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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    26年前の写真 

    取材を続ける中で、1枚の写真を手にした。

    今から26年前のスナップ写真である。現在では40代となって、社会を知って世慣れている彼らも、そのときはまだ10代の終わり頃か。

    その目つきは鋭く希望に溢れ、鼻筋には10代特有の鼻持ちならないような自信が漲っている。それがいい。傲慢なまでの若い自信は、純粋培養された様なピュアな透明感さえ放っている。

    それはこんな写真だった。       88 若き棋士たち
    向かって後列右端の、トンボ眼鏡のとっちゃん坊やが中川大輔8段。現在は魅力的なダンディ振りだが、4段となって間もない頃はこんな少年だった。

    前列右は、小倉久史7段。4段になったばかりだった。

    前列左は、飯塚裕紀7段。まだ初段で、プロ棋士になるのは4年後である。現在では、多少度の強い眼鏡を着用しているが、異彩を放つような人の良さで、子供たちの指導にも尽力している。当時はこんなあか抜けたような少年だった。

    前列左の2人目は、佐藤康光9段。前年に4段になったばかりだが、10年後には棋界最高峰の名人に昇りつめる男である。

    志ならず、目指した棋士の扉を開けずに終わった若者もいる。しかし彼らがその瞬間に、まぎれもなく夢追い人であったことだけは事実なのだ。人は過去も現在も、儚いものを追いかけようとしてきた。その力の集大成が未来を作ると、私は信じている。光と影は、互いに支え合ってこその存在であろう。どちらが欠けてもダメなのだ。見方を変えれば、人はそれぞれそんな役割を演ずる為に生かされているとも言える。

    晴れて棋士になった4人は、’68~’69年に生まれた。翌’70年には羽生善治が生まれている。歴史にもしは不要なのだが、敢えてもし’70年9月27日に羽生善治がこの世に生まれていなかったら、4人の棋士人生もさらに大きく変わっていたのだろう。それもまた、人生というものの厳粛な光と影なのかも知れない・・・・・。




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    category: 異化する風景

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    遂に公開~出石2番弟子・杉並のM君作「与志於迦書」 

    ダービー馬ワンアンドオンリーの秋初戦となった菊花賞トライアル神戸新聞杯をGCで見ていると、杉並のM君からメールが届いた。
    開いてみると、何と彼の自作駒「与志於迦書」の写真が届いていたのである。

    去年の秋の終わり頃から、製作に入るという話は聞いていたので、首を長くして待っていたのだが、ようやく完成して公開できる仕上がりになったということなのだろう。

    まだ修行中の身で、本業が残業に追われる好景気の配管設備の仕事ということもあり、時間がかかったのは止むを得なかった。駒を作りたいのになかなか時間が取れないストレスを、静山の駒などを購入して紛らわせていたことも知っている。残業に追われて稼いだものを、駒に還元して心の平衡を保っていたのだった。

    でも遂に自作が完成に至ったのである。       s-yosiokasyo 140928

    なかなかに良い出来だと思えるが、そこには、たぶん1番弟子清征や、3番弟子H君らへの、いい意味での対抗心もあったのだと推測する。よく頑張りましたと、エールを送っておこうか。

    写真にある「与志於迦書」というのは、読んで判る通り、出石=吉岡由進が、まだ駒師となって間もない5年前に、キチッとした楷書で誰もが駒作りに参加できるように願って創った創作書体である。確か最初は「与之於加書」と命名していたと記憶する。M君は、出石から直接にこの書体の彫り駒を完成させてみたらと提案されていたのだった。その声に応えきったのだ。しかも自分なりに、字母にも工夫を加えて。

    心意気や良しである。これで清征に続く2番弟子として、堂々と3番弟子の作品を待てる余裕も生まれるに違いない。

    それにしても、こんな元気な弟子たちの競争は、見守っていて実に清々しい気がする。頑張れ、みんな頑張れ!!だ。

    M君は、これから豊川7段に頼まれた根付を彫るらしい。だったらついでに、この私にも1枚と期待してしまうが、どうやらそれも考えていてくれているようだ。だったら先にお礼を言っておこう。「いやいや、ありがとうございます。でもそれ以上に次作を楽しみにしています」と。














    category: 将棋駒

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    阪神ローズSと新潟セントライト記念 

    埴輪馬

    9月になって、秋競馬が始まっても、何となく競馬に対して熱い気持ちが戻り切れてはいなかった。

    何故だろうと不思議だったが、今年は中山競馬場が改装中で、夏の新潟開催がそのままズルズルと秋競馬に移行しているからだろう。さあ、秋の中山が始まったぞと、気分転換ができないでいる。

    とは言え、競馬はスケジュール通り進行しているから、モヤモヤとした気分のままだが、昨日は、秋華賞トライアル・ローズS1800mが阪神で、菊花賞トライアル・セントライト記念2200mが行われるのを見守ったのである。

    共に春の有力馬が勝ち切ったのだが、勝ち馬を讃える思いは充分にあるのに、今一つレース全体にときめかなかなかったのはどうしてなのだろう?

    ローズSもセントライト記念も、前半5F(1000m)が59秒8の平均ペース。そして勝ったのは、オークス馬ヌーヴォレコルトと、皐月賞馬イスラボニータ。ヌーヴォレコルトは好位インから直線33秒6の脚で抜け出してくる横綱相撲。イスラボニータも、前半に頭を左に傾けながらも好位5番手辺りで我慢して、直線で馬群を抜け出してからはさすがの強さを見せつけた。文句のつけようもない勝利だった。

    とすれば、レースの印象は2着以下の馬たちによって作られたことになる。

    そうなのだ。春に活躍した馬たちが、この2つのレースに集結したにもかかわらず、さらなる可能性を見せてはくれなかったからなのだ。

    ローズSでは、桜花賞2着でダービーに挑戦したレッドリヴェールや、かの名牝ブエナビスタの妹でフローラSの勝ち馬サングレアルやオークス5着に健闘したブランネージュらが、果たしてどんなレースをして成長ぶりを示すのかに関心があったのだが、善戦に終わって、ただ勝者の前に首を垂れるばかりだった。

    特に、春には後方から直線で弾けて見せた福永祐一レッドリヴェールも、好位の後ろ辺りで競馬をすればこの程度なのかと馬脚を現してしまったことが残念である。秋華賞が直線の短い京都内回りの2000mと考えると、春よりも前のポジションからの競馬で試してみたいと判断したのかも知れないが、そんな善意が馬の良さをも殺してしまったということだろう。

    2着に差してきた小牧太タガノエトワール。つい2週間前に未勝利戦を勝ったばかりのこの馬が2着を確保して秋華賞の優先出走権を確保したのである。さて、この事実をどう踏まえればいいのか?いやいや、競走馬としてレースに耐えるだけの成長が遅れただけで、最初からそれだけの素質があった馬だと解釈するか、それとも既成勢力のだらしなさを嘆いてみるか、果たしてどちらが正解かは、秋華賞で判るだろう。そう言えば、栗東の調教にも駆けつけた田中勝春の騎乗したまだ500万条件馬ヒルノマテーラも5着となったが、こちらは残念ながら3着馬までに与えられる優先出走権を得られなかった。

    レース後に、何となくハープスターを想い起したのは、たぶん私だけではなかったろう。


    そしてセントライト記念。来週の神戸新聞杯に待機するダービー馬ワンアンドオンリー以外の既成勢力が、ほぼ集結してきた。だから、いったいどんなレースになるのかと大きな期待を抱いて見守ってはいたが、観戦者としての完全燃焼はできなかった。

    パドックで、密かに応援しているエアアンセム(何故かこの日は20Kgも馬体重を落としていた)もワールドインパクトも、さわやかな秋晴れなのに、腹回りからポタポタと緊張して焦れ込んだ汗を流していた。これじゃあと、すぐさま方針転換。おそらくダービー上位馬のレースになると読み込んで、1・2着馬にイスラボニータとトゥザワールドを指名して、3着馬にマイネルフロスト・タガノグランパという3連単を少しだけ買って、おとなしくレースを見ることにした。3連単を4点買い。それでもイスラボニータとトゥザワールドの馬連1点(オッズは2.5倍だった)よりは夢があると、無理やり思おうとしたのである。いつもは、馬連3点が基本なので、いかにも気が乗っていない買い方だった。

    前半のイスラボニータの頭を左に傾けた走りは不満だったが、最初の1Fが13秒だったことを考えると、スピード能力値の高いイスラボニータには止むを得なかったのかも知れない。次には修正されてくるだろう。

    この日のトゥザワールドには落胆した。後方からの競馬で5着に敗れたダービーの反省もあったのだろうが、好位3番手を進んで、脚を溜められずにゴール前で失速しての2着。ゴール前で伸びてくるレース振りをセールスポイントにする川田将雅の騎乗とはとても思えなかった。どうして馬の個性に乗る騎乗に徹していかなかったのか?判らない・・・・。

    3着は、菱田裕二タガノグランパが確保した。タガノグランパは石橋脩騎乗で惨敗した皐月賞から人気を落としているが、父キングカメハメハ、母の父スペシャルウィークを考えても、単なるマイラーではなく中距離に対応する能力を持っているということだろう。

    それにしても、平坦で直線だけがダラダラと長い新潟競馬場は、クラシックレースの前哨戦には相応しくない場所だと思えてならない。勿論、新潟独特のスピードを競う直線1000mや、短距離1200m戦に魅力はあるのだが、馬場の構造上、中長距離戦のコーナーや坂で馬群が密集して、騎手が知恵や手綱の戦術を競って発揮する緊迫した要素が希薄なのである。
    前から思っているのだが、もし新潟の直線に坂があったなら、日本で最高レヴェルの競馬場になるはずだ。勿体ないとはこのことだろう。

    果たして新潟の前哨戦が、さて本番にどう繋がるのかということは、この秋の注意を払うべき考慮点になるに違いない。

    あと2週間で、京都と東京開催が始まる。それを楽しみにして、今を過ごすことにしよう。文句を言っても始まらないしさあ・・・・。うーん・・・・。でもねぇ、熱中しないでごくごく気楽に参加すれば、3連単がわずか4点で的中することも知ってしまった。配当は少なかったが、昨夜は、プラス分を欲しかった駒木地に替えてしまうことができたので、まあ良しとしようか・・・・。




    category: 競馬

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    水無瀬三態~兼成・兼俊・古流水無瀬 

    最近、ある駒世界のことの取材を続けていることもあって、プライベートの日常の時間の多くを将棋駒に費やしている。

    いろいろと考えてみることで、想像や妄想をかき立てているのだ。それが創造となることを信じているとも言える。

    まだ取材段階で、1行も文章にはしていないから、詳細は追って明らかにしていくつもりなので、今しばらくご猶予を。

    で、今朝方は、「水無瀬」駒の写真を眺めていた。最近、由進が「水兼成」の最新作をブログに載せていたからだった。


    水兼成 140916  由進=出石の「水兼成」は、その出自を水無瀬神宮に所蔵されてある水無瀬兼成の書き駒に置いているが、もはや独特な由進流書体に消化して、現代的モダニズムの手法で昇華させている。現時点で「水無瀬兼成」と書体名を名乗らないのは、水無瀬神宮宮司の「何人たりとも水無瀬兼成の名称を使ってもらっては困る。避けて欲しい」という公式発言を守っているからだ。そのことが世の駒師たちの共通認識として正しく理解されているのか否かは、現場にはいない私には正確には判らないのだが・・・・。


    95水無瀬虎杢連盟  そしてこれは、将棋世界に掲載された「水無瀬」。龍山形である。現在「水無瀬」と称される駒書体は、龍山から始まるものだという。龍山書体の「水無瀬」は、「水無瀬兼俊」書体を源流にして創られた。その発展形が現在の所謂「水無瀬」書体なのである。由進は、写真の通りに書体を進化させたが、それにさらに手を加えていくらしい。来春までには、その全貌が最新作という形で提示されるだろう。楽しみだ。すでに出来上がった形で受け入れられているものを、さらに同時代の精神を埋め込むように再構築することなど、大きな冒険心と責任感がなくてはできない作業である。挑戦する由進の心意気を、思わず応援したくなるではないか。


    古流水無瀬 20140819  そして「古流水無瀬」。実はこの書体は、いつ、誰が、どうして始めたのかは判らぬ書体だった。しかし、どうやら「清安花押水無瀬形」に源があると見て取った由進は、より「水無瀬」に近づけた形で今年になって再構成したのである。古流とは言え、「水兼成」よりモダンな香りがするのが、私には面白く思えてならない。それもまた、由進自身の遊び心なのではないだろうか。


    こうして見てくると、「水無瀬」も深い。勿論、どれを好むかは皆さんの感性にかかっているのだ。

    いやいや、書に拘りをもって駒作りに励む駒師は、それにしても大変な作業だ。やはり、好きこそものの上手なりとしか言えないし、ただ見守る側の私は、その作業を敬う以外にないのである。ご苦労様ですと・・・・・。






    category: 将棋駒

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    新旧「古流水無瀬」揃い踏み 

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    午前11時半過ぎ、日暮里駅東口駅前広場。

    商店街の看板が立つコンクリートの土台をベンチ代わりにして、私はもう15分ほど人待ち顔で座っていた。敢えてこの場所を待ち合わせ場所にしたのは、久し振りに「若松」の蕎麦を食べたくなったからであったのだが、待っている間にお店に電話を入れてみると、留守番電話だった。残念ながらお休みだったのである。それに習志野のTさんもなかなか現れない。

    バイオリズムの下がったツキのない日なのかと落胆したとき、大事そうにバッグを抱えて人を探すような素振りの男性が、首を振りながら歩いてきた。ちょっと様子を眺めていると、不安げに誰かを探しているようだ。バス停辺りをウロウロとしている。この男性が、後ろを振り返って眼線が合ったとき、ようやく私は声を掛けてみた。

    「習志野のTさん?」

    この瞬間が、私と習志野のTさんが初めて出会った瞬間だった。これまで互いに顔も知らないままメールのやり取りをしていたが、実際に顔を合わすことはなかった。エッ、初対面の印象?それは言わぬが花だろう・・・?。

    この日、Tさんは1年待ってようやく手にした新「古流水無瀬」を、私に見せてくれようという好意で、15分遅れながらもここに来てくれたのである。ありがたいことだった。

    万が一を期待して、念のために歩いて4分ほどの「若松」に行ってみたが、やはりお休みで、やむなくそのまま西日暮里まで歩いて、駅前のルノワールに入った。ここならゆっくりと平箱を開けて話もできる。

    それからの3時間、1杯のコーヒーを注文しただけで、男2人が熱心に話をし続けた。周りから冷静にその姿を見たら、まあ不思議な光景だったかも知れない。あそこに変な不審者がいると思われたことだろうが、私たちは気にもしなかった。

    その成果がこんな写真である。    DSCN1546.jpg    DSCN1552.jpg

    何と、由進=出石作の新旧「古流水無瀬」揃い踏み。旧は薩摩黄楊柾目、新は島黄楊斑入り根柾。駒形も微妙に違う。そこに由進自身の進化の時間が刻み込まれている。

    つくづく眺めてみると、当然ながらどちらも良かった。旧「古流水無瀬」には、まだ初々しい由進の熱気が込められてあったし、新「古流水無瀬」には、出石となった由進の、書に対する造詣の深さや駒作りに熟した新境地が込められていた。

    こんな記念すべき写真が撮れたことだけでも、Tさんと初対面した成果はあったと言える。

    午後3時過ぎ、私たちは連れ立って山手線に乗った。この後、仕事のあった私は池袋で降りたが、Tさんはすでに愛着を持って止まない人生初めて手にした盛上げ駒・新「古流水無瀬」の為に、新たに立派な平箱を用意しようと新宿の青山碁盤店に向かったのだった。







    category: 将棋駒

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