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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    一周忌~「優駿」福田喜久男 

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    まもなく8月3日。「優駿」元編集長福田喜久男の一周忌だ。この1年、長くも感じるし、あっという間だったとも言える。確かなことは、とある瞬間に、私を含めて、この男がいないことがふと寂しく思えた人たちがいるということだ。特に「優駿」の部屋に招かれる人たちに多い。主の不在する館に招かれてしまった戸惑いと言えばいいのだろうか?

    あれからJRA広報部の現役・OBの有志やかつて「優駿」に関わった作り手たちが、季節に1度集って忌憚のない飲み会が続けられているが、それは福田喜久男が残した遺産でもある。

    8月27日に、その3度目の飲み会が東京・中野の「廣」で行われることに決まった。この会のタイトルをつければ、勿論「一周忌・福田喜久男を想い出して、ついでに本人に成り替わって騒いで飲み明かす会」となる。

    こうして人が集って明るく笑い合うことが、初代寶家七福と別名を名乗って落語好きだった福田喜久男のたっての願いであったのだ。

    ここに集う皆が、そのことは判っている。だから湿っぽくないバカ騒ぎになるだろう。その日は、たぶん福田喜久男も、万難を排してあちらからやって来るのかもしれない。もしそうなら、それも酒のつまみとなる。

    「廣」は、名前とは違って狭いので、有志の集いの形となるが、もしこれを読んで、ぜひ参加したいと希望される方がいらしたら、ブログのメール(非公開です)でご連絡くださいませ。
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    category: 日々流動

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    真夏の旅 ⑦番外編 ~由進の字母 

    由進作 勝運駒

    本編で触れ忘れたことを追記しておこう。

    忙しく過ぎて行った3日間の、その合間に、由進は自らの字母について言った。

    「駒字というのは、5角形の駒形に収められて、書としての光を放つものです。過去の名高い書家の遺した字であったとしても、今に残る書籍や文献をあたって字を拾って、そのまま並べて駒字になるかといえば、決してそうではないんです。駒形に配置して、その上で、書としてどうなのかと考え抜く必要があります。

    字母紙を作る作業とは、そういうことなのです。だから私の場合、何度も何度も、駒形の中の駒字を見つめます。それこそ上からも、下からも、斜めからも。そしてそのときに考えます。この字を書いた書家が、もし初めから5角形の駒形の中に字を書いたなら、果たしてこの字を書くだろうか?と。

    文献で拾った文字は、多くの場合、縦に勢いよく流れる文字でしょう。5角形の駒形に収める字として想定された筈はないんです。だとしたら、その書家がもし5角形の中で収まる字を書いたなら、どうなるんだろうかと考えてみるんです。その結果、私自身が手を入れたい部分が次第に明らかになってくるということです。

    成功しているか否かは、それぞれの方の判断でしょうが、私は、こうやって字母を作ってきました・・」


    この話を聞いたとき、頷きながら私はこう言った・
    「字母は、まず龍山によって近代化され、一つの幹になりました。その後華やかな枝葉として、影水の絵心に満ちたレタリングが施されました。その字母は、実は他者が真似ることを許さぬギリギリのバランスを保っていました。影水の少年時代に書いた絵を見れば、世が世なら絵描きになったかも知れない作品となっています。

    だとすれば、影水は感性ある絵心で、書としての字母を、彼流の絵にしたと言えるでしょう。

    その意味で、もし絵であると認めるなら、影水の駒を模してそれ以上の作品を完成させることは、最初から無理というものです。絵が絵として拮抗するには、そこに手法の差がなければならないと考えます・・。

    ここ3年以上、由進の駒を見守って来て、私は、由進という駒作家は、書を書として考え抜いて、そのことが最終的に絵と成る作業を続けていると思ってます。由進の駒とはそいうもので、他の作家の作品と並べて比較すれば、それははっきりとするでしょうね・・」

    次の瞬間、由進は、私の言葉を否定も肯定もせず、笑顔でただひとこと、こう言った。

    「さてさて、一服しに行きましょうか」と。

    category: 将棋駒

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    真夏の旅 ⑥ ~7月23日連盟にて 

    JT

    熟睡してホテルを出たのは朝9時過ぎだった。

    池袋から代々木を経て千駄ヶ谷。駅から10分ほどで連盟に着く。9時45分には、販売部奥の椅子が用意された。

    打ち合わせの予定は、10時なのでまだ少し時間がある。販売部の将棋駒のショーケースを一通り見て、由進と私は誘い合うように玄関外の喫煙所に行った。すでに外はムッと暑かったが、タバコの一服が清涼剤ともなる。喫煙者のささやかな楽しみだ。

    9時55分。アレッと、私は声を上げた。なんと2日前に知り合った石田直裕4段が現れたのだ。スラッとした細身で、対局で疲れ果ててないときは、爽やかなオーラを放っている。このまま棋士の階段を上り詰めて行けば、きっと人気が出る男だろう。
    「石田さん、今日は対局ですか?」
    「はい、順位戦です」
    「応援してます」
    「頑張ってきます」

    後で調べてみると、C級2組の順位戦で、この日の対戦相手は門倉啓太4段だった。門倉4段は、TV解説などで登場すると実にユニークなカメラ目線を隠さない個性派の棋士だが、石田4段は快勝して、順位戦2連勝を飾った。対局前に顔を合わせた私たちは、彼にとってゲンのいい奴になったに違いない。

    マイナビ「将棋世界」田名後健吾編集長がちょっと遅れて現れて、「週刊将棋」「将棋世界」を担当し、連盟公認の将棋指導員である及川千秋(この人は将棋6段らしい)、連盟事業部の安藤次長の3氏が揃って打ち合わせが始まった。

    詳しいことは書かないことが仁義だろうが、書ける範囲で記せば、今年の暮れ頃から「将棋世界」で駒師の特集が始まるという。すでに5人の駒師がピックアップされて、それぞれに3~5作程の盛上げ駒を製作依頼しているという。連盟販売部とのタイアップで、この駒は読者に優先販売される予定だ。選ばれた駒師は、一様に「完成には年末までぐらい時間を下さい」という返事だったという。

    由進もこの話が出たとき、これからの段取りを頭の中で考え抜いて、「何とか1月までには」と呻きながら答えた。
    隣で私は、「体が二つ欲しいでしょう?」と冷やかした。

    でも由進は、今回赤征、杢、木目の立った柾目と、3種類の人気木地で作ろうと決めているのだ。特に赤征は、良い木地なら黙って20万以上はするだろう。それだけの予算を組まなければ、木地師からは、なかなか全部が揃った本当に良い木地は手に入らない現実があるのだが、杉享治木地師の協力を得て、成る程と他者に納得される駒を準備しようとしているのだ。さてさて、連盟の販売価格は如何ほどになるか、興味あるところである。

    取材は、四国の対面となる尾道因島出身の田名後編集長が由進の元を訪ねて、10月か11月には行われる。

    その後は、駒師由進にとって駒字とは?とか、ここまでのキャリアとか、過疎化する地域社会でのボランティアのこととか、26人の子供たちに教える地元の将棋教室の話とか、山梨のMちゃんへのお土産に作った少女アニメの主人公を彫った根付のこと(これは特に安藤次長に評判が良かった)とか、いろいろな話になった。

    駒師由進の全てのことは、私が用意した「駒師由進」本に詳しいとの結論となって、私たちは販売コーナーへと移動した。

    そこでまた今度は、実作品を見ながら、由進が書を解説したが、田名後、堀内両氏とも、これまで気づかずにいたことを、改めて審美眼として学び取っていた。言われてみれば、そうだと気づくことは多いし、その事実が好きで受け入れられる結論なら、これまでの審美眼はさらに鍛えられていくのである。

    居並ぶ駒の中で、たまたま弘山作の盛上げ駒(巻菱湖だったと思う)に眼を止めたとき、ポツリと由進が小さな声で漏らした。「この人の字母は出来てる・・誰の真似でもなく弘山さんの字になっている・・旅から帰ったら一度詳しく調べてみましょうかねぇ・・・」

    とにかくこの「将棋世界」の駒師特集は、おそらく記念すべき第1回は2代竹風師から始まって行くだろう。

    連盟を出て、鳩森神社前の信号で横断歩道を渡ろうとしたとき、駅の方向から脇目も振らず小走りでやってくる眼鏡の少年に出会った。何と、一昨日の夜、飯島栄治7段の詰将棋を解いたM君だった。
    「あれ、M君!?」
    と、思わず声を掛けたが、少年は連盟に向かって飛ぶように駆けて行った。M君の夏も、目標に向かって熱くたぎっているのだろう。

    ドトールで息抜きのアイスコーヒーを飲み、その後新宿に向かい、駅前の「桂花ラーメン」で空腹を満たして、2泊3日の東京遠足を終えた私と由進は別れた。由進は湘南ライナーで横浜に向かい、私は池袋からレッドアローに乗った。

    由進は、夕方から横浜中華街で、最近完成した「淇洲」盛上げ駒を手にしたHさんと会食をして、真夏の旅の第1幕東京編を終え、明日早朝に北に向かう予定である。途中仙台で1泊して、青森から北海道に渡るのだという。北海道に渡れば、駒のことを一瞬忘れて、92歳の父、4月に手術をした妻と、由進の、久し振りの家族旅行となる。道中の無事を祈って止まない・・・。

    7月26日早朝4時35分。私の携帯にショートメールが届いた。

    由進からだった。「今から津軽海峡を渡ります」

    気づいた私は「ついでに本マグロを捕まえて来て下さい」と、返信した。この瞬間に、私の遠足は本当の終わりとなったのかも知れない。何故かそう思えてならなかった・・・。



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    真夏の旅 ⑤ 7月22日その後 

    JT

    今回の2泊3日の東京遠足。カメラを忘れたことは、返す返すも残念至極だった。でも、この暑さで、もし持参していたとしてもカメラが汗まみれになって用をなさなかったのかも知れない。

    新宿御苑前に着いたのは、2時過ぎだった。地上に上がると新宿通り。すぐ近くに通りに面して青山碁盤店がある。

    すでに店主青山恵昭と由進は、メールを通して連絡を取り合っていた。グアム在の駒ファンで、おそらく中国系米国人であるS氏から問い合わせを受けて、青山恵昭がメールを出したことがきっかけだった。

    話は発展して、今回、由進は、彫駒用に最近新たに仕上げて創った「与志於加」書体をプレゼントしようと考えていたのだ。

    自らの名をつけた「与志於加」書体は、シンプルな楷書体で、本人曰く、「まあ、これが私流のオーソドックスなる『錦旗』と思っていただいたら良いんですが」とのことだった。確かに、ずっとそばに置いて使い続けても飽きない形になっている。ただ青山恵昭にとっても頭を悩ませる課題は、ある。誰がこの彫駒を作るかということだ。由進は、盛上げ駒師だ。となれば、この書体に流れる心を汲み取って仕上げられる彫駒師がいないことには完成しない。私の頭の中で、ふと閃いたことがあったが、素人がしゃしゃり出てもいけないと考えて、まだ口にはしないことにした。

    それからの3時間、字母や書体のこと、盛上げ駒製作時の注意すべき細かな配慮、最初の頃の漆の苦労譚・・など、いろいろなことが話題となって、時間が過ぎて行った。

    黒檀の木地に白の漆で「昇竜書」(これは所謂奥野錦旗の型である)が刻まれた初代竹風の駒と、杢木地に盛上げられた初代独特の「昇竜書」雛駒の2種を、青山恵昭が見せてくれたとき、すぐさま由進が言った。
    「いやぁ、これは素敵な字母ですねぇ・・初代の雰囲気が詰まってますよね・・」

    先月、先に私が訪れたとき、ブログに初代の作の板目交じりの彫駒を紹介したが、何と「鶴木ブログに載った駒を見せてください」とお店を訪ねて来た駒ファンもいたらしい。思わぬ反響に青山恵昭自身が驚いていた。

    池袋のホテルに戻ったのは、夕方5時半過ぎだった。

    さすがに私のポロシャツも汗が染みついていて、もう限界だった。すぐにシャワーを浴びてひと休憩。しかしこの後、もう一度出かけなければいけない。

    「駒師由進」本を通して知り合った杉並のMさんが、ぜひお会いしたいと、由進と連絡を取り合っていたからだ。

    このMさん、私は建設関係と聞いていたが、設備の仕事をしながら、今は北田如水の元に通い駒を学んでいる。ある日、駒研の例会の帰り道、喫茶店に寄ったら、そこに蜂須賀師と待ち合わせていた杉享治師と偶然出合い、二人の憧れの先人を前にして話をしたのだが、初心者ながら熱心で、熱心さが伝わったのか、杉師は、
    「いまどきあんな気持ちで駒を作ろうとしている子は珍しいよ。聞けば、由進さんに教えを受けているって言ってたよ」
    と、由進に電話してきたらしい。今、駒のことを考えるのが楽しくてならない時間に生きている。

    そんな彼が、教えを受けるスカイプではなく、生の由進と初めてのご対面となるのだ。

    ホテルを出るときは、スコールのような雨が降り出していたが、近くの東急ハンズの前で待ち合わせて合流。そのまま夜11時まで、再び駒談義の時間となった。勿論、私は二人の話の聞き役だったのだが・・・。でも今日は1日中話をしていたような気がした。

    明日は5時半に起きて現場に入るMさんとの別れ際、私は5手詰めの詰将棋を手渡した。実はこの問題は、前日の将棋少年M君に瞬時に解いてもらった問題だった。飯島栄治7段の出題は、これをきっかけにして始まったのだ。

    今日の杉並のMさんは、一目でどういう訳かエアポケットに入り込んでしまったらしい。眼がクルクルッと回らずに、泳いでしまった。だから照れくさそうに、明日出勤するときに考えてみますということで今日は判れた。
    まあ、酔いもあったし・・。由進からは、
    「酔ったときに、詰将棋はいけません」
    と、注意も受けてしまったのだったが・・。

    3日後の一昨日(7月25日)にメールがあった。正解が記されていた。初対面のMさんの印象から、自分で考え抜いた正解だと疑わなかった。それは良かったと思い、私はメールを返信した。

    『解ってしまえばいとも容易いことでしたね。解ってしまえば、何だこんなことかという事柄は、世の中には随処に転がっています。たぶんこれからの駒作りも同じことが待ち受けているに違いありません。解ってしまうまでは、頭を固くせずに奮闘してください・・』

    杉並のMさんのメールには、「今の私は由進師の何番目かの、たぶん2番目の弟子だと思ってます」とも書いてあった。駒師由進を慕う輪は、確実に増えている。喜ばしいことだ。

    この夜、私はエアコンを強くかけて熟睡した。隣の部屋の由進もそうだったろう。

    明日は、朝10時に千駄ヶ谷の連盟に行く予定だ。

    ※この項、さらに続く。

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    真夏の旅 ④ ~7月22日昼  再会・大内9段 

    JT

    明けて7月22日。朝7時過ぎに目覚めたが、何となく胃がむかつく。ビールを飲み続けたのがいけなかったのか?家ではビールは飲まないので、きっと体がビックリしてしまったのだろう。

    今日1日の予定は埋まっているので、対処しておく必要があると考えて、そっと粋鏡庵を出て近くの自販機に行き、炭酸飲料を買って胃に流し込んだ。サワサワとした炭酸の泡が、心地良く喉から食道、そして胃へと下っていくと、一息ついたが、それにしても今日はもう朝から気温が上がっているようだ。おそらく日中に街を歩けば、体感温度は35℃は軽く超えるだろう。汗まみれになるのを思うと気が重い。

    竹井粋鏡氏の奥さんが、朝食を用意してくださって、皆でいただいた。アジの干物、卵焼き、味噌汁・・すでに薄っすらと汗をかいているから、朝食の塩分が心地良く吸収されていくようだ。

    食べながらも、昨日からの話題が続き、結局は10時過ぎまで会話が続いた。

    一組30万の甲府丸山碁盤店の駒箱も5組ほど見せていただいたが、とにかく70代半ばになる店主の、職人としての拘り抜いた遊び心に圧倒された。「今では日本でただ一人の職人技術を持つ当代が作れなくなれば、こんな作品はもう2度とは生まれません」と竹井粋鏡庵主は言った。そうだろう。それは、職人の遊び心と気概が込められて、完璧な仕上げだったのだから。一例を挙げれば、2つの方形の木の固まりを、それぞれ刳り抜いて、わずか2~3mmの枠だけを残し、それを上下に噛み合わせると、上蓋がゆっくりと落ちて行き、接着剤も何も使わない駒箱となる。手間をかけて、不可能を可能にする職人の遊び心である。だからどうだと言うより前に、そんなことをやってのけようとする人間がいることに、思わず感動してしまうのだ。遊びの心は、やはり創造の神と一体なのである。
    名工としての誉高い指物師奥山正直も、「これだけのものは私にもできない」と言ったそうだ。名人は名人を知るということではないだろうか。

    k-001.jpg 榧 刳り抜き  4355-01.jpg 虎斑杢黒古代杉 末広造り



    こんな話が続けば、時間は瞬く間に過ぎて行く。

    ふと気がつけば、10時半。私と由進は、竹井粋鏡庵主夫妻に丁寧に謝意を伝えて、駅に向かった。
    別れ際、竹井庵主は言った。
    「鶴木さん、またいらっしゃいよ」
    私は、またひとつ勉強できる場所を授かったような嬉しさを覚えた・・・。


    やはり炎暑の日となった。駅まで歩くとどっと汗が噴き出す。電車に乗るとエアコンでいったん引くが、池袋駅から、荷物を預けようと今日宿泊するホテルまで歩くと、また汗が吹き出し、それをおしぼりで拭っても、飯田橋に行くために東池袋まで歩くと、また汗がしたたり落ちて来る。熱中症にならぬためにと水分補給するから、それがすぐに汗となって吹き出してくる。♪これじゃ体に良いわきゃないよ♪の世界だ。

    何とか神楽坂に着いたのは、正午前だった。

    すでに玄関ドアが開いていて、大内9段は準備して待っていてくれたようだった。

    「先生、おはようございます」と、声を掛けると、大内9段が笑顔で迎えてくれた。

    「これはこれは、遠方から良くいらっしゃいました」

    「先生、お久し振りです」と、由進が挨拶する。そのまま居間に招かれた。冷房がひんやりと効いていて救われた。

    大内9段と由進は、すぐに打ち合わせを兼ねた話を手短に交わした。以前からの依頼である「怒涛流」の次作は、この旅から帰って後の9月半ばの納品になること、「私の場合は、孝行しようと思ったときには親は亡くなってましたから・・」と、92歳の実父を伴った由進の旅を褒めたり、最近の仕事振りを訊いたりして、二人の会話も弾んだ。

    私とも、「鶴木さん、例の件を青野専務理事にも話してみたんですよ。最初はピンと来ていなかったようですが、調べてみて、こりゃあ連盟のためにはならないって言ってましたよ」
    「西の方のあの件ですよね・・」
    「私が知っている限りでも、とにかく悪質なんだから・・。いずれ結論が出るでしょう」
    と言うようなやり取りがあって、大内9段は、由進に8代目駒権の中将棋を見せてくれた。

    8代目駒権の中将棋。書体は駒権流で、自身の「阪田好み」書体を発展させたような彫駒だった。

    並べると92枚の駒は、やはり迫力がある。と言うよりも、駒を盤面に並べるだけでも一苦労なのだ。大内9段は、自著「将棋が来た道」を参考にして、駒と同時に入手した12×12面の折りたたみ版に並べた。由進も手伝った。

    二人の様子を見ながら、私は、昨日見た由進作「江戸期安清」盛上げ駒と、目の前にある駒権作の両作品を、改めて頭の中で見比べていた。

    その後は昼食タイム。近くの越前福井のおろし蕎麦を食べに行った。丁度サービスランチタイムで、おろし蕎麦には、ミニサイズのわらじカツ丼が付いていた。ぶっかけのおろしが、胃に優しい。店内は混み合っていた。人気があるようだった。

    由進は、大内宅に戻ると、8代目駒権の中将棋を写真に収めた。

    写真を撮り終えたとき、大内9段に訊かれた。
    「これからの予定はどうなってます?」
    「先生、明日は連盟に行きます」
    「何かあるんですか?」
    「将棋世界の企画で、駒師の特集が組まれる予定があるんです。由進さんに声が掛って、その打ち合わせに。私は、単なるお邪魔虫ですけど」
    「いやぁ、やっぱりね、タイトル戦の対局駒となったことと、あのNHKの番組で紹介されたのは、大きかったんですよ。今になっていい影響が出てますよねぇ。これからも良い駒を作って下さいよ」

    名残惜しかったが、時間が来た。この後、大内9段は東京都体育館で開かれているボリショイサーカスに向かい、私たちは新宿御苑に行かねばならない。

    一緒に飯田橋駅に向かうと、気づいたように大内9段が教えてくれた。JRで四谷に行って、地下鉄丸ノ内線で御苑前に行くよりも、地下鉄南北線で四谷に出て丸の内線に乗り換えると、地下鉄運賃だけの半額になりますよと。

    ならばそうしますと、私たちはここで別れることになったのである。

    ※この項、さらに続く。

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