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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    ふと気がつくと~花いっぱいの季節 

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    ハーブからスノーホワイトまで、まだ枯葉の残る庭先に出てみると、いつの間にか、そこかしこに花々の姿が見られるようになっています。

    わずか10日前には、雪に見舞われてこんな景色だったのが遠い昔のようです。DSCN2399.jpg

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    レンギョウ、ゆきやなぎも、まるで年に一度の化粧をするかのように花をつけ始めました。桃の花も蕾が開きました。

    冬の間、食パンをねだりに来たヒヨドリが姿を見せなくなると、山にはウグイスの鳴き声が聞え始め、雄蛙たちも雌を呼ぶ繁殖の低音の鳴き声を沢に響かせます。

    こんなにも素直で、こんなにも無邪気に、春の陽光を楽しみ尽くせるのは、羨ましさを感じるほどです・・・。





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    category: 自然

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    ヤモリ君登場~深夜の光景 

    守宮と書いてヤモリと読む。

    最近、我が家に居ついていたヤモリがどうやら子供を産んでファミリーとなったらしい。

    深夜、ときに窓ガラスに張り付いていたり、突然、家の中にもその姿を現したりするようになった。

    井守(イモリ)は、腹が赤いまだら模様で、ヤモリは大人になると黒みがかった灰色の背中となるが、子供のうちは黒みが強いのでその違いは明らかだ。

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    だから、この子はヤモリの子供だろう。

    深夜に、ふと机の後ろを振り返ると、何とこんな場所にまで現れた。カーテンに張り付いていたのだ。
    とりわけ悪さをするわけでもないし、夜の電球の明かりに誘われて集まる昆虫類を食べてもくれるから、それなりに役にも立ってくれてもいる。
    まあ、突然そこに現れると、一瞬はびっくりもすることもあるが、それは私自身の心の動きで、ヤモリに罪はない。

    守宮というよりは、私は「家守」と考えて見守っている。数年前から姿を見せ始めた親のヤモリは、もう10cmほどに成長しているが、この子はまだその半分くらいの大きさだ。

    山の暮らしをしていると、本当にいろんな生き物が身近に現れてくれる。

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    category: 自然

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    オタマジャクシとメダカと珍客? 

    裏庭の小さな池に、毎年蛙が卵を産みに来る。3月の終わり頃から、遅くても4月中のことだ。

    もう何年も春の恒例行事になっているから、この池を故郷にする蛙なのだろう。ただ生まれて無事に巣立った蛙たちだが、翌年少し大きくなって帰って来るのは、何百匹の中でほんの数匹。自然の中で生きながらえるのは、奇跡的なことだと教えられる。

    今年のオタマジャクシもこんなに大きくなった。  DSCN2141.jpg
    池の中の岩に積もったヌルヌルした苔や汚泥などをきれいに食べて、掃除もしてくれるので、役に立ってくれてもいる。ただここ2・3年、生む卵の量が何故か多くて、気を許すと酸欠状態に近くなるので困ってもいる。去年などは、この時期、同居していた20cmを超えようかという金魚たちが、酸欠状態に見舞われて死んでしまったほどなのだ。20匹ほどいたのに生き残ったのは3匹。だから今年は、オタマジャクシが孵化した瞬間に別場所に移して、メダカと同居させた。

    そう言えば、今年生まれたメダカの子供たちも順調に育っている。 DSCN2143.jpg
    産卵期に雌のメダカは尾びれの付け根あたりに、卵をまとわりつけるようになるが、それはすでに受精卵なので、網ですくって傷つけないように卵を取って別に用意した専用の盥や器の中に移しておくと、数日後には次々に孵化してくる。後は、適量のメダカの餌を指先で磨り潰して与えてやればいい。卵から接していると、それなりに愛着さえ湧いてくるから不思議だ。

    4月に生まれたオタマジャクシは、だいたい6月下旬辺りの満月の夜に巣立っていく。これまでの経験からしても、何故か満月の夜なのだ。彼らにとってDNAに刻まれた習性なのかも知れない。

    5月の下旬頃になると、だんだんと大きくなってきたオタマジャクシを目ざとく見つけて、池には珍客が現れる。
    この珍客に慣れないときは、びっくりして心臓音もドキドキと高まったが、何度も見て慣れてくると、この珍客が決して自ら人間を攻撃してくることはないと知って、それほど驚くことはなくなった。とは言え、池に近づくときは、それなりに慎重にはなるのだが・・・。

    今年は、3匹の珍客である。写真は通い続けてもう5年になる珍客。以前に少し突っついたら、池に飛び込んで棒に変身した愛すべき珍客だ。(11年10月のブログを参照してください。この子の凄さが判りますから)色合いが、薄い茶色で特徴的なので、同じ相手だと知ることができる。山には餌が少ないのか、それほど大きくなってはいない。そんな種類なのだろうか?他には、今年生まれたばかりのような20cmほどの大きさの山かかしが2匹。これは首元が紅く特徴的なのですぐに判る。
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    写真に撮ると、目が反射してグロテスクに見えるが、実物はマムシとは違って、目もきれいで、慣れてくるとそれなりに美しさもあるのだ。蛇の口の大きさよりも、もうオタマジャクシの方がだいぶ大きいので、たぶん餌にしたくてもなかなか大変なんじゃないかと心配してもいる。もうこの子とは、5年ほどの知り合いなので、
    「hallo、how are you?」などと、声を掛けてもいるのだが、なかなか遠慮がちで、まだ向こうから答えはない。が、ほぼ毎日顔を合わせているのだから、この子も私が敵じゃないことぐらいは理解しているはずだ。

    都会の生活の方が、どちらかと言えば好きなのだが、こんな交流も捨てがたい魅力がある。たぶん、すごく我儘な性格なのだろう。人間というのは、いつのときも度し難いものなのかも知れない・・・。






    category: 自然

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    百花繚乱~ちょっと大げさかな 

    カメラを片手に、庭に出る。

    春の盛りの季節は、植物がここぞとばかりに、その存在感を示している。人で言えば、そう、真夏のビーチの弾けんばかりのビキニ姿の女性たちのように。

    少しばかりの時間と、僅かな心の余裕があれば、とりわけ費用をかけずとも、そんな花々の躍動感や生命力をも楽しむことができる。

    昨日の朝、私はカメラ小僧になった。いや、盗撮やパパラッチになった訳ではないが・・・苦笑。

    DSCN2122.jpg  DSCN2123.jpg  DSCN2126.jpg  DSCN2127.jpg ハーブから家人に聞かねば名前も知らない花もある。どれもが春を満喫しているようだ。


     DSCN2128.jpg これは梨の花。ミツバチが飛んで来て、受精の手伝いをしてくれれば、梨の実がなる。

    こんな植物も元気だった。

    もう10年ほど前に、伯母から貰ったホオズキ市の植木鉢。それを楽しんでから庭に植えておいたところ、その後は毎年姿を現して、夏にはホオズキの実をつけてくれる。少しずつ数も増した。  DSCN2125.jpg

    DSCN2124.jpg  これはミツバ。ホオズキと同じ頃に種を蒔いたのだが、これもどんどん数を増して、毎年必ず今頃から緑の葉を誇示してくれる。アサリの味噌汁やお吸い物や茶わん蒸しなどのアクセントにして、美味しくいただいてもいる。ありがたいことだ。白い花びらは、どこやらから風に乗って飛んできた山桜の花びらである。

    DSCN2129.jpg  これは白い大根の花。去年の暮れに、食べおいて残った葉と実の部分を埋めてみたら、見事に復活して命が蘇った。その力は感動的ですらある。

    いや凄いなとか、あれお久し振りなどと、一人で花たちと会話をしながら、一瞬時間を忘れて楽しんだ。
    こんな時間もたまにはいいものだ。








    category: 自然

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    春~花盛りへの1歩 

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    居間にいると、そもそも費用を節減しようとした吹き抜けの構造からか、妙なことがある。

    天井が高い故なのか、はたまた夏は温室のようになるガラス窓の故なのか、どうも独特な磁場があるようで、去年はたまたま置いたこんな花が、春から夏、秋から冬となっても花を絶やさず次々と咲き続けていたのである。

    最近は、こんな花まで咲いた。     DSCN2109.jpg
    で、一度も花屋で花束などを買うことはなかった。不思議な空間となっている。

    ついでに外に出ると、庭では、今日はこんな花が咲き始めていた。外も春の磁場が押し寄せているようだ。

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    冬は寒くて灯油代はかさむが、春となれば標高550m辺りの山暮らしは風景が一変する。
    数日前の夜には、道で鹿の親子と出会ったし、タヌキなどは毎夜山道で遊んでいる。写真には取っていないが、今年もヒヨドリなどへのパンやりは続けていた。口笛を吹けば、どこやらともなくスーッと飛んできて、ピヨピヨと叫ぶように、居場所を知らせて早く頂戴とねだられる。

    そして、そのときいつも思うのだ。「ああ、こんな風景に溶け込むような心の平穏は、いったい何時訪れるのか・・・」と。
    まだまだ枯れた心境に成れない半人前の私である。







         

    category: 自然

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