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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    人生ままならず~ある日の競馬と知人からの電話 

    JT

    先週末から、少しずつ蝋色漆を使って、盛上げに戯れていた。
    初心者故に、結構、神経を使うので、集中しなければ作業は進まない。眼も頭も果てしなく疲れる感じで、他の事などどうでもいいと、投げやりになってもいた。

    そんなとき、ある知人から電話があった。迷惑とも言えず、一休みしながら電話に付き合ったのだが、ウーンと考えさせられしまったのである。そうだよな、ままならないのが人生なんだと。

    この知人、先週の中程から車の異音に気づいたのだった。どうも調子がおかしいと。でも乗り慣れた車だったので、すぐに収まるさと、放っておいたらしい。しかし機械は正直だ。壊れるときは壊れる。機械はイエスorノットの2進法だ。人間のようにグレーゾーンで対処はできない。結局、金曜の昼頃に乗り出したときには、まるで飛行機の離着陸時のような轟音が鳴り響くようになったらしい。そのまま修理工場に持ち込んだまでは良かったが、後輪のブレーキディスクが破損し、パッドも跡形もなく減り、油圧を受けるキャリパーも戻らずに固定してしまっていた。ブレーキ関係の故障は、片方だけではなく、安全のために左右両方に手を入れなければならないらしい。修理の総額は、12~3万かかると、見積もりを終えて連絡があったのだという。

    しがない物書きである私と同様に、知人もまた宵越しの銭は持たない生活をしているから、お金があれば使い切り、なければないで我慢する危ない暮らしをして、糊口をしのいで好きに作品を作っている。あくまでも頑固にだ。

    だから、金曜夜の段階では、財布の中にあったのは、1万円札が1枚と小銭が少々。これは何とかせねばならぬと、好きな競馬で一発勝負を賭けようと決意したのである。その気持ちは、私には充分に理解できた。長く競馬に戯れていると、土日の2日の間には、購入レースを絞れば必ずチャンスはあると楽観するのが習いとなってしまうのだ。

    知人は、金曜に競馬新聞を買い込んで、真剣に予想をしたという。どうやら2・3時間かけて、競馬新聞を読み込んで、獲れると直感した3レースに絞ったのだという。

    選んだレースは、札幌と福島の新馬戦、それに福島7Rの未勝利戦だった。新馬戦を選んだのには、知人なりの理由があった。上級戦になると、競馬は能力の階級制度が徹底しているからそれなりの激戦となり、紛れも多く生まれる。でも新馬戦は、さしあたり仕上がってデビューを迎えたどの馬も横並びで出られるのだ。つまりピンからキリまでの馬たちが一緒になって走るのだから、素質・調教気配・騎手を考えて慎重に判断すれば、的中しやすくなるのだという。では、未勝利戦は?と聞いてみたら、今回は新馬戦を選んだ理由とほぼ同じで、たぶん勝負になるに違いないピンの馬が2頭に絞れたからだったようだ。

    知人のここまでの選択は、私が話を聞いていても、とてもよい選択に思えた。
    絞りに絞った結論で、まず札幌の5R新馬戦は、人気でも三浦皇成グラマラスカーヴと岩田康誠キャンディーハウスの馬連1点。福島の5R新馬戦は、田中勝春アルマニンファから木幡初広トゥルームーンと柴田大知ハナモモへの馬連2点。それに7R未勝利戦は、北村宏ダイワブレスから柴田大知コスモメリーと内田博幸テイエムリキオーへの馬連2点。知人は、少なくともどれかは必ず的中して負けはないと、意を強くして確信したそうだった。

    午前0時前、いつもより早めに就寝。土曜の朝は6時に起きて、そのままやっておかねばならない雑事を全てこなして、11時半過ぎには、パドック気配を確認してから電話投票をしようとTVの前にスタンバイしたのだという。

    TVを点けようとしたまさにそのとき、高まった意気を阻害するように、知人の電話が鳴った。一瞬出ないでおこうかと考えたが、どうも表示された番号に記憶があり、まあいいかと、つい出てしまったのだった。

    相手は、その昔からの友人だった。ごくたまに、と言っても年に数回メールをくれたり、電話で話して旧交を温めている友人だった。今は北海道にいる。モシモシと言うと、その彼が、病気のような暗い口調で話しだした。

    「ちょっと相談事があるんだけど・・・聞いてくれるかなあ・・・」
    「どうしたの?病気のような声じゃない?」
    「4月から医者に通って、薬を処方されているんだ。薬に頼らないともう持たない・・・」
    友人は、今年大学を出た長男がいて、強気な奥さんの尻に敷かれてはいるが、とりわけ問題があるような男ではなかったので、私の知人は、自分の置かれた状況を一瞬忘れて、話して見ろよと、相談に乗ってしまったという。

    聞けば、現在の職場で去年管理職が変わり、それからは、その相手と相性が決定的に合わず、相手もその気配を察してからは、毎日血祭りに上げるように、皆の前でミーティングに名を借りた罵倒を繰り返して止まらないらしい。お前がいい年をしてどんくさいから、チームの輪が乱れるのだとか何とか。友人の一挙手一投足をあげつらうのだという。周りの皆も、いつの間にか毎日の罵倒でマインドコントロールされてしまったのか、友人とも話さなくなり、それを知ると中間管理職は増長したかのように偉ぶって、さらにいじめを続けているのだという。

    元々義侠心の強い私の知人は、こんな話を聞くと、「それはパワハラじゃないか」と、思わず身を乗り出してしまったのだ。
    それが知人の大失敗の始まりだった。本来、今人生相談しなければいけないのは、突発的な事態に困ってしまった知人だったはずなのに、気の良い知人は、逆に人生相談のカウンセラーとなってしまったのだった。

    この類の電話は長くなる。家族に相談するわけにもいかず、誰にもなかなか明らかにできない心の問題だからだ。あれこれと聞き返したり、こうしたらいいのではないかと相談に乗っている内に、アッという間に1時間半が過ぎてしまった。

    知人が電話を終えて腕時計を見たとき、もう1時半近くになっていた。知人はそのとき、
    「いやはや・・・これもまた人生さ。こんな日もある」と、呟いたという。
    電話投票の口座に入ったなけなしの1万円は、馬券が買えなくなったこともあって、手つかずのまま残っていたから、知人の心には、まだまだ余裕があった。

    それが崩れたのは、電話を終えてトイレに行き、ついでに顔も洗って気分を変えて、改めて結果を確かめた瞬間だった。
    何と、知人が買う予定の馬券は、全て的中し、馬連で、札幌の新馬戦が6倍、福島の新馬戦が27倍、同じく7R未勝利戦が11倍の配当だった。1万円を3等分して、全て買えていたら、知人自身の突発的な人生問題はほぼ解決していた筈だった。

    結果を知ってから、人知れず知人の心は折れてしまったのだという。もう金曜夜のような欲目の無い冷静さや集中力は戻らず、何とか土曜はなけなしの1万円を減らさずに済んだが、日曜日には、ふとした瞬間にあれが買えていたらと、後悔のような思いが心の底から滲み出てきて、結果はメロメロになったらしい。

    翌日、知人は私に電話をしてきて、この話の顛末を泣きを入れるように語ってくれたが(本当に電話口で泣いていたのかも知れない・・・)、残念ながら私には慰める適切な言葉が思い浮かばなかった。

    落語に、長屋の人情噺で、食べる米の無い隣人に、自分の家にある米をくれてやって、その後に自分が食べる分がなくなったと知った職人がまた別の隣人へ米を貸してくれと駆け込む噺があった記憶があるが、私の知人もそんな世界にいたのだろう。

    でも情けは人の為ならずだ。欲を度外視したときの知人の冷静な集中力はたいしたものだから、きっと近々いいことがあるよと、私はやっとの思いで慰めを口にして、電話を終えたのである。

    とかくこの世は・・・いや、とかくこの人生はままならずだ・・・・。しょうがない・・・・。

    でも、ひとつのレースの裏側には、こんな噺がいくつもいくつも転がっているのである。




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    category: 競馬百景

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    腰が抜けた体験 (競馬百景 その①) 

    埴輪馬

    皆さん、腰が抜けたことがありますか?

    ずっとそんなことはある筈がないと思ってました。

    でも、あったのです。

    あれは、88(昭63)年の安田記念の日。東京競馬場の旧スタンドでのことでした。

    まだ若く、熱中するものを競馬に求めた頃の話です。

    その日、安田記念は、郷原洋行ニッポーテイオーと河内洋ダイナアクトレスが、枠連2.3倍の本命人気となっていました。あの頃は、まだ枠連しか発売されてはいませんでした。

    今から両実力馬の強さを思い出せば、大本命の人気も当然のことだったでしょう。秋の天皇賞馬に、外国馬に伍してJCを好走した名牝でしたから。

    でも、若かった私は、逃げる蛯沢誠治ミスターボーイに馬券の活路を求めたのです。ニッポーテイオーとミスターボーイの枠連は20倍のオッズを示していました。

    ここは勝負と、財布の中身をはたいて、私は1点勝負に出たのです。長い直線を粘りきれば、必ずこの組み合わせで決まるはずだと。蛯沢誠治なら果敢に逃げて、鼻差だけでも残してくれるだろうと。

    狙いは確かでした。最後の直線。残り100mを切っても、郷原洋行ニッポーテイオーが交わしても、蛯沢誠治ミスターボーイは逃げ粘っていました。

    「残れ、残れぇ!!」

    河内洋ダイナアクトレスが、やはり力通りの強さで忍び寄ってきます。

    「来るな、来るなよ!!」

    でも一完歩ごとにその差は詰まってきます。

    ゴール前、わずか20m程の地点で、蛯沢誠治ミスターボーイは力尽きました。3着でした・・・

    そのとき、そのときです。私の腰の辺りが、急にズキズキと痙攣したかと思うと、スーっと力が抜けて、私はその場に立ってはいられませんでした。3Fの客席通路で、私は辛うじて手すりにすがり付いて、何とか痙攣する自分の体を支えようとしましたが、下半身にはどうしても力が入りません。そのまま動けなかったのです。それより何より、私には、その瞬間に何が起こったのか少しも判らなかったのです。

    狙い済ましての1点勝負に、ゴール寸前で敗れ去ったことで、私の脳が変調をきたしてしまったのでしょうか?

    勝負の高揚感の中で息を詰め放しだったために、ゴールの瞬間にいっきに現実に引き戻されて心のバランスが崩れてしまったのでしょうか?

    腰辺りの痙攣は、しばらくの間続きました。

    ようやくゆっくりと立ち上がれたとき、私の手には、ニッポーテイオーとミスターボーイの5万円分の馬券が、握られていました。冷や汗にまみれていました・・・




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    thread: 演劇的競馬論  -  janre: 学問・文化・芸術

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