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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    2017 宝塚記念・阪神2200m~王者失権 G1歴戦勝利の疲れなのか・・? 

    DSCN2459.jpg(絵:ノグチアキラ)

    想い出せばダービーの宴の夜、大阪杯と春天皇賞を力強く連覇していたキタサンブラックが、来たる宝塚記念をも制して春G1戦3連覇を決め打ち、1着賞金1億5千万と特別ボーナス2億円を獲得するか否かが話題になった。

    多くの意見は、達成支持が多かったが、私は「強い馬だからこそ落とし穴が待ち受けているのではないか?負けるとしたら宝塚記念ではないですか」と、少数派に徹していた。
    ここ四半世紀の日本の競走馬の質はめまぐるしく高まっている。世界の果ての競走馬は、今や世界の中心とも言い得るように進化しているのだ。かつてテイエムオペラオーが秋G1戦3連覇で2億円の特別ボーナスを獲得したときからは、もう15年以上の時が過ぎている。その間にも、日本の競走馬は進化を続けてきたのである。

    つまり何が言いたいのかと言えば、いかに強い人気馬であろうと、G1戦を勝ち抜くには相手が進化しているだけに、その昔とは違って何らかの肉体的同時に精神的な無理を重ねている状況にあるのではないかということだ。それはあるいは、ある日突然現れるような飛行機の金属疲労のようなものであるのかも知れない。

    1週前追い切り、そして最終追い切りからパドックでも、今回のキタサンブラックは、どう贔屓目に見ても、もちろん完成した馬体は素晴らしいのだが、キビキビとした弾けるような覇気が私には感じられなかったのだ。

    普段、厩舎で一緒にいるわけでもないから、それは素人の私の主観でしかないのだが、それなりに見切る眼力はこれまでの競馬経験で鍛えられてきたつもりである。(自己満足ですが・・)

    追い切りを見て、私がピックアップしたのは、ゴールドアクター、ミッキークイーン、シャケトラの3頭だった。デムーロの騎乗するサトノクラウンは大いに気にはなったが、これまで阪神芝での走りがいまいち印象に残らない結果だったこともあって、それなりの調教気配だったが敢えて4番手扱いにした。

    それよりも横山典弘が2200mのゴール前に坂のある阪神コース(実績のある中山と同様である)でどんな騎乗をしてくれるかという興味が沸き起こったし、前走で少しも走っていないミッキークイーンを今回浜中俊がどう乗りこなすのかということにも関心があったし、4歳のシャケトラをルメールがどのように走らせるかということにもそれを見てみたいという気になっていたのである。

    軸は横山典弘ゴールドアクターの結論は曲げなかったが、レースまで迷いに迷ったのは、念のため(何が念のためなのかは意味不明だが・・)、ゴールドアクターからミッキークイン、シャケトラの馬連3点ボックスにするか、デムーロ騎乗のサトノクラウンを含めた3点流しにするかという命題に、答えが閃かなかったかのである。

    6月25日午後1時25分に、私はGCを見始めた。阪神第7Rに宝塚記念と同じ距離の芝の500万条件戦が組まれていたからだった。武豊騎乗の3代目ヒシマサルが前半5F59秒7の流れを2分13秒で差し切ったのを確認して、おそらく本番は2分11秒の決着だろうと予測した。週の後半からの雨が、ドッと降ることはなかったにせよ力のいる馬場状態に影響していたようである。

    スタートして、4コーナーまで、私には3つの何故という疑問を抱かざるを得なかった。横山典弘ゴールドアクターは今回はスタートを決めていたから安心して見守っていた。となると、武豊キタサンブラックに関わる謎が2点と、残りはデムーロに敢えて聞いてみたい答えである。

    まずはキタサンブラック。何故、武豊はこれまでのG1とは違う外からの横綱相撲のようなレースをしてしまったのか?キタサンブラックはインを確保してレース全体を支配することで成長を続けて来たのに、何故好位の外にポジションを取ったまま無策だったのか?500万条件戦の流れよりも遅かった前半5F60秒6の流れなら、いつでも他馬を抜き去る態勢で好位のインにつける姿勢を見せなければならなかったのではないのか?キタサンブラックを応援して見守った多くのファンが見たいと願った展開をあえて選べなかった騎乗の意図はどこにあったのか?昨年の宝塚記念で34秒7のペースで先頭に立ってレースを引っ張り3着に敗れたトラウマがあったとでも言うのだろうか?この謎は不明である。

    デムーロに聞きたいのは、向正面から3コーナー手前地点まで、ゴールドアクターを外から封じるかのようにプレッシャーをかけ続けたのは、意図的な戦略だったのか否か?もし今日の相手はゴールドアクターと狙い澄まして実行していたなら、その騎手の本能的な勝負感は大いに称えなければいけないだろう。

    それにしてもである。4コーナーを廻ってすぐさま勢いをつけてインから馬群を抜けてきた横山典弘の騎乗には、これがゴールドアクターだ!とアピールする大胆不敵さが漲っていた。若い頃から、少し遅れてデビューした武豊が煌びやかなリーディングトップの道を驀進していた頃も、横山典弘は「オレは天才だ!」という不敵な自信と勝負度胸を守り続けてきた。それが今、彼自身の言葉の通りに実現しているのである。しかし、それでもこの日は3/4馬身差の2着だった。

    えッ⁉ 私?いえね、最終最後に念のためと3点ボックスを選択してしまいました、ハイ・・・。言葉もありません。
    もし、サトノクラウンが血統的にサンデーサイレンスの血が入っていない馬で、実は生産界の期待を大きくその肩に背負っている存在だと今さらながら気づいていたら、正解に繋がるまた別の選択をしていた筈だったのに・・・。不勉強でした・・・。

    それでも、「止められない、止まらない」「そのうち何とかなるだろう」の心意気だけは、「上を向いたらきりがない。下を向いたら後がない」という現実の中でも、決して忘れないで精進したいと決めています。

    でもねぇ、この日も気分作りと気楽に参加した7Rと9Rを仕留めたものの、メインの宝塚記念で弾かれて、結局は観戦料程度のチョイ負けの結果。この「チョイ負け」という奴は、まあ本当にたちが悪いというか、何というか・・・。忍耐の日々が続きます、ハイ・・・。

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    category: 競馬

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    2017 安田記念・東京芝1600m~強さとは?脆さとは? 

                      DSCN2463 - コピー(絵:ノグチアキラ)
        
    6月4日。春のG1最終戦「安田記念」。
    3月の終わりの高松宮記念からずっと続いてきた古馬のG1ロードと3歳馬によるクラシックロード。その最終戦となる安田記念である。今月の末に最終最後の宝塚記念が行われるが、気分は安田記念で一括りとなるのが人情というものだろう。

    この2か月、ファンとして善戦していれば気分爽快、ファイティングスピリットも維持されているが、悔しさが募っていれば、もうそろそろ競馬に疲れていることもある。
    私?何となくしのぎ切って、まあ取り敢えず可もなく不可もなく、安田記念を迎えたのだったが・・・。

    安田記念での狙いの伏兵馬3頭は、すでに決めていた。

    まずは、昨年の覇者ロゴタイプ。昨年の前半5Fを35秒で逃走し、ラスト3Fは33秒9で決め、あのモーリスをも寄せつけなかった馬だ。4年前の皐月賞はおおいに弾けて差し切ったが、今は、先頭にこだわる逃げ馬がいれば好位から、いなければ自ら先頭に立ってレースを作る完成した競走馬となっている。出走馬を見渡しても、ロゴタイプを押さえて逃げようとする馬は見当たらず、自らのペースでレースを支配すれば、おそらく好走は間違いないと読んだ。

    2頭目は、グレーターロンドン。爪の不安からまだ完調には・・?という説が流れていたが、これまでの完勝とも言うべき連勝の過程を知る限り、初めてのG1挑戦での未知なる魅力に溢れていたし、最終追い切りをGCで見て、私自身は大丈夫と見なした。

    そしてレッドファルクス。6F戦でのG1馬だが、何と言っても前走道悪の京王杯での上り33秒7の破壊力のある決め手は、乗り方ひとつで、たとえ良馬場のマイル戦でも通用するものがあると信じた。鞍上はミルコ・デムーロでもあったし。

    この3頭の伏兵を見出して、それに対抗し得る馬を選べば、安田記念は大丈夫だと信じて疑わなかったのである。

    まあ、ここまでの推理は大正解だったのだが、ここから迷路にはまり込んで行ったということだ。

    前記3頭を凌げる馬はどれか?と考えると、考えれば考えるほど、ここまで尽くしてくれた贔屓の馬が、私の頭の中で浮かび上がってくる。それもまた人情というものだ。

    より冷静に言い切れば、私自身は、競走馬の強さと言うのは、自らにどんな不利な条件下であっても、アクシデントに見舞われない限り、少なくとも掲示板は外さないという強さだと思っている。

    だとすれば、この条件に当てはまるのは、イスラボニータとエアスピネルしか、私には考えられなかった。
    蛯名正義からルメールの騎乗交替してからのイスラボニータは、スムーズに馬群を捌いて馬群の中から突き抜けてくればいレースを繰り返していたし、距離不向きの菊花賞でも3着を確保したエアスピネルの奮闘にも高い評価を与えなければいけないだろう。
    すべての条件が揃って、言い換えればすべての条件が御膳立てされて好走するサトノアラジンのような馬には、今回は少しも眼が行かなかった。サトノアラジンの前走不得手の道悪だった京王杯9着惨敗には、何の印象も感じられなかったからである。

    それでもイスラボニータとエアスピネルが、マイラーズCのように手を取り合うように並んでゴールインする光景は、何となくイメージできなかったので(こんなイメージが私にはかなり重要な要素でもある。推理が不適中のときは、どことなく心にたとえて言いようのないモヤがかかるのだ)、この両馬から伏兵3頭に馬連で流したのが結論だった。

    ゲートが開いて、7歳馬田辺裕信ロゴタイプが堂々と逃げた。
    ラップタイムは、前半3F33秒9。5F57秒1。昨年より5Fで約2秒早いペースでレースを作り、それでもゴールまで粘ったのである。
    決着タイムは1分31秒5。結果は同タイムのクビ差2着だったが、マイラーとしての完成期を、7歳のロゴタイプは今改めて迎えているのかも知れない。

    4コーナー手前地点から、私はもう諦めていた。中団にいたルメール・イスラボニータも、後方に待機策を選んだ武豊エアスピネルも、これではホームストレッチで無事には済まないと予想されたからだ。
    案の定、前を行く馬たちに進路を阻まれて、両馬共にスムーズには馬群を捌けず、名手にあらざる様な不様な騎乗となってしまった。古馬G1のマイル戦なら、事あれば他馬をも弾き飛ばす威圧感ある主張をしなければ馬込みを容易に抜けられはしない。
    そもそも何故、2頭共に先行力ある脚を伸ばさず、後方に控えたのか?私には本当のところは判らないが、見ていて爽快感が生まれる騎乗ではなかったことは間違いないだろう。それでも最後にエアスピネルが掲示板を確保したことだけは褒めてやりたい。

    確かに、ロゴタイプの作ったハイペースで、掲示板に乗ったのは粘り抜いたロゴタイプ以外はすべて後方の馬たちだったのも事実だが、進路を阻まれてしまったのは、私にはそこに至る意識の周到な準備が為されていなかったと、敢えて名手に憎まれ口を叩いておくことにしよう。

    ともあれ春のGI戦線は、アッという間に終わった。反省もあればゴール前の歓喜をも得た。
    痛恨だったのは、NHKマイルCだったが、このレースから教訓を得て、より一層レースの流れを意識するようになったのも事実である。この春、私自身のその進化は大きいことだったと思う。

    でもふと気づくと、あらま2017年はもう半分ほどが過ぎ去っている。
    この時の流れの速さには、困ったものだ。まだ大事なことは何もしていないのに、時間だけがどんどん私を置き去りにして過ぎていくようだ。うーん・・・。
                     
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    category: 競馬

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    2017 日本ダービー制覇・東京芝2400m~強力な逃げ馬不在のスローペース 

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    何とか私自身の出走体制を整えて、東京競馬場には11時過ぎに着いた。
    府中本町駅構内から、スタンド32番柱近くの受付まで、場内外はやはりダービーの日だからか混み合っていて、人混みをさばくのにもストレスを感じるほどだった。

    何とか受付を済ませて、ダービールームへ。14号室は「ワンアンドオンリー」室だった。そう言えば、今日の最終レースにワンアンドオンリーご本尊は、久々に鞍上に横山典弘を得て出走予定である。

    喫煙室でひと呼吸整えてから部屋に入ると、いつもの知った顔が勤勉にもすでに専門紙を広げていた。10Rのダービーまではおとなしくしていようと決めていたので、挨拶だけ交わして私はゆっくりとお茶を飲みながらテーブル席に座っていた。

    そう決めたのも時間をかけて、ダービーの流れと展開を考えようとしていたからだった。
    狙いの推理は、決まっていたが(皐月賞のときに記した馬たちだ)、最終追い切りを見てからも、皐月賞を速いペースで逃げたアダムバローズのような存在が、どう考えても見当たらず、だとすると最近流行の緩い流れから、ホームストレッチでのヨーイドン!という単調な勝負になってしまうとしか思えなかったのだ。
    とすれば、中団より後方のポジションの馬たちには勝利の出番はないということになる。

    じっとそのときを待つ間に、何度も出走馬表を眺めたが、良馬場のダービーは、皐月賞とはまるで違うレースになるだろうとしか考えつかなかった。

    8R。1000万条件(2勝馬)の特別戦青嵐賞。ダービーと同じ芝2400mである。前半5F61秒で流れ、決着タイムは2分23秒8。2勝馬の特別戦としては、それなりのタイムが計時された。となれば、3歳の頂点のG1戦なら、通常ならこの決着タイムを下回ることはないだろう。しかし逃げ馬が見当たらないのは確かだった。

    もうひとつ予感を得たことがある。レースレコードが生まれた皐月賞の上位馬は、眼に見えない疲労消耗をしているのではないかということだった。走り過ぎた後には、生き物である以上疲労によるコンディション低下は避けられない。化け物なら別だが・・・。2002年1分58秒5という当時驚異的なレースレコードで皐月賞を勝ったノーリーズン(ドイル騎乗)が、ダービーでタニノギムレットに8着に惨敗した記憶が鮮やかに甦ってもきた。たぶん今年の皐月賞1~3着馬は負けるのではないかと推理した。

    私の狙い馬は、皐月賞のときと同様に、レイデオロ、スワーブリチャードあとはアドミラブルにサトノアーサーだった。でもスローに流れたら、アドミラブルとサトノアーサーには明らかに不利となるだろう。何とか体調を維持してアルアインが好位から強気に攻め上げたら、締った馬体には魅力があるだけに気が引かれるが、皐月賞を勝ったばかりの若い松山弘平が、ダービー制覇に気合を入れるしたたかなベテラン騎手を凌いで強気な勝負根性を見せつけられるかというと、どうもそうは思えなかった。

    パドックを見終えたとき、レイデオロとスワーブリチャードの気配に何となく威圧感を覚えなかった私は、すぐにゴンドラ席に行き返し馬に注目しようとした。
    本馬場入場して、大歓声がうごめく中、ルメールがレイデオロと強めのギャロップに入ったとき、その発する気配に大丈夫だと安心した。スワーブリチャードも四位洋文の誘導に落ち着いたギャロップを見せた。四位洋文も勝負に出るなと感じた。

    そのとき隣の13号室にいたノースヒルズのオーナー前田幸治とひょんなきっかけから会話をした。ゴンドラ席の前田幸治は私の隣のテーブルに座っていたのだ。
    ついでだからと私は聞いてしまった。
    「今日のカエデはどうでしょうか?」
    「いや、今日はクリンチャーでしょう。何といっても前に行ける馬だから」
    そうか、それがオーナーサイドの見極めなのかと、私は知ることができた。

    スタート時間が迫ってくる。急いでマークシートに記入する。レイデオロからスワーブリチャードを本線にして、他に馬連3点。ついでにダービーだからと3連単。1,2着馬にレイデオロとスワーブリチャードを入れて、3着に、アドミラブルとサトノアーサーに、これも何かの縁とちょっと邪な気持ちでクリンチャーを入れてみた。(いえ、まだ人間ができていないもので・・・ハイ)

    スタートして、前半5F地点まで、レースを作ったのは横山典弘マイスタイルだった。それも明らかなスローペースで。この大胆不敵なしたたかさが横山典弘の技量である。

    結局、前半5F63秒2。5F目には何と13秒台にペースは落ちていた。
    横山典弘の攪乱戦法に、好位2,3番手辺りの騎手たちは手も足も出なかったが、ルメールは違った。スローのタメ殺しになっては敵わないとばかりに、2コーナーを廻ってバックストレッチに入るや否や中団後方から一気に2番手に進出。この動きを大画面で知った大観衆からどよめきが沸き起こった。

    通常なら、こんな騎乗で活路は開けず結局馬群に沈むセオリーがあるのだが、何せ今日横山典弘が作ったペースは、考えられないほどのスローな良馬場での5F63秒2。

    それをやすやすと許してしまった好位勢の不甲斐無さとは対照的に、このルメールの攻撃的な騎乗こそ、自信に溢れた好騎乗だった。
    このとき四位洋文スワーブリチャードは、好位のインでじっと待機策を保った。動いたのは4コーナーを廻る地点だった。まるで2007年64年振りに牝馬のダービー制覇を決めたウォッカの騎乗を再来させるかのように、インから外に出た。

    すでにルメール・レイデオロは先頭に立つ勢いだ。最内で今日のダービーを攪乱した横山典弘マイスタイルが粘っている。

    ここからの3Fは、 11秒5、10秒9、11秒4。熾烈な攻防が続いた。

    レイデオロは迫るスワーブリチャードに3/4馬身差を保ってゴールイン。牡馬クラシックの勝利がなかった調教師藤沢和雄にダービー制覇の栄誉をプレゼントした。

    渾身のここ一発騎乗に徹した四位洋文スワーブリチャードは2着。
    ゴール寸前に外から追い上げたデムーロ・アドミラブルが3着。粘ったマイスタイルが4着。好位からスローでも強気に攻められなかったアルアインは5着に終わった。中団からレースをしたサトノアーサーは見せ場もない10着惨敗だった。

    しかし決着タイムは、良馬場で2分26秒9。オークスのソウルスターリングよりも2秒8も遅い決着が、本当の意味でその真価を試されるのはこれからのレイデオロの活躍にかかっている。かつてダービーより早い決着タイムでオークスを制したのは、かの名牝ジェンティルドンナだった。改めてソウルスターリングにも着目である。

    目黒記念を終えて、府中に向かいいつもの宴。
    ここしばらく体調を崩していて久し振りに競馬場に姿を現した作家古井由吉に、国民を蹂躙し続ける現政権を許し続ける「民衆の狂気」を新作で描いてくださいとお願いしたり、同席した文春と新潮の編集者に、中吊り広告の問題を煽るようにからかったり、ダービーの反省や悔しさを酒の酔いに任せて愚痴ったりして、楽しく過ごした。

    実は、今日の最終12R。ほとんど検討もしていなかった目黒記念で調子に乗って穴狙い。せっかくの嬉しいダービー制覇のプラス分の半分を失くしてしまっていたのだが、それでもダービー的中の満足感は大きく、酒の酔いに脚をふらつかせながらも心地好く家路についたのだった・・・。
                         
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    2017 オ-クス・東京芝2400m~やっぱり強かった 

    DSCN2462 - コピー(絵:ノグチアキラ)

    5月20日土曜。午前中に金魚の水替えをして、ひと汗かいたところで関西風の薄口醤油味のきつね蕎麦を作って楽しみ、2時過ぎからは京都の重賞平安Sを見た。

    いろんなことをしながらも、さて明日のオークスは?という命題を頭の中で巡らせていたから、平安Sで体力を消耗するのは避けようと、直感で閃いた枠連2-5-8の3点ボックスでいいかと決めて、GCのTV画面を眺めていたら、5枠川田グレイトパールと2枠武豊クリソライトで決まり、枠連でも15倍の配当でひと安心。4歳牡馬グレイトパールはダート界の新星とも言える走りを見せてくれた。

    さて、この間私は何度もオークスの出馬表を見続けていたのである。
    ここ数戦のG1戦を見ていると、はっきりとした主張を持つ逃げ馬がいるかいないかで、レースの様相は極端に変わっていた。相応の力を持つ逃げ馬がいればレースは流れるが、逃げ馬不在の場合にはスローペースから残り4Fのヨーイドンのレースになっている。

    では、このオークスでどの馬が逃げて流れを作るのか?と考えると、どう考えても判らないのだ。好位を守りたい馬は多くいるが、明確な逃げ馬がいない。
    ここ一発の攪乱戦法を狙って先頭に立つ馬が現れるだろうが、しかしペースは上がらないはずだ。結局、先行馬群がひと固まりになって4コーナーを廻り、そこからは早めの直線勝負になるだろう。折り合って、ヨーイドンと瞬発力を発揮する馬が勝ち負けの勝負をするはずだ。たぶん中団より後ろのポジションの馬たちには、勝ち抜くチャンスはない。

    このように考えると、折り合いに心配がなく、鋭い末脚を発揮するルメール・ソウルスターリングが、明日東京の良馬場で桜花賞のような敗戦(3着)を再び演ずるとは思えなかった。

    桜花賞は明らかに馬場の悪いコンディションだった。おそらくここでソウルスターリングに勝ち負けを挑んだ馬たちは、何らかの疲労残りもあるだろう。ベストの状態が桜花賞だったとすれば、その体調のベクトルは下さがりになっていても不思議はない。
    同時に、桜花賞を目標にして、ここまでマイル戦以下の距離を使ってきた馬も推理から除外してもいいだろう。3歳牝馬の東京の2400mという距離の克服は、その場しのぎではできない壁があるはずだ。

    となれば、今年の2着候補は、桜花賞組ではない別路線から、距離適性のあるはっきりとした末脚発揮の魅力を持つ馬を選べはいいはずだ。そんな馬なら、ソウルスターリングに追いすがれる可能性が高い・・・。

    土曜日に、そう結論付けた私は、それからは迷わなかった。

    ゲートが開いて、逃げたのが戸崎圭太フローレスマジック。2番手に四位洋文ミスパンテール。通用するかしないかは別にして、このポジション取りは騎手の意志に裏付けられた一発勝負だったろう。

    結局、前半5Fは61秒7のスローペースとなった。
    3コーナーを廻って残り4Fの攻防が始まる。11秒6、11秒3、11秒2、11秒6。有無をも言わさない究極のヨーイドンの勝負が繰り広げられた。

    それからのことは、敢えて私が記すこともないだろう。好位から抜け出したソウルスターリングの独壇場だった。辛うじて追いすがったのは、和田竜二モズカッチャン。さらに2馬身半後ろで3着にようやく届いたのは、後方から追い上げたデムーロ・アドマイヤミヤビ
    だった。

    桜花賞の好走組は振るわず、戸崎や四位の一発勝負も花開かず、昨年のチェッキーノと同様にフローラSの勝ち馬モズカッチャンが2着を確保して、2017オークスは幕を閉じた。

    ルメールは、ソウルスターリングの母スタセリタでフランスオークスを勝ち、その仔ソウルスターリングで極東日本のオークスをも手中に収めた。走破タイムは2分24秒1。この時計は、かの名牝ジェンティルドンナの2分23秒6に次ぐオークス歴代2位の記録だった。

    とにもかくにも、ここ数戦のG1戦で、推理の感性を狂わせがちだった私自身は、何とか推理の感覚を取り戻せたような気分で、ほんの少しだけ安心できたような気がする。

    強い馬が強さを誇って勝ち抜く競馬に美しさを見出そうとするのは、おそらく私だけではないだろう。
    その美しさこそ、見知らぬあなたとこんな私を結ぶ同時代の共有感覚であると信じているのだが、果たして・・・。

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    祝7000勝~大井・騎手的場文男 

    DSCN2459.jpg(絵:ノグチアキラ)

    昨日17日、大井の60歳還暦騎手的場文男が、川崎の重賞<川崎マイラーズ>を勝利し、障害通算7000勝を達成したというニュースが流れた。
    1973年のデビューから45年目、およそ半世紀を費やして積み重ねた記録である。
    ちなみにJRA騎手武豊は、1987年のデビューから31年目となる現在(5月14日まで)のJRA通算勝利数は3893勝だ。週2日のJRA開催と比べて、騎乗機会が多い南関東公営であったとしても、生涯かけての7000勝の価値は重過ぎるほど重い。

    大井では7不思議の一つに、まだ的場文男が<東京ダービー>を勝っていないことがあるという。2着は9回もあるのだが、7000勝騎手が大井のダービーを何故か勝ってはいないのだという。勝てるだけの馬、確勝と噂された馬に騎乗するチャンスは2着のとき以外にもあったのだが、ダービーまでに故障などを発症して出走もかなわなかったのである。でも、生涯で見果てぬものがあるという飢餓感が、的場文男の騎手人生を延ばす原動力となったと言えなくもないのではないか?

    私自身が、的場文男を最初に身近に感じたのは、1993年だった。
    秋、中山オールカマー。絞りに絞って、私は、逃げる中舘英二ツィンターボから的場文男が乗るハシルショウグンへの1点勝負に賭けたのである。
    このとき3/4馬身差の3着が単勝1.8倍の1番人気的場均ライスシャワー、3着が柴田政人ホワイトストーン、5着が角田晃一シスタートウショウ・・・。今から思っても強いメンバーが揃っていて、迷ったなら推理が迷路にはまる様相で、ここは負けても納得とファンの心意気を保つしかなかったのだ。
    直線、5馬身ほどの差をつけて高速の逃亡を図るツィンターボをめがけて、的場文男はハシルショウグンヲを追った。中央のG1馬相手に怯まなかった。そして2着を確保してくれた。確か、この2頭の組み合わせは50倍を超えていたという記憶がある。
    的場文男のしぶとい騎乗は鮮烈に私の中に刻まれた。

    まだ続きがある。この年の暮れ、年末進行の原稿を無事入稿して一息ついていた29日、私は、編集長らから大井の東京大賞典に行こうと誘われたのだった。同行者の顔が効いてゴンドラ席で観戦できる幸運な機会だった。3日前の26日、有馬記念で田原成貴トウカイテイオーの復活劇を目の当たりにして、少し財布の中にも余裕のあったこともあって、ハイな気持ちで大井に向かったことを覚えている。
    この日、大井に着くまでは、ずっとオールカマーの恩もある的場文男ハシルショウグンからと決めていたが、ゴンドラ席から返し馬を見た瞬間、「あれ?!ハシルショウグンはあんな馬だったのだろうか?」と、ふとあのオールカマーの状態に一息と感じて、断腸の思いで返し馬で弾けていたホワイトシルバーとタイコウストームの組み合わせの枠連勝負に変更した。おそらく歴戦の疲れがハシルショウグンには残っていたのだろう。1番人気で10着だった。私がおさえた5-8の枠連は万馬券となった。
    93年の大晦日。TVから流れる除夜の鐘の音をゆったりとした心で聞いたことは、今でも忘れられない想い出である。でもこんな年の暮れはめったにあることではないのも確かなのだが・・・。

    止まれ、何よりも今は、60歳の現役騎手的場文男の7000勝達成こそを祝うのだ。

    でも、しかし・・・。まだ大井には、上には上がいた。あの「鉄人・佐々木竹見」である。
    1941年生まれの75歳。1960年にデビューして2001年7月に引退するまでに積み重ねた勝利は、何と7151勝。

    昨日のインタビューで、7000勝騎手的場文男は、「次には佐々木竹見の勝利数を目標とする」と語ったようだ。
    そうだ、まだまだ老けるのは早い。引退はいつでもできる。その日までは、這いつくばってでもゴールを目指せ!大井の雄、騎手的場文男!!
    フレーッ、フレーッ、ま・と・ば・・・・。

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