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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    息を詰める姿に 

    JT

    勝負に挑む、その瞬間を迎える直前の人間の表情に、私は魅かれます。

    勝負が始まってからの表情よりも、始まる寸前の迷い、惑い、悶え、そして闘う決意をする心の動きに、ドラマを見てとろうとするからです。

    この3・4日、そんな風情を楽しみました。

    秋天皇賞のレース前の、何かに耐えているような騎手の表情とか、竜王戦第2局の、迷いを最初から意図的に打ち消して決意に満ちていた名人の眼線(先手番で快勝した第1局から、後手番で相手の手を選んで敢えて受けて立ったのは、完膚なきまでに敵を駆逐する強い意志の表れと感じました)とか、今日ワールドシリーズを制覇したレッドソックスクローザーの上原の表情とかです。

    勝負の決着の後の頬緩ませた歓喜の表情より、これから勝負に向かう緊張感溢れ、同時に何かに追い詰められたような人の表情に、魅かれるのです。

    勝負時運とか、有備無憂とか、捲土重来とか、四面楚歌とか、窮鼠噛猫とか、切肉断骨とか、勝敗を競うことへの形容の言葉はいろいろとありますが、とにもかくにも私自身は、勝負の当事者と共に<息を詰めて>、その瞬間を迎えようとするときが、最高なのです。

    太鼓を叩いたりラッパを吹いたりして無駄に発散することなく、ひたすら息を詰めて、勝負を見守ろうとする行為には、神々の到来を待つ厳粛さに満ちていると信じます。神々の到来とは、決して宗教や信仰の教えなどではなく、それは私自身の、人知を超えた大宇宙への畏れだと思っています・・・。


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    category: 異化する風景

    thread: 異化する風景  -  janre: 学問・文化・芸術

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    2013秋天皇賞~東京2000m 

    埴輪馬

    自ら背負っていた重い肩の荷物を下ろすと、人間、こんなにもしなやかに変貌を遂げるのだと教えられた天皇賞だった。

    台風27号が、南の海で停滞し、前線が日本列島を覆い、ぐずついた雨模様の天気が続いて、週末はどんなになるやらと心配させられた天皇賞ウィーク。2度目の土砂災害は許さぬとばかり伊豆大島は万全の態勢を取ろうとしていたが、最終最後に27号は本州を離れて東の海に進み、天皇賞当日の日曜日は、朝から太陽が輝きだしていた。

    だが、土曜までの雨で、馬場は悪いことが予想され、そう思う誰もが、自分自身の穴馬を探し出そうと懸命になっていた。そう思う。

    私もまたその一人だった。出馬表を見ると、こんな馬場を得意にするのは、果たしてどの馬かと迷わざるを得なかった。

    でもどこかで折り合いをつけねばならない。迷うな、いつも通りでいいと、自分自身を説得し、最終追い切りで選んだ馬たちを応援しようとした。エイシンフラッシュ、アンコイルド、ジェンティルドンナ、そして最後に迷いながらまた騎手が乗り替わったコディーノを加えた。うーん・・・。福永祐一ジャスタウェイは選ばれていない。最強の2勝馬であっても、2勝馬が秋天皇賞を勝ち抜くほど甘くはないだろうと考えた。ここ3走がそうであったように、良くてまた2着だろうと。

    だから、勇んで招待席に向かったものの、すでにこの日の敗戦は決まっていたのだ。競馬の神様は残酷である。

    発走まで、周りの人たちといろんな話をして時間をつぶした。

    作家吉川良は、今の不満が沈黙する世相を憂いた。吉川良は心臓を悪くしたが、今も元気な爺である。
    「世の中に、摩擦が消えちまったんだよ。摩擦があるからこそ面白いのに・・。今は悪い意味で一色なんだから」
    私が答える。
    「だから、すでに弁証法は死に絶えたんですよ。摩擦がなかったら、何事も止揚しないんです。あるのは後退のみ」
    隣の作家古井由吉に向かって、
    「先生、摩擦がなくなったら、文学なんて成立しませんよねぇ?」
    「しませんよ」
    「今や、社会の仕組みを変えて、実は奴隷制が敷かれようとしています。ほぼ単一民族の国で・・。でも人々は、何故か明るい未来を夢見ている。笑えない喜劇です。二十歳やそこらで、一生の道を決めろ、でなければお前は一生下働きの人生だなんて、そんな社会は活力を失って、何も生み出しませんよ」
    「せめて30までは、迷わせて欲しいと思いますが・・どうでしょうかねぇ」

    ここ数戦のように、武豊トウケイヒーローが強気に逃げたのは、5F58秒4のペースだった。昼頃に馬場は良馬場と発表されていたが、完全良馬場からすると2~3秒時計はかかっている。とすれば、早いペースだった。

    それを、2番手から岩田康誠ジェンティルドンナが追走する。リスボリ・コディーノはインから先行し、デムーロ・エイシンフラッシュは先行馬たちの直後に控え、吉田豊アンコイルドは後方策だった。この時点で、不肖な私は、福永祐一ジャスタウェイを視界に捉えてはいなかった。

    おそらく岩田康誠は、今日の武豊トウケイヒーローを仮想敵とみなしていたのではないだろうか?直線坂上まで粘るであろう武豊を、坂を上って抜き去れば、今日は勝てると。

    でもそれは誤算だった。或いは策に溺れたか?

    武豊トウケイヒーローは、すでに坂で失速した。岩田康誠ジェンティルドンナは押し出されるように先頭に立たねばならなかった。となれば、それをめがけて差し切ろうとする馬が出現するのも勝負の掟である。

    スパッと伸びてきたのは、福永祐一ジャスタウェイだった。その末脚は、少しの乱れもなく一直線に伸びて炸裂した。まるで、前走トライアル毎日王冠でエイシンフラッシュで見せた自らの騎乗を、ジャスタウェイで再現するかのように。ただ1頭、別のレースをしているようだった。結果、4馬身差の圧勝劇となった。驚くべきことに、2着を続けた最強の2勝馬は、実はこんな資質を秘めていたのである。

    福永祐一は、菊花賞、天皇賞と2週連続して制覇した。断然の本命馬に騎乗して初めて牡馬クラシックを勝ち抜いた自信が、今日の天皇賞にも生きたということか。いや、それにもまして福永祐一の中で、勝負師であるための何かが地殻変動を起こし始めたのかも知れない。私にはそう思えてならない。

    黄昏からの酒席。良い物を見たという感動と、自分が選んだ馬たちが2~4着という現実のはざ間で、どうも私の心は静まらなかった。それもまた競馬だ。晴れやかな日もあれば、哀しく打ちひしがれる日もある。その落差に悶えることこそが、摩擦が働く人生を、生きる証なのである。





    category: 競馬

    thread: 演劇的競馬論  -  janre: 学問・文化・芸術

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    眼の保養~粋鏡庵vol.5<話題> 

    DSCN0963.jpg   


    粋鏡庵に帰ってからも、この夜の話題は尽きなかった。

    12時過ぎに、撮影機材を担いで近くの駐車場に車を置いていた石山勝敏が帰ってからも、酔いの勢いもあって2時過ぎまで続いたが、不思議と疲労感なかったのだ。

    それもそうだろう。粋鏡氏の話は、私にも刺激的だったからである。

    機会を作って甲府の丸山昭齋を取材がてら訪ねようとか、来月には、まだ未公表の新作書体の試作が完成する予定とか、元なる書から駒字に起こした担当は由進(出石)で、それを出石作の盛上げと、蜂須賀作の彫駒で完成する予定とか、こんな話を聞けば、深夜であっても頭が覚醒するというものだ。

    2時になって、私は、遠慮なく用意していただいた床に就いた。朝8時まで、ぐっすりと熟睡した。

    朝起きてからも、時間があっという間に過ぎていった。

    10時頃、粋鏡氏が由進に連絡を取ると、由進は盛上げ作業の最中だったが、それがひと段落すると、スカイプをつなげてくれた。

    盛上げた駒が映し出されて、パソコン画面に新作が出現する。

    それを見ながら、粋鏡氏が笑いながら言った。

    「由進さん、これだけの作品ができるんだから、長く駒師であるためにも、鶴木さんと一緒にタバコを止めるといいですよ」

    と、言い置いて、粋鏡氏がちょっと席を外した瞬間をとらえて、私が由進に言った。

    「でも、タバコを止めたら、逆にストレスで寿命を縮めてしまうかも」

    画面の中の由進は、苦笑いを浮かべた・・・。

    結局、粋鏡庵を後にしたのは結局昼過ぎになったのだった。良い勉強をした1泊2日の粋鏡庵訪問となった。

                                      DSCN1001.jpg

    ☆この項、終わり。


    category: 将棋駒

    thread: 極私的将棋駒の快楽  -  janre: 学問・文化・芸術

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    眼の保養~粋鏡庵にてvol.4<駒> 

    影水 水無瀬 盛上げ 4307 影水・水無瀬


    石山勝敏の撮影は、午後6時半過ぎまで続いた。

    しかし、まだまだ時間が足りない。結局、今回の駒写真は、最初のステップとして、平箱のまま、まずはさらっておこうということになった。集中した撮影は、やはり目がショボショボしてくるようで、それなりの疲労感が積み重なっていく。私は、ときおり気を静める喫煙タイムを取れたが、セッティングと撮影をこなす石山勝敏はそういう訳にはいかない。粋鏡氏も、興味深げにずっと立会いを続けた。

    それでも、3時間半かけて、take1のこんな写真が撮れた。

    平田雅峰 ムケン盛上げ 4274 4318秀峰 錦旗 彫  掬水 淇洲 盛上げ4321  北田如水 龍山清安 盛上げ4313
     雅峰・無剣         雅峰・錦旗彫        掬水・淇洲        如水・龍山清安


    今更、私が説明するまでもないだろう。現代駒師の作品群である。

    そして、

    4277出石 江戸安清 盛上げ 4283出石(由進) 水無瀬兼成 4286出石(由進) 淇洲 盛上げ  4294出石(由進) 錦旗 盛上げ
    出石(由進)・江戸安清  出石・水無瀬兼成      出石・淇洲         出石・錦旗

    4291出石(由進) 巻菱湖 盛上げ   出石(由進) 恒圓書 盛上げ4280
    出石・巻菱湖          出石・恒圓


    これだけの駒が一堂に揃い踏みすると、それぞれの駒師の個性や拘る手法や、もう一つ駒に込められた人間性までもが明らかになって来るようだ。

    そして魅力も光るが、怖ろしいことに作品に隙があれば、それも浮かび上がってくる。同時に見る側の好みもはっきりするのである。


    石山勝敏は、もう少し時間をかけて美しい木地模様を浮かび上がらせ、同時に盛上った漆の陰影を撮りたいと、首をひねっていたが、結局この日はタイムアウトで、午後7時前に喉の渇きと空腹に見舞われた私たちは、駅前の粋鏡氏行きつけの店に行った。

    それからの4時間余り、テーブルを挟んで、大いに食べ、ゴクゴクと飲み干した。
    少し血糖値の高い粋鏡氏も、朝には歯茎の激痛に見舞われた石山勝敏(ウーロン茶でつき合ってくれた)も、少しも躊躇いがなかったことは、私には少し不思議だったが、まあ体力があるから故なのだろう。

    話の中で、私たちは、粋鏡氏自身の隠されたもう一つの世界を知って、さらに粋鏡氏の世界に関心を抱くことになった。

    若いときから、実はバックパッカーで、リュックを担いで世界を渡り歩くことが、もう一つの趣味なのである。

    やろうとすれば、ビジネスクラス以上の飛行機を予約して高級ホテルに泊まる旅など、いつでもできるだけ働いては来たが、そんな旅は、粋鏡氏には、旅ではないのだ。

    1970年頃、若者たちの間では、ナホトカからシベリア鉄道に揺られてヨーロッパを目指す旅が流行った。貧乏旅行でも、世界を目指して、ようやく若者は旅立ち始めたのだった。この時代の若者の旅の一つが、例えば作家沢木耕太郎による「深夜特急」に綴られている。バックパッカー粋鏡氏の旅の原点は、この時代に有るというから、筋金入りである。アジアからヨーロッパ南米まで、渡り歩いた世界のテリトリーは広い。

    今も年に数回、こんな旅を続けている。格安の飛行機を乗り継いで、空港での待ち時間が長ければ、その街を歩いて光景を楽しみ、道に迷った深夜に危なくホールドアップされそうになっても挫けない。ただただ自分の脚と体力と、旅そのものを心底から貪欲に楽しもうとする若さに溢れた好奇心・・・。自ら溌剌とすれば、その土地々々の食べ物がおいしいと、粋鏡氏は大らかに胸を張った。

    その姿に、人生の途中で芯の入った体力を失くしてしまった私は、面白さを感じ、羨ましささえ覚えた。

    だが、名駒と樹齢1200年の日向須木の地で育った榧から作られた名盤と、リュックを背負った世界を股にかけるフラリ旅が同居する一人の人間に、関心を抱かない訳にはいかなかったのである。



    ☆この項、さらに続く。  

    ☆この頁の写真の著作権は、写真家石山勝敏に帰属します。(連絡先はリンク先HPです)

    category: 将棋駒

    thread: 極私的将棋駒の快楽  -  janre: 学問・文化・芸術

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    眼の保養~粋鏡庵vol.3 <盤> 

    照明をセッティングして、写真家石山勝敏は撮影に入った。

    3時間の集中タイム。ただ、これまで人、サーキットの車、躍動する馬、世界の様々な風景などを被写体にしてきた石山勝敏も、盤や駒をファインダーに収めるのは初めての体験だった。彼にとっては、いずれ新たな未来に向けての最初のステップであり、今回はそのtake1のトライである。やがて盤駒世界を皮膚感覚で捕えて、手の内に入れたときが、私には楽しみである。


      樹齢800年 日向碁盤 4176(写真:石山勝敏)

    最初は、日向須木産榧の碁盤。樹齢800年の榧の木から作られた。

    木口の模様は年輪である。とすれば、年輪は中心から1年毎に積み重なって行くから、中心を想定して、それを数えれば、榧の原木の樹齢は、原木を扱うプロなら判るという。だからこの碁盤がおよそ800年育った榧の原木から作られたというのは、間違いのない説なのだ。さらに机上で考えるなら、齟齬無く大きく育った最良の榧なら、天地左右と4面の最高の天地柾盤の素材が採れることになるが、そんなことが可能か否かは、素人の私には定かではない。

    ただ一つ言えることは、どうやらその昔から素晴らしい榧の原木が市場に出たときには、業界隈で噂となり、誰それがそれを入手して盤に仕立て上げたなどと記憶記録されているらしい。名盤の出自は、原木まで遡れるようだ。 



      丸山昭齋 駒台 4258 並び樹齢1200年榧盤

    この盤は、原木を扱うプロが年輪を数えると、樹齢1200年の日向須木産の榧から製作されたとされる。そもそもは碁盤だったが、その昔に仕立て直されて将棋盤となった。駒台は丸山昭齋作である。


    日本棋院に気品と威厳を漂わす「雪の盤」と称される碁盤が展示されている。日向榧の大木から生まれた。日本棋院のHPの中の「囲碁の歴史」によれば、この「雪の盤」は、他に「月の盤」「花の盤」と3種の兄弟盤が同じ榧の木から作られ、徳川幕府の碁所に置かれ、打ち初め式などで使われていたという。

    盤師吉田寅義の本「棋具を創る」の中にも、飛騨産の榧から作られた雪、花、月の盤が載っているが、棋院のHPの記述を信じれば、日本棋院に展示されている「雪の盤」とは別物である。おそらく2代吉田寅義が自らの作品に、雪月花の名称を採ったのだろう。紛らわしいことだ。
                                        日本棋院 雪の盤
                                (展示写真:00/8/11raindoropさんのHPより)

    この日本棋院に展示される「雪の盤」には、兄弟盤が確かに存在したという。そして通説では、月か花の盤の一つが所在不明となっているという。
    だが、事実は小説より奇なり。所在不明の盤は、その姿を変えて残っていた・・。

    今、丸山昭齋の手によって将棋盤となったこの盤は、年輪の風合いを重ねて見ると、元々は「雪の盤」の兄弟盤だったのではないかと言われているそうだ。由緒正しき盤なのである。

    それにしても1200年か・・。平安時代の初めに芽を出した榧が、いやいや徳川の時代に碁盤はすでにあったのだから、聖徳太子の飛鳥の時代頃か、あるいはそれ以前かも知れないが、それが最後に将棋盤になって眼の前にあるという事実に、何となく戸惑いを覚える私だった。粋鏡氏もまた、この盤をガラスのケースに保管して飾り、やはり悠久の時間に思いを馳せて眼を細めていた。  
     


      王将戦 対局盤 奥山駒台 4208

    次は2013年王将戦第3局(佐藤前王将が渡辺竜王を捻じ伏せた対局だった)の使用盤。柾目が力強くうねっている。日向綾産の榧である。

    須木と綾は、霧島連峰の麓小林市北東部に隣接しているが、榧の生育環境は大きく異なる。須木の榧は、木目は詰まっているが比較的真っ直ぐに大きく育ち、それ故木目の通った天地柾のような盤ができるという。ひきかえ綾の地では、言わば断崖絶壁のようなより厳しい環境で榧が育ち、木自体がうねって育つのだという。だから綾産の榧から作られた盤は、いわゆるアテ(赤味)が強く、うねるような柾目盤となるようだ。隣り合わせであっても、環境が榧の個性を生み出している。しかしそれも現在では採り尽くされてしまった。
    こんな話もある。その昔、北は青森まで生育する榧の木を求めて、男たちは全国を巡ったという。北の地の環境なら、詰まった柾目の榧があるかも知れないと。しかし現実はそうではなかった。他所の地でそれなりにスクスクと育った榧は、やはり目が相応に粗くて赤味・黄味というよりは白っぽく、結局名盤のできる本当の本物の榧の木は、やはり日向にしかなかった言う。だからこそ今も、日向の人々は地元以外の産出の榧を「地榧」と呼んで差別化し、日向産榧を自慢してブランド化しているのである。
    粋鏡氏から解説を受け、知れば知るほど、榧の世界も深い。

    駒台は、奥山正直作。現在このタイプの駒台を作れば、その完成度に最も安心感ある作家だろう。




      中将棋 江戸安清 出石作 4220   中将棋 江戸安清 出石作② 4228

    今日の最後に並ぶのは、出石(由進)作、中将棋「江戸安清」。私自身は、「大江戸安清」と呼びたいのだが・・。(そうすると、あの「あまチャン」の太巻と言われそうで・・)

    今年の上半期に、出石(由進)作の駒として、「水無瀬兼成」と共に駒師吉岡由進の現在の力量を証明した駒である。こうして榧盤の上に並ぶと、何とも言えぬ素晴らしい世界を醸し出している。
    中将棋は、並べるのもひと苦労で、なかなか大変だが、これを盛上げ駒で作った出石(由進)の根気を考えると、頭が下がります、ハイ。

    駒箱は、奥山正直作。この駒箱にもエピソードがある。これを製作中に奥山正直は脳梗塞で倒れ、聖路加病院に緊急搬送されたのだった。
    そのとき彼は、病室のベッドから粋鏡氏に電話をかけ、「必ず現場に復帰して仕上げて見せるから、しばらく時間を下さい」と、病で呂律が回らない中で訴えたという。
    そして退院後、執念で工房の現場に戻り、リハビリに励みながらこの駒箱を仕上げたのである。
    その故か、じっと眺めていると、ひとつの作家魂が伺えるような、そんな気がした。

    まだ石山勝敏のtake1の撮影は続いていた。

    その側で撮影を見守りながら、粋鏡氏は言った。
    「これでもまだ一部なんです。別場所に置いてあるんで・・もし、もし私に何かあったらいったいどうなりますやら・・そう考えると病気にもなれません(笑い)」


    ☆この項、さらに続く。乞う、ご期待です。

    ☆念のため:この頁の掲載写真の著作権は、写真家石山勝敏に属します。(問い合わせ連絡先:リンク先HPへ)



    category: 将棋駒

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