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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    気分を変えて~一乕作安清書 

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    先週、有無を言わせぬ逃げ馬ミホノブルボンの騎手小島貞博(現調教師)の縊死という衝撃的な出来事があって、ずっと暗い気持ちで考えていました。

    結局、彼は、自分自身以上に夫人や家族を愛していたんだと思います。自分を犠牲にしても、ただ愛した者たちを守りたかったのでしょう。愛する者が何をしたかを問う前に、愛するが故に自ら命をたつ決断をした。そう考えると、辛い思いがいっそう募ります・・・

    まだ生きている私は、そろそろ気持ちを入れ替えなくてはいけません。

    そこで、Iさんから送っていただいた一乕作安清書の駒写真を開いてみました。

    安清という駒師は、江戸初期から実在し、39代続き、明治39年39代目が亡くなって絶えたという話を、駒研究者であり、古駒鑑定士としてもその名が知られているU氏から、彼の工房で直接お聞きしたことがあります。

    ということは、安清の駒は、現在安清書として残ったということでしょう。

    ただ、関西には簡略化した安清書体の駒が作られていて、何故そんな形で安清書が、分化していったのかは私には判りません。ひょっとしたら、並彫りと極上彫りの違いかとも考えましたが、どうもそんなことではないようにも思えてなりません。背景には、何かの史実が隠れているのでしょうね。

    私を駒世界に導いた一乕の安清書彫駒と並べてみました。

    蟆・」矩ァ・006_convert_20120122170858   一乕作 安清書 彫駒①

    左は、Iさん所有の盛上げ駒でさすがに風格があります。右は、私の彫駒です。

    骨格の印象は良く似ていると思われませんか?

    とすると、共に初代竹風の作品なのでしょうね。

    こんな風に、同じ(であろう)作者の盛り上げと彫駒を並べてみて楽しむと、またひとつ違った世界が現れてくるようです。

    蟆・」矩ァ・007_convert_20120122170944   蟆・」矩ァ・001_convert_20120122171620

    ついでに  一乕作 安清書 彫駒② これは彫駒です。比較すれば、盛上げ駒の仕上げの丁寧さが際立ちます。
    また、盛り上げ用の駒と彫駒の、明らかな印刀使いの差まで伺えます。やはり表現の手法は違うんです。盛上げは、曲線仕立て、彫駒は、直線的な仕立てです。 


    それにしてもIさん、写真をありがとうございました。
    ここからさらに妄想を高めていこうと思っています。
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    category: 将棋駒

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    20年後 ~悲報 小島貞博 

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    左が「優駿・92年7月号」、右が「優駿・92年6月号」である。

    この年、淘汰のスパルタ教育で知られた調教師戸山為夫が、その恐るべき成果を世に問うた。

    皐月賞、日本ダービーを勝ち、秋の菊花賞でもライスシャワーの2着となり、準3冠馬と称されたミホノブルボンである。その鞍上にあったのが、戸山為夫子飼いの騎手小島貞博だった。

    戸山為夫は、競走馬はスパルタ方式で鍛え上げたが、厩舎に集う戸山ファミリーに対しては、愛情深く接していた。

    小島貞博も、北海道の中学を卒業して戸山厩舎に入門して以来、戸山為夫を父として慕い、騎手として自らを鍛え上げていった。家族関係の薄い薄幸の境遇に育っただけに、師匠でありながら父としての役割をも担ってくれた存在は、貴重なものだった。

    この年、これまで鍛え上げてくれた戸山為夫に報いるように、小島貞博は動ずることのない逞しい精神力を発揮して、スポットライトの渦中に躍り出た。

    ダービージョッキーとなったのである。

    私は、このとき「優駿」に寄稿するために皐月賞、ダービーの話を聞きに、戸山為夫や小島貞博を取材して回った。秋には、「競馬最強の法則」に掲載する400字原稿用紙50枚以上の作品を書こうと、再び彼らの元を訪れていた。(このときの作品は「勝者の法則」に収められている)

    騎手小島貞博は、決して饒舌ではなく、寡黙にしかし丁寧に質問に答えてくれたことを、今でも思い出す。
    師匠戸山為夫は、迫力に満ちて饒舌だった。

    あれから20年。ダービー2勝、オークスをも制覇という勲章を掲げて調教師となった小島貞博。

    年間の平均勝利数が15勝を超えて、それなりの厩舎経営が成り立つはずの成績を維持してきたはずなのに・・・

    しかし、2012年1月23日。

    小島貞博は、自らの厩舎の中で、縊死して果ててしまった・・・

    背景に何があったかは知る由もない。知ろうとも思わない。

    私にとっては、あのときの寡黙な小島貞博の姿こそが、私の中の小島貞博そのものであるからだ。取材テープには、今も朴訥ながらも誠実であった小島貞博の声が残っている。

    1月23日午後、妻に電話した小島貞博の最後の言葉は、

    「先に行くから・・」

    だったと言う。

    戸山さん、食道癌で虎ノ門病院に入院されていたあなたを、私は数度お見舞いに行きましたよね。戸山さんが魅力ある人物だったからです。でも、あなたはミホノブルボンの栄光からまもなく、逝ってしまわれた。

    だから、だからお願いしておきます。あなたの元に向かった弟子小島貞博を、もう一度師匠として父として、叱ってやってください。

    「お前、ここに来るのはまだ早過ぎるんじゃないか」と。

    合掌。

    category: 競馬

    thread: 演劇的競馬論  -  janre: 学問・文化・芸術

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    森の中のMy Friend ~口笛を吹きながら 

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    口笛で結ばれた私のお友達です。

    カメラを構えると、まだスターのようには慣れていないので、どうもはにかんでしまいますが、何とかおだててカメラに収まってもらいました。

    お互い手を握り合ったこともないプラトニックな関係ですし、この子にはいつも一緒にいるお相手がいるので、家にも招かれたことすらありません。

    口笛を聞いて、気の向くままに現れるちょっとわがままな面もありますが、それがいいんです。

    飛んできたときには、何でもいいから話しかけてみるんです。

    「おい、もっと早く来なくっちゃダメじゃないか」

    「今日は呼ぶのが遅くなってゴメンよ」

    「早く食べなさい」とか・・・

    たとえ正確には通じていなくても、お互い生き物同士として何となく雰囲気は感じられるんです。

    あっ、今、この子が外でピーピーと呼んでいますので、ちょっと失礼します・・・

    category: 異化する風景

    thread: 異化する風景  -  janre: 学問・文化・芸術

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    一乕の駒 

    蟆・」矩ァ・001_convert_20120122171620   蟆・」矩ァ・002_convert_20120122171710   蟆・」矩ァ・004_convert_20120122171744(写真提供:所有者I・I氏)

    私のブログを見てくださったIさんから、所有駒の一乕作錦旗と安清の写真が届きました。一乕は、いちとらと読むそうです。これは、昨夏、2代竹風師にお聞きしました。

    一乕の彫駒との出会いから、将棋駒に興味を持ったことを知って、Iさんは、わざわざ送ってくれたのです。感謝です。

    で、今回は、錦旗を皆様にご紹介しましょう。

    この一乕の駒は、ブランド名であることで、謎がありますが、一説には盛上げ駒は静山作、埋め駒、彫駒は初代竹風とも言われています。かつて初代竹風が自らの作品と認めたという説もあります。駒史の研究家ではない私には定かではありませんが、謎があるということだけでも、何となく惹かれる思いになります。
    何と言っても、ブランドの名作は、東の潜龍、西の一乕ですから。

    写真を拡大してご覧下さい。

    いい駒だと思われませんか?少なくとも一乕ファンである私には、放たれる雰囲気そのものが実にいいんです。

    駒名の<作>という文字をよくよく見れば、おそらく静山ではなく、初代竹風作なのでしょうね。柔らかく巧みで、丁寧に仕上げています。駒形のバランスも絶妙です。いずれにせよ、凄みを持つ駒師の作品であることは間違いありません。(もし、正確にご判断できる方がおられれば教えてください)

    錦旗書体は、シンプルではありますが、ともすると(配慮のない方がお作りになられると)どうも間が抜けた印象が抜けきらないことがあります。それを少しも許していないんですから。

    その意味でも、この駒は、さすがです。

    結局、いいものは、時間が経てば経つほど、熟成して魅力を発散するということでしょう。

    できの悪いものは、時間が経てば単に古くなるだけですが、本物は熟すのだと改めて知りました。

    人もそうでしょうかねぇ?古びて単なる爺婆になるんじゃなくて、古びてヴィンテージと呼ばれなければいけないんでしょうねぇ。古くなったとき、リサイクルショップで一山いくらの扱いを受けるか、美術骨董店でスポットライトを浴びながら飾られるかの違いは大きいですよね。

    さて私は?いえいえ、まだまだひよっ子ですから・・・

    category: 将棋駒

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    口笛を吹くと~ヒヨドリのペア 

    埴輪馬

    また雪が降った。

    金曜から家に閉じ込められて、ようやく車が出せたのは、今日の午後。考え事をしていて無警戒であったために、タバコを切らし、禁煙2日。手は震えなかったが・・・

    雪景色の中、玄関ドアを開けて外に出て、口笛を吹く。

    と、お腹をすかせたヒヨドリのペアが、スッとどこやらか飛んで来る。パンをちぎって投げてやると、おいしそうに食べてくれる。

    まだ名前は付けていないが、この子の先代からもう3年の付き合いなのだ。去年の今頃は、まだ幼くて、親鳥の後ろで遠慮がちだったが、この冬は、親鳥は姿を見せず、どうやら代替わりしたようである。ひょっとしたら、先代は亡くなってしまったのかも知れない。

    もともとは、突然、先代がピイピイと鳴き騒いで「私、ここにいるんだから」と訴えてきて、私との関係が始まった。

    冬の山に口笛が響くと、聞きつけてすぐにやってくる。それ以上の関係は深まらないのだが、それがいい。

    身近で他人の関係というのが、おしゃれなものだと思いませんか?

    春の終わり頃から、秋が深まるまでは、どこにいるのか姿は見せないが、餌が少なくなる季節に戻ってくるのである。

    ヒヨドリが、渡り鳥なのかどうかは、野生の鳥に疎い私には判らない。でも、どうしてるかなと思う頃に、素っ気無い風情を装って戻ってくるから、それはそれで良好な友人関係というものだろう。

    どなたか、寒い季節に私の元に来られたら、巧みに口笛を吹いて、この子達と会わせてあげましょう。

    数少ない私の友人です。

    機会があったら、それより先に写真を撮っておきますか。何せちょっと、はにかみやなもので、今はまだお見せできる写真がありませんから・・・

    category: 自然

    thread: 異化する風景  -  janre: 学問・文化・芸術

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