事を休んでなかったら行けないからチャンスです」
    そしてこの日、私たちは「若松」の客となったという訳だ。

    日暮里から徒歩で3~4分、西日暮里から5~6分の距離にある「若松」は、最近は午前11時から午後2時までの営業で、日曜祝日はお休みである。9月に2度、私はお休みの日に行ってしまって、残念無念の思いにかられていたが、逆に新蕎麦の季節となってラッキーだとも言えた。

    やはり蕎麦は美味しかった。M君は最初に鴨南蛮に挑戦。ひと口蕎麦をすすると、何とも言えずに、ただトローンとした満足気な表情を浮かべた。こんな顔を恍惚の表情というのだろう。そそくさとたいらげると、今度は盛り蕎麦にもトライした。

    「こんなのを食べると、もう他では蕎麦は食べられませんねぇ・・・。これ以上の蕎麦を食べたことはなかったですよ」

    満腹して、私たちはまた西日暮里に戻り、駅近くの喫茶店でいろんな話をした。群発性頭痛の事、駒や駒作りの事・・・。

    静山作「錦旗」の盛上げや、蜂須賀作の2組の彫り駒、おそらく機械彫りの最高峰路山の「菱湖」を見せてくれた。粋鏡庵で入手した島黄楊孔雀杢の出石作「錦旗」、同じく斑入り柾の出石作「菱湖」などは次のときに見せてくれることになった。

    私は言った。
    「いや、これだけの駒を集めていたら、病気で仕事ができなくなっても、いざとなったら半年や1年は暮らせるよ。だからしっかり治しておかなきゃ・・・」
    M君は笑っていた。

    そのときM君の携帯電話に、自作の根付がぶら下がっているのに気づいた。書体は、師匠出石の「古流水無瀬」。金と銀の2つだった。この根付を見て、M君がときおり通う道場に指導に来た豊川7段が気に入って、新たに家族の名前を入れたものを注文してくれたのだという。
    「師匠の古流水無瀬ってかっこいいですよねぇ・・・痺れちゃいますよ」

    このとき私は訊ねた。
    「次には何を作る予定?」
    「今まで字母に手を入れてきた一字彫りを」
    「だったら、せっかくだから古流水無瀬の一字彫りに挑戦してみたらいいのに。やってみなよ。素人の私が7月にやってみたときには、角の裏が馬なら、飛車の裏は、初心者には難しい龍より、崩した王でいいかなとひよってしまったから、まだ世の中に正しい古流水無瀬一字彫りはないんだから。無いものを作ってこその価値なんだからね、作り手は。」
    「休みの間に字母に手を入れて、やってみましょうかねぇ」
    「体調が許すなら、今しかできないよ」
    「そうなんです・・・」

    アッという間に2時間が経って、私たちはまた会おうと約束して別れた。
    この後私は、中野「廣」で開かれる会合に出なくてはいけなかった。もう恒例となったいつもの会で、今回は故福田喜久男の3回忌のサブタイトルがついている。
    果たしてどんな会になるのか?

    ※この項続く。



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    10月26日 菊花賞(京都芝3000m)~ダービー馬無残なる敗退 

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    菊花賞の出馬表が発表されて後、私はずっと考えていた。
    それは、3冠最後のクラシックレース菊花賞の前に必ず行う作業である。

    トライアル・セントライト記念と神戸新聞杯では、いずれのレースがレヴェルが高かったのか?

    まだ底を見せていない夏の上り馬はいるか?

    第3の上り馬と春の王者との間に、歴然とした力量差はあるのか?

    ダービー馬ワンアンドオンリーが、7枠15番と決まって後も、上記3ポイントに照らし合わせて、ワンアンドオンリーに致命的な不安材料などどこにも感じなかったのである。しかし、7枠15番には、決定的な落とし穴があったのだった・・・・。

    パドックを見ていると、もう秋の気配の爽やかな午後なのに、多くの馬たちがポタポタと発汗していた。気温が高いはずもなく、おそらくは焦れ込んだ躁状態の発汗だったろう。(と、思ったが、現場にいたカメラマンによるとかなり暑く感じる状況だったという話もある)いずれにせよ、そんなときは、ゲートが開いた瞬間に前へ前へと行ってしまう馬が現れると感ずるのが競馬の経験則だ。それでも、ワンアンドオンリーは大丈夫、今や名手の横山典弘がきちんと手綱のアートを見せてくれると信じて止まなかったのである。

    ただ、もうひとつ嫌な感じもあった。菊花賞直前の10R。2400mの準オープンのハンデ戦。武豊トウシンモンステラの勝利タイムが2分22秒8というレコードタイムに0.2秒に迫る好タイムだったのである。今日の京都コースは、予想以上の高速馬場なのだ。おそらく菊花賞もハイペースとなるだろう。それがどう結果に影響するのか、実際に騎乗することのない私には、何となくもどかしかったのだ。

    発汗して焦れた馬、高速馬場。やはり菊花賞はハイペースに流れた。

    前半5F1000m60秒9。それを3度繰り返して3000mとなるが、菊花賞はスピード的にはそれ以上のサバイバル戦となったのである。

    7枠15番から、スタートした横山典弘ワンアンドオンリーだった。好スタートから先行馬群の後ろにとりついたものの、馬群の外を廻らざるを得ず、外には邪魔する馬はいないから、さらに前に進もうと馬は気負っていた。スムーズな走りではなく、掛かり気味の走りとなってしまったのだ。

    ようやく川田将雅トゥザワールドの後ろに廻れたのは、スタートして1200mも進んだ2周目の第1コーナーの手前地点だった。その間、今年の夏の上り馬酒井学トーホウジャッカルと蛯名正義サウンズオブアースは、好位の後ろのインのポジションで、何の不利もなく、じっとスムーズに流れに乗っていた。

    京都の勝負処の坂から第4コーナー。横山典弘ワンアンドオンリーは再び外に出て捲り上げようとした。その姿が映像でUPされると、大観衆は誰もがそのまま突き抜けると信じたが、しかしもうすでに、レース前半の気負った走りの故か、どこにも余力を残していなかったのである。

    せめて8枠に先行できる逃げ馬がいてくれたなら、おそらくこんな結末はなかったろう。或いは、ハイペースに流れず、走りながら力を貯められる勝負となったなら、おそらくこんな結末はなかったろう。でも多くのファンの祈りを打ち砕く非情な現実こそもまた、勝負の掟なのだ。ワンアンドオンリーは、4コーナーを廻ってからは、横山典弘の追い出しにも、ダービー馬の威厳を失うかのように、もはや無反応だった。

    4コーナーを廻った瞬間に、馬群のインから最初に飛び出したのは、酒井学トーホウジャッカルだった。
    続いたのは、最内に切れ込むように向かった蛯名正義サウンズオブアースだった。
    共に、好位のインで折り合いに徹して、そのときを待っていた2頭だった。

    他馬を離して2頭は突き抜けた。
    しかし酒井学トーホウジャッカルは、サウンズオブアースが並ぶことを1度として許さなかった。

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    ゴールインしたとき、電光掲示板には、3分01秒フラットのレコードタイムが光り輝くように掲示された。8年前、武幸四郎ソングオブウィンドが刻んだ時計を、何と1秒7も短縮した驚きの走破タイムだったのである。

    しかもトーホウジャッカルは、ワンアンドオンリーがダービー馬となる前日にようやくデビューして10着。それからわずか5か月(正確には149日)で、最後のクラシック菊花賞を制したのである。デビューから史上最速の菊花賞馬となった。

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    勝利騎手酒井学は、デビュー17年目。2年前のジャパンカップダートG1を、ニホンピロアワーズで勝っているが、最速のトウホウジャッカルとは対照的に、遅咲きのクラシック制覇となった。馬につきっきりで調教に励んだ騎手の勝利は、いかにも微笑ましく爽やかな印象を残して止まなかった。

    勝利騎手インタビューで、酒井学は言った。
    「クラシック制覇なんてまだまだ遠い夢のような感じでしたが、でも、いい相棒が現れて・・・・直線に向いたときは、後ろを気にしないで追いました・・・・」
    この謙虚さが、また爽やかさを呼び起こしたのだった・・・・。

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    category: 競馬

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    清征作 「恒圓書」彫駒の現在 

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    菊花賞のスタートを待つ昼下がり、2番弟子清征から、11月下旬に粋鏡庵で行われる将棋教室のときに納める予定の「恒圓書」彫駒の写真が届いた。

    いや、お世辞ではなく、丁寧な彫り跡が光っていて、なかなかの仕上がりである。お疲れ様と言っておきたい。

    この「恒圓書」字母紙は、そもそも昭和の終わり頃に、水戸常丸=駒師桂山を直接訪ねた竹井粋鏡自身が、ある夜二人で話し込んだときに桂山本人から「使っていいよ」と手渡されたものだった。

    それから四半世紀経って、ようやく昨年に、竹井粋鏡の依頼で清征の師匠出石=由進が再度字母紙に手を入れて完成させた。出石は、それを盛上げ駒に仕上げて、その駒はすでに粋鏡庵に届けられている。

    7月の東北支援将棋教室のとき、清征が持参した「天童楷書」彫駒が評価され、清征は、粋鏡庵主から再び試されるように今度は「恒圓書」彫駒の製作を依頼されていたのである。期待に応えるためにも、それなりの作品に仕上げなければならなかった。かなりのプレッシャーの中で、ようやくここまで辿り着いたのである。(すでに完成しているが、全体写真は11月の将棋教室以降に発表するのが依頼者に対する仁義だろう)

    となると、私は、11月には出石作盛上げ駒と清征作彫駒を並べて見られるチャンスを掴めることになる。これは楽しみだ。

    それにしても、清征は、いろんな人に出会いながら、確実に腕を上げている。とてもまだ全10作ほどの総製作数とは思えない。後は、丁寧な作りの中に、いかに揺らぎのウェーブをある種大胆に取り入れて行くかだろう。そのダイナミズムが、駒師清征の個性を決定するはずだからだ。

    11月下旬に、この駒を見て、出石が何と感想を漏らすか、早く聞いてみたいものである。




    category: 将棋駒

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