Admin New entry Up load All archives

    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    謎の駒師⑤~その正体とは? 

                    DSCN1022.jpg


    つい2年程前まで、今謎の駒師となっているTさんは、一人の将棋駒愛好家として、静かにそして平凡に過ごしていた。貴金属を加工する仕事柄、自らの作品を作ることには興味があったが、趣味として駒となる黄楊の木までその手で扱おうとは考えてもいなかった。

    もっぱら魅かれた駒を手元に集めて、その手触り、雰囲気などを楽しんでいたのである。少しづつそのコレクションの数は増えて行った。いつの間にか良尊や江陽らの作品までもが揃うようになっていた。

    その生活が大きく変わる出会いが起きたのは、2年前である。今から思えば、それは運命の悪戯としか思えない。
    2年前のある日、Tさんは、駒師由進のブログと出会ってしまったのである。

    手元に集まった駒たちは、それなりの物だったのだが、深く知れば知るほど、何となく満たされないものを感じていた。いつも駒を見て満たされたいと願っているのに、どうしても心の深い部分で穴が開いてしまっているような、そんな飢餓感に囚われるようになっていた。そんなとき偶然に駒師由進のブログを見たのだ。

    パソコンの中の作品画像をじっと見つめていると、何故か心が洗われるような、そんな気がした。次の瞬間、これだ!!と確信した。自分が求めていたのは、こんな駒だったのだと。

    その頃、駒師由進は、作品数も50作を超え、絶えず書体に由進流の工夫を重ね、もはや次々と今に繋がる由進らしい作品を作り始めていた。実に刺激的な展開の段階を迎えていたのである。棋士大内9段から力を試されるように4大書体の製作を依頼されてやり遂げ、また同じ頃に竹井粋鏡氏とも出会いを得て、まだ駆け出しではあったが駒師由進は、確実に知る人ぞ知る駒師へと駆け上がろうとしていた。その由進の創作エネルギーが、Tさんを大きく刺激したとも言えるだろう。

    Tさんは、迷わなかった。何か言い知れぬ引力に引き寄せられるように、駒師由進と連絡を取り、その作品を手に入れようとした。

    瞬く間に、Tさんの元に由進の駒が集められていった。

    201202 由進 影水形水無瀬  20120630 由進  錦旗   201211 由進作 篁輝書 初作

    これらの駒は、全てTさん自身の依頼駒である。

    しかしここで話は終わらなかった。

    由進の駒たちがTさんの心に、さらに火をつけた。

    写真で判るように、Tさんの元に集められた駒は、素晴らしい仕上がりを誇っていた。眺め続けても、手に取って盤上で指しても、決して飽きることはなく、いつも新鮮な顔を見せてくれた。やがてTさんの中で、こんな駒を作ってみたいという意欲が生まれて行ったのである。

    2年程前から、Tさんは駒作りを始めた。自ら志願して、駒師由進に弟子入りした。弟子と言っても、ひたすら教えを乞う繋がりである。下働きをしたり、住み込みで入門するのとは違う。教えを乞うのも、今の時代、電話もあれば、無料のTV電話となるスカイプもある。年に2度ぐらいは直接に会うこともできる。例え愛媛八幡浜と愛知三河と遠く離れていようともだ。由進はTさんの申し入れを笑顔で受け入れてくれた。由進自身も、若い駒師志望の仲間が増えることを切望していたからである。このときからTさんは、駒師由進の1番弟子となった。

    もうあれからおよそ2年が経った。以前に今回の「篁輝書」の彫りを紹介したが、精進研鑚の成果もあって、その彫り跡は確実に進歩している。 篁輝 2013・8  ②



    この春には、師匠由進、いや正確には現在は駒師出石から、駒師名を頂戴した。

    「駒師清征」フルネームは、「駒師十文字清征」。

    愛知三河在の、新人駒師である。本人は、まだまだ修行中ですと、すぐに製作依頼を受けようなどとは考えていないようだが、私に送られてきた駒を見る限り、真っ直ぐに育てば、必ず皆さんを楽しませてくれる素材である。注目あれ。

                DSCN1023.jpg 


    せっかくの機会だから、私自身も一つ宿題を提示しておこうか。昨日からずっと1日この駒を眺めていたが、やはりこの駒は、盛上げ駒師出石の手になる配慮工夫された駒字ということもあり、彫埋めではなく盛上げの方が「決まる」のではないだろうか?書体の駒文字に盛上げられた漆の陰影が施されたなら、いかにもという輝きが増すように思えてならない。

    いつか駒師十文字清征が盛上げてくれるまで、私の手元で大事に保管しておこうかなと考えている。あるいはいつか、出石と清征の合作コラボなんてことが実現したら、いやはや正真正銘の記念すべき駒にもなるかも知れない。
    それもまた楽しい夢物語だ。

    最後に師匠とその弟子の「篁輝書」揃い踏み。左が由進、右が清征である。

               由進作 篁輝書   DSCN1022.jpg







    スポンサーサイト

    category: 将棋駒

    thread: 極私的将棋駒の快楽  -  janre: 学問・文化・芸術

    CM: 0 TB: 0   

    謎の駒師④~遂に完成~「篁輝書」彫埋め駒届く 

    想い出せば、3年程前、オークションに出品されていた宮松作の彫駒に面白さを覚えたのが、私と「篁輝書」との出会いだった。そのときの落札価格が約17万。彫駒にそれだけ出す度胸も、財布の中身もなかった ことは記憶している。

    それは、こんな駒だった。    宮松作 篂輝書      宮松作 篁輝


    それから時が経って、昨年の暮れ、駒師出石(由進)が、何とこの「篁輝」書体に自らの手を入れて盛上げ駒を創ったのである。
    私は大きな関心を抱いて、その製作過程を見守っていた。

    完成した駒は、 これである。迫力に満ちた作品だった。 201211 由進作 篁輝書 初作

    これを由進に依頼していたのは、実は謎の駒師その人だった。

    謎の駒師の手元に行って磨かれて、半年も過ぎると
    駒は木地の良さを発揮してこんな風に変化した。         
                                       RIMG2004.jpg


    その頃、縁あって私は、謎の駒師からこの駒写真を送ってもらうことができた。同時に、謎の駒師が自ら駒製作をしている事実を知ったのである。

    出石(由進)が「篁輝書」を完成した直後に上京したとき、話の流れの中でこんなことを言った。

    「今回作ってみて判りましたけどね、この篁輝書体を、早くに作ってみれば、彫の進歩はいっきに高まりますよ。それだけ書体が要求してきますからね。盛上げてどうなるかと思ってましたが、いやいや凄い迫力がでました。そう思いませんか?」

    この言葉を忘れなかった私は、この春に謎の駒師に「篁輝書」を作って下さいと頼んだのである。すでにそのときには、謎の駒師は自分用の習作として1組の「篁輝書」を作ってもいたからだった。その駒写真も私には送られてきてもいたのだった。

    謎の駒師は、考えたうえで、やりましょうと決断してくれた。(それからの動静は7月8月の記事に明らかである)

    私は、駒の完成を首を長くして待っていた。順調に彫が終わり、秋には漆を入れる段階となった。謎の駒師は、漆を重ね塗りして彫埋め駒にしようとしていたのだ。漆の乾きを待って次の漆を塗り重ねて行く。時間はかかるが、その作業も順調に進んだ。そう、最終最後の段階までは・・・。

    謎の駒師は、慎重に目止めをして、アクシデントが起こらないように配慮していた。一つ一つの作業を納得した上で進めていた。しかし、漆が乾いた最終最後の研ぎの段階で、漆が木地の導管に入り込み、数枚に滲みが起こってしまったのである。

    僅か数枚でも、将棋駒は余り歩を足して42枚で一組である。全部が揃わなければ、作品とは言えない。

    原因は、入手した島黄楊の木地の乾燥が十分ではなかったことが一番だろう。流通している木地の全てが完全乾燥のものである保証など無い。中には見せかけは良くても、乾燥の時間をかけずに駒形におろしてしまう木地師もいるらしい。最低5年の乾燥が欲しいのにである。

    私の元にメールが届いたのはその頃だった。島黄楊から師匠から頂いた薩摩黄楊に変更して良いですか?

    何が起こったのかは正確には判らなかったが、由進から届いた薩摩黄楊なら、おそらく木地師でもある彫駒師松本光泰の木地だろうし、それなら手元にある「古流水無瀬」と同サイズでイメージも湧く。同時に彫埋め駒を使い込むなら、薩摩黄楊の頑丈さも良いと考え、全てお任せしますと返信した。

    そして今日、遂に私の元に、完成した「篁輝書」彫埋め駒が届いたのである。

    包装を解き、平箱を開けると、威風堂々とした駒が現れた。   
     
       

                           DSCN1018.jpg

     

                 DSCN1019.jpg      DSCN1020.jpg 

    私には予想通りの出来栄えに映った。
    さて、皆さんのご感想は?と、敢えて質問したい気分である。


    ☆次回は、謎の駒師の正体が明らかになります。乞う、ご期待です。




    category: 将棋駒

    thread: 極私的将棋駒の快楽  -  janre: 学問・文化・芸術

    CM: 0 TB: 0   

    反・特定秘密保護法案 

    JT

    何も言わずに良い子の振りもできますが、やはりはっきりとさせておかねばならぬことがあります。

    私は、「特定秘密保護法案」には、反対です。

    いつか必ず特定秘密が特定ではなくなり、全てを秘密化させて、主権在民の民主主義を逆行させるに違いない危うさを感じるからです。

    近代国家日本を信じていましたが、一瞬にして暗黒の独裁国家になろうとしています。日本の民主主義とは、そんなにも危弱なものだったのでしょうか?日本のジャーナリズムとは、絶滅危惧種ではなく、すでに死滅した生物でしかなかったのでしょうか?

    主権在民、守られた権利としての基本的人権、権力の独断専行を許さぬ知る権利など、現憲法下で保障されている筈です。憲法を変えずに、こんな独断専行は許されません。

    先の民主党が自滅した衆院選挙でさえも、また直近の参院選挙でも、特定秘密保護法案など、何の争点にもなってなかったではありませんか。

    歴史を後戻りさせるような法案に対して、本当に微力ながら、草の根の反対表示をしておこうと思います。



    category: 日々流動

    thread: 異化する風景  -  janre: 学問・文化・芸術

    CM: 0 TB: 0   

    JC招待の一日~11月24日 東京競馬場芝2400m 

    131124 JC③(phot by K.Ishiyama)

    11月24日。夜から、再び漆でかぶれた顔が、月面のクレーターのようになって痒くなってきた。赤く腫れぼったく、イライラしてくる。これも精神的ストレスの反映なのか?と思えてくる。そう言えば、本当にストレスが募る1日だった。こんな日はない方がいい・・・。

    朝9時半のレッドアローに乗って、所沢。各駅に乗り換えて隣の秋津へ。西武池袋線の秋津駅からJR武蔵野線秋津駅へは歩いて5・6分。新小平、西国分寺、北府中を経て、4つ目の駅が府中本町。そこから専用通路を歩いて東京競馬場に着く。それでも家を出てからおよそ2時間かかる。

    すでにこの時点で、私の心は苛立っていた。どこかで携帯電話をブレザーのポケットから滑らせて落としてしまっていたのだ。秋津で気づいたから、落としたとしたらレッドアローの中しか考えられなかったが、携帯電話を落としてしまっているから、確認の電話もできない。今のこの時代、公衆電話を探すのも骨だ。もはや財布の中にテレカなど入れてないし・・・。

    携帯電話のメモリーに頼って生きていることを痛感した。家族に電話しようとしても、家族の携帯の番号も憶えていないのだ。つい少し前なら、手帳の住所録を大事にしていた記憶があるが、最近は住所録などにメモしたことはない。道具を失くすと、自分自身が何の価値もない役立たずと教えられた。それもストレスとなってくる。

    私にとって、今日は大事な日だった。メンツがかかっている。というのは、23日にこんな話が降って湧いたのだ。

    その日は、駒師出石と粋鏡庵を訪ねていた。とある瞬間に、竹井粋鏡氏からこんな話を振られたのだ。

    「鶴木さん、私は競馬をよくは知らないけど、明日のJCはどの馬が勝つの?」

    すでにいつものように最終追い切りをGCで見ていた私は、
    「追い切りの気配が一番良かったのは、ミルコの乗るエイシンフラッシュです。あの気配なら、好位インの馬群の中から弾けて来るんじゃないですか。他には53Kgのデニムアンドルビーに期待してます。ゴールドシップはパドックの気配で決めます。天皇賞のレース振りが気に入らなかったジェンティルドンナは、単勝では買いません」

    「よし、それならこれでどれかの単勝を買っておいてくれません?どれにするかは任せます」
    と、大枚1枚を預かったのだ。

    ヒャーっ。これは責任重大。粋鏡氏にぜひとも競馬の面白さを伝えなければいけない。

    その瞬間、やはり最終追い切りが素晴らしかったエイシンフラッシュとミルコの姿が、改めて私の潜在意識の中まで入りこんで来たのだった・・・。

    競馬場に着いた私は、頭を下げて携帯電話を借り受けて、西武線の落し物センターに連絡し、調べて貰った。しばらくして、確か3度目の電話で、幸運にも落し物として届いていることが判明したが、受け取るには、時間内に池袋に出向いて手続きを踏まねばならないようだ。その結論に至るまでに昼までかかってしまった。でもまあ、一安心した。

    丁度その頃、大内9段が現れた。挨拶を交わして、雑談。すぐに大内9段が口にした。
    「いやあ、先だって怒涛流の駒が送られてきましたけど、今の由進さんは、日々作品が良くなっていますよねぇ。タイトル戦に使われて、本人が大きな自信を得たんでしょうねぇ」

    大内9段は、すでに8作の「怒濤流」の依頼駒を入手して、駒師由進とは、それこそ0.1mmの駒形の違い、o.1gの重さの違いを議論し合ってきた仲である。だから私は、
    「結局、先生の功績も大きいんですよ、駒師由進が確立するのには。ご苦労様でした」
    と答えた。

    この日、最初から苛立っていた私は、どうも競馬に集中できてはいなかったようだ。大内9段から訊かれても、読み筋が微妙に狂っていた。推奨した8Rダンシングミッシーは3着。9Rの軸馬フジマサエンペラーは馬群に沈み、10Rシャドウバンガードはハナ差の2着で、馬単で買っていた大内9段に迷惑をかけてしまった。9段はこれも勝負ですからと言ってくれたが、どこか心持ち元気がないように私には感じられてしょうがなかった。

    何とかせねばと、JCのパドックは誰とも話さず、集中しようと努めた。エイシンフラッシュは最終追い切りのように好気配だ。トーセンジョーダンが今日は素晴らしくいい。2年前の秋(天皇賞1着・JC2着)が思い起こされる。デニムアンドルビーも私には良く見えた。ジェンティルドンナは秋天皇賞とそれほど変わっていない印象で、好きだったゴールドシップは、本音を言えば良く判らなかった。右回りの有馬記念まで待った方が良いかもとの考えが、頭の中を過ぎったのも事実である。

    で、何とか結論を導かねばならぬ時間となった。ここで今日の運命が決まる。携帯を落として始まった流れは、決して良い物とは言えなかった。こんな日は、開き直って穴狙いとも思ったが、大枚1枚を託されたこともあって、説明のつかぬ判りづらい結論は避けたい気持ちもあった。となれば、最終追い切りからパドックでの気配を信じるしかない。いつもそうして来たからだ。

    結局、エイシンフラッシュから、まずは託された単勝を、そして私の馬券は上記の馬たちへと流した。ミルコの手腕を信じようとした。

    もしこの日、朝から冷静沈着な1日を迎えていたら、多分パドックを見終えた私は、こんなことを考えたろう。

    ジェンティルドンナは岩田康誠からムーアに、トーセンジョーダンはメンディザバルからビュイックに、デニムアンドルビーは内田博幸から浜中駿へと乗り替わった。手代わりによる新境地開拓があるかも知れないと。また、強い逃げ馬が不在するレースは、馬群の形が決まるまでに実は何が起こるか判らないと。

    その通りのレースとなってしまったのである。

    何と、好スタートを決めてしまったミルコ・デムーロエイシンフラッシュが、逃げてしまったのである。スローな流れであるのに、成り替わって先頭を切ろうとする逃げ馬は現われなかったのだった。

    エイシンフラッシュは、インの馬群の中から突き抜けさせるようなレースをすれば、狂惜しく馬が燃え立って激しく伸びる馬であるのに・・・。この瞬間に私はJC敗戦を覚悟した。甘かった・・と。

    引き換え、ムーア騎乗のジェンティルドンナは掛かることなく3番手を楽に追走している。浜中デニムアンドルビーも、内田博幸の騎乗した前走までとは違いいったん好スタートから後方へと待機した。ビュイックの乗ったトウセンジョーダンも軽やかなステップで好位2番手を進んだ。

    私が軸に選んだエイシンフラッシュ以外の相手馬たちは、どの馬もゴールまで期待を膨らませてくれたが、中心に選んだ軸馬が、自分のレースをしていない。まるで江戸町奉行所で拷問に会っているような時間が重く重く流れて行った・・・。2分26秒1。本当に長かった・・・。

    この日、いつもの夕刻からの宴も気が重く、解散するや速攻で池袋に向かってダッシュして、落とした携帯電話と再会した。

    あっ?忘れていました。届けて下さった方に、この場からですがお礼を申し上げます。
    「お手間をおかけしました。ありがとうございました」

    昨日は日長1日死んでいて、今日ようやく動き出せたが、まだ粋鏡氏への報告はしていない。もう少し気を落ち着けてから、改めてしようかと考えている。相手馬を選ぶ筋はいいのに、軸馬を外してしまったこの悔しさは、当分尾を引きそうだ。それが怖いのだが・・・。


    131124 JC②    131124 JC①(phot by K.Ishiyama)

    category: 競馬

    thread: 演劇的競馬論  -  janre: 学問・文化・芸術

    CM: 0 TB: 0   

    合流~11月22日夕刻 

    由進作 左馬・幸運駒②

    11月22日夕刻。

    池袋で、私は駒師出石(由進)と7月以来4ヶ月振りに会った。由進は、名古屋から横浜と身内と再会しながら、今日は木地師杉享二、駒師蜂須賀芳雪と昼間に会い、駒談義を交わして、夕刻に池袋に来たのだった。

    例え時間が空いたとしても、まるで昨日会っていたように、また今日も会えるのは、実に心地良い再会となる。そこには心を隔てる壁がないからだ。

    「やあ、やあ」
    「これは、これは」

    そんな雰囲気で、また今回の物語が始まっていく。

    そのまま今日の宿泊ホテルにチェックインして、それぞれの部屋でひと休憩。

    夜、7時半頃、5人のメンバーが揃って、今宵の宴が始まった。

    揃ったのは、駒師出石、竹井粋鏡、私に、将棋世界田名後編集長、それに自らを駒師出石の2番弟子と自称する杉並のMさん。粋鏡氏は上板橋で電車車両事故に遭遇して急遽タクシーを飛ばして駆けつけ、そろそろ校了が近い田名後編集長は忙しいさなかに時間を見つけ出して合流し、杉並のMさんも仕事場から一心不乱に駆け足で駆けつけた。

    それから5時間。賑やかに、そして明るく宴が過ぎて行った。いろんな話が出たが、正直に言えば、話題がいろいろと出過ぎて今の時点では、あまりはっきりと思い出せない。まあ、男共の井戸端会議だから、そんなものかも知れない。

    ただ将棋連盟とタイアップした「将棋世界」の駒師特集は、来月号から始まるようだ。第1回は駒師富月。出石は来年2月発売号だということだが、あと残り4作の駒制作が間に合えばという条件付きだ。どうやら何とかなる目処はあるらしいが・・・。それにしても、駒と読者をしっかりと結びつけるこんな企画は、これからもどんどん続いていくことを祈って止まない。

    酒とおしゃべりに疲れて目覚めた朝、昨夜遅くまであっていた竹井粋鏡氏の元に向かう。酒に疲れた胃を、1杯の蕎麦で癒して、東武線に乗った。

    今日は、粋鏡庵で「佐藤康光将棋教室」が開かれるのである。

    ただその前に、今回きちんとやっておかねばならないことが、粋鏡氏と駒師出石にはあった。

    それは、うん、もう明らかにしても、多分支障はないだろう。

    実は「佐藤康光書」の盛上げ駒の最初のテイクが、佐藤康光前王将9段に晴れて提示されたのである。

    思えば半年前に、佐藤9段は、自らの書を書き上げていた。扁の縦線や文字の止とそこから跳ねる払いに独特な個性を持つ佐藤9段の書が、その後駒師出石によってその個性を生かしながら駒字に起こされ、つい最近ようやくにして最初の盛上げ駒が完成した。そのまま行くか、もう一度手を入れて最終形を目指すか、竹井粋鏡氏を交えて、佐藤9段と出石、そしてお邪魔虫の私も同席させていただいて、それぞれが感想を寄せ合った。

    今日の結論は、佐藤9段の他にはない独特な個性をさらに生かした作にしようという総意に至ったが、出来たてホヤホヤの盛上げ駒は、まずは今日の佐藤教室でデビューしたのである。

    私自身は、明日JC 招待の準備もあり、午後一の時点で後ろ髪を引かれながら粋鏡庵を後にしたが、今日の「佐藤教室」は、盛会となったと思う。

    粋鏡庵の玄関を出るとき、出石に向かって手を振って別れたが、互いにもうそれだけで良かった。

    駒師出石は明日愛知豊川に寄り、八幡浜へと帰る予定である。帰れば、盛上げを待っている4組の駒がある。これが終わらなければ、田名後編集長が困ることになるから、その責任は重い。


                              2013 11 佐藤康光書

    category: 日々流動

    thread: 極私的将棋駒の快楽  -  janre: 学問・文化・芸術

    CM: 0 TB: 0