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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    怒涛流・大内九段逝く 

    DSCN2442 (2)<怒涛流彫り駒>

    成田屋市川海老蔵夫人小林麻央が闘病の果てに逝ったと同じ6月23日、将棋界でも、もう一つの貴重な命が失われていた。
    昭和の風情を身をもって現していた大内延介九段が逝ってしまったのである。

    5月の連休のとき神楽坂でお会いしたのが、私には最後の機会となってしまった。ここしばらくの間に体調を崩されていたのが私にもはっきりと判り、同行者と共に少しばかり驚きを覚えてならなかった。いつもの気風の良い江戸っ子気質が消えて、大内九段らしさが伝わってこなかったのだ。

    私が、縁あって大内九段と身近に出会ったのは、確か6年ほど前だった。その関係が続いていたのは、物事の是非をはっきりと口にする大内九段に魅力が溢れていたし、棋士として積み重ねた人生経験に根付くその人物評も、的を得て正確で、同じような性格である私とも気脈が通じて止まなかったからである。だから会えば、いつも楽しく話も弾んだし、教えを受けもした。

    まだ訃報を知って間もないので、ただただ合掌するのみという心境である。21世紀の鬼才棋士として日々成長を遂げている藤井聡太四段がデビュー以来の負け知らずの29連勝記録を達成した今日、大内九段の7月17日のお別れ会の予定が連盟から発表された。75歳だった。

    ひとつだけ胸を張って言えるのは、先月お会いしたとき、ある若手駒師が製作した大内怒涛流の2組の新作彫り駒をお渡しできたことだ。
    そもそもは、1年ほど前に大内一門の期待できる若手孫弟子の生涯の研究用の駒として作ってみたらどうですかと提案したことからこのプランは始まったのである。私は、大内九段が師匠土居市太郎から贈られた無銘だったが水無瀬の彫り駒を生涯の研究用の駒として身近に置いて愛用していたことを知っていた。それは明らかに若き影水が自ら作った駒だった。
    だからこそだろう。大内九段も「いや、それは楽しみですねえ・・」と乗り気になってくれた。
    それがようやく完成して、上京した若手駒師が直接に届けたのである。大内九段がおそらく生涯最後に手にした新作駒となった。
    しかしその駒が、2か月も経たないうちに大内九段の遺品となってしまうとは・・・。寂しく哀しい物語になってしまった・・・。

    今はただ、大内九段のご冥福を祈るばかりだ。

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                <怒涛流彫り駒>清征作~彫りの蜂須賀直伝の教えをも受け、成長株の駒師である。






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    category: 日々流動

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    2017 宝塚記念・阪神2200m~王者失権 G1歴戦勝利の疲れなのか・・? 

    DSCN2459.jpg(絵:ノグチアキラ)

    想い出せばダービーの宴の夜、大阪杯と春天皇賞を力強く連覇していたキタサンブラックが、来たる宝塚記念をも制して春G1戦3連覇を決め打ち、1着賞金1億5千万と特別ボーナス2億円を獲得するか否かが話題になった。

    多くの意見は、達成支持が多かったが、私は「強い馬だからこそ落とし穴が待ち受けているのではないか?負けるとしたら宝塚記念ではないですか」と、少数派に徹していた。
    ここ四半世紀の日本の競走馬の質はめまぐるしく高まっている。世界の果ての競走馬は、今や世界の中心とも言い得るように進化しているのだ。かつてテイエムオペラオーが秋G1戦3連覇で2億円の特別ボーナスを獲得したときからは、もう15年以上の時が過ぎている。その間にも、日本の競走馬は進化を続けてきたのである。

    つまり何が言いたいのかと言えば、いかに強い人気馬であろうと、G1戦を勝ち抜くには相手が進化しているだけに、その昔とは違って何らかの肉体的同時に精神的な無理を重ねている状況にあるのではないかということだ。それはあるいは、ある日突然現れるような飛行機の金属疲労のようなものであるのかも知れない。

    1週前追い切り、そして最終追い切りからパドックでも、今回のキタサンブラックは、どう贔屓目に見ても、もちろん完成した馬体は素晴らしいのだが、キビキビとした弾けるような覇気が私には感じられなかったのだ。

    普段、厩舎で一緒にいるわけでもないから、それは素人の私の主観でしかないのだが、それなりに見切る眼力はこれまでの競馬経験で鍛えられてきたつもりである。(自己満足ですが・・)

    追い切りを見て、私がピックアップしたのは、ゴールドアクター、ミッキークイーン、シャケトラの3頭だった。デムーロの騎乗するサトノクラウンは大いに気にはなったが、これまで阪神芝での走りがいまいち印象に残らない結果だったこともあって、それなりの調教気配だったが敢えて4番手扱いにした。

    それよりも横山典弘が2200mのゴール前に坂のある阪神コース(実績のある中山と同様である)でどんな騎乗をしてくれるかという興味が沸き起こったし、前走で少しも走っていないミッキークイーンを今回浜中俊がどう乗りこなすのかということにも関心があったし、4歳のシャケトラをルメールがどのように走らせるかということにもそれを見てみたいという気になっていたのである。

    軸は横山典弘ゴールドアクターの結論は曲げなかったが、レースまで迷いに迷ったのは、念のため(何が念のためなのかは意味不明だが・・)、ゴールドアクターからミッキークイン、シャケトラの馬連3点ボックスにするか、デムーロ騎乗のサトノクラウンを含めた3点流しにするかという命題に、答えが閃かなかったかのである。

    6月25日午後1時25分に、私はGCを見始めた。阪神第7Rに宝塚記念と同じ距離の芝の500万条件戦が組まれていたからだった。武豊騎乗の3代目ヒシマサルが前半5F59秒7の流れを2分13秒で差し切ったのを確認して、おそらく本番は2分11秒の決着だろうと予測した。週の後半からの雨が、ドッと降ることはなかったにせよ力のいる馬場状態に影響していたようである。

    スタートして、4コーナーまで、私には3つの何故という疑問を抱かざるを得なかった。横山典弘ゴールドアクターは今回はスタートを決めていたから安心して見守っていた。となると、武豊キタサンブラックに関わる謎が2点と、残りはデムーロに敢えて聞いてみたい答えである。

    まずはキタサンブラック。何故、武豊はこれまでのG1とは違う外からの横綱相撲のようなレースをしてしまったのか?キタサンブラックはインを確保してレース全体を支配することで成長を続けて来たのに、何故好位の外にポジションを取ったまま無策だったのか?500万条件戦の流れよりも遅かった前半5F60秒6の流れなら、いつでも他馬を抜き去る態勢で好位のインにつける姿勢を見せなければならなかったのではないのか?キタサンブラックを応援して見守った多くのファンが見たいと願った展開をあえて選べなかった騎乗の意図はどこにあったのか?昨年の宝塚記念で34秒7のペースで先頭に立ってレースを引っ張り3着に敗れたトラウマがあったとでも言うのだろうか?この謎は不明である。

    デムーロに聞きたいのは、向正面から3コーナー手前地点まで、ゴールドアクターを外から封じるかのようにプレッシャーをかけ続けたのは、意図的な戦略だったのか否か?もし今日の相手はゴールドアクターと狙い澄まして実行していたなら、その騎手の本能的な勝負感は大いに称えなければいけないだろう。

    それにしてもである。4コーナーを廻ってすぐさま勢いをつけてインから馬群を抜けてきた横山典弘の騎乗には、これがゴールドアクターだ!とアピールする大胆不敵さが漲っていた。若い頃から、少し遅れてデビューした武豊が煌びやかなリーディングトップの道を驀進していた頃も、横山典弘は「オレは天才だ!」という不敵な自信と勝負度胸を守り続けてきた。それが今、彼自身の言葉の通りに実現しているのである。しかし、それでもこの日は3/4馬身差の2着だった。

    えッ⁉ 私?いえね、最終最後に念のためと3点ボックスを選択してしまいました、ハイ・・・。言葉もありません。
    もし、サトノクラウンが血統的にサンデーサイレンスの血が入っていない馬で、実は生産界の期待を大きくその肩に背負っている存在だと今さらながら気づいていたら、正解に繋がるまた別の選択をしていた筈だったのに・・・。不勉強でした・・・。

    それでも、「止められない、止まらない」「そのうち何とかなるだろう」の心意気だけは、「上を向いたらきりがない。下を向いたら後がない」という現実の中でも、決して忘れないで精進したいと決めています。

    でもねぇ、この日も気分作りと気楽に参加した7Rと9Rを仕留めたものの、メインの宝塚記念で弾かれて、結局は観戦料程度のチョイ負けの結果。この「チョイ負け」という奴は、まあ本当にたちが悪いというか、何というか・・・。忍耐の日々が続きます、ハイ・・・。

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    category: 競馬

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    古駒の行く末 

    1週間ほど前、オークションに出品されていた数々の古駒を眺めていた。
    おそらく蒐集愛好家の手元から、様々な事情(後継者がいない状況でご本人が亡くなってしまったのではないか?)で、古美術商に流れて、遺品となったそれらが出品されたということだろう。

    それにしても本格的な蒐集家というのは、生前に本気で手元に集めるものである。龍山、静山、木村、宮松、影水、初代竹風、そしておそらくは本物の水無瀬家書き駒まで。

    古い駒というのは、アクや味わいに満ちている。そしてそれが、逆に何と実用品を超え得た作品としてのアーティスティックな個性となっているのを再確認した。
    私自身は、現代駒というのは、TQCを求めるあまりなのか、とかく教科書的な無難な工業製品のような(まあ、スキがないとも言えるのだが)アクや味を捨てているものが多いなという個人的な感想を抱いている。

    味やアクこそが、実は作品としての価値を有らしめるものなのにである。でもそれは、その時代に生きる受け手のレヴェルで決まる側面があるから、結局は、自分自身が何を大事に感じ、何をその拠り所にしているかという美感や、大げさに言えば思想哲学の問題に行き着くので、とにかく良いものを見る経験を積み上げて、その世界の扉を開けて行くしかない。

    必ずしも自己所有しているかどうかということではないだろう。勿論所有していれば、いつだって見られ、いつだって触れる特権があるが、運良く出会った人に触れさせていただいて、それを自分の記憶にしっかりと焼き付けておくというのも効果的な経験となるはずだ。

    残念ながらここしばらくずっと手元不如意状態なので、いささかも購入しようとは思っていなかったが、それ故好奇心を逆に高めてじっと眺めていた。

    魅かれたのは、水無瀬駒(写真はオークションから)
    この特徴的な直筆書き駒の魅力。ひょっとしたら水無瀬兼成の真作なのではないかと直感した。味わいに溢れていた。

    他にも、何故か無銘だったがおそらく影水作の淇洲。 淇洲

    それに、木村作の清安。 木村 清安

    こんな個人的に魅かれる駒をただただ(指を咥えて)眺めているのも楽しい時間だった。
    (そう言えば、同時出品されていた将棋連盟の「関東名人駒」と兄弟駒とされる赤柾の奥野作宋歩好は、結局どうなったのだろう?気になるところだ)

    それにしても、趣味人の気概を込めて蒐集された駒作品の寿命もまた、それらを愛した者の寿命と一体となっているのではないかという厳粛な事実をも、改めて思い知らされた時間でもあった。数寄に走る者には、次代の行く末をも担う責任までが付き纏ってくるということなのだろう。それはそれで大変だ・・・。








    category: 将棋駒

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    真昼の決闘 

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    去年の暮、近くの山道でつれ合いが1匹の子猫を拾った。男の子だった。
    空腹と不安からか走り寄ってきたのだ。痩せて鼻水がたれていたのが少し気になったのだが、濡れタオルできれいに拭き取って、餌を与えると、喉をゴロゴロと鳴らして少し元気になった。

    しかし、その小康状態は束の間のことだった。おそらくすでに「猫エイズ」を発症してしまっていたのだろう。数日で体調を悪化させ、病院に連れて行くまもなく、ある朝布団の中でつめたくなっていたのだ。その日は時雨交じりで寒い朝だったが、濡れるのを厭わずスコップで穴を掘り丁寧に埋葬して、そこにお線香を焚いた。

    呼べば返事をするし、人懐っこくて性格も良かったので、家の中は暗い気分でいっぱいになってしまった。

    しばらく猫を飼っていなかった。現在の猫ブームは、実は私には第2次ブームである。猫のブームは長毛の外来種が流行った80年代に最初のブームが訪れている。そしてその頃、私もヒマラヤン種のおっとりとした性格が気に入って飼い始めたのだった。3代目まで育てたが、私自身の入院や闘病もあってそこで諦めた。

    だから猫の習性も、飼い方も病気の対処法も、たいがいなことは理解している。何かをしようとしてミスったときに、間をつなぐようにすっとぼけて顎あたりを掻いたりするような動作など、何度もからかって笑ったことがある。

    わずか数日間の子猫との出会いが、久し振りにつれ合いの心の琴線に響いてしまったのだろう。年が明けたある日、家に新しい子猫が現れたのだ。聞けば、町のペットショップに託されていた(誰かに拾われたか捨てられていた子猫だろう)子猫を、賛助金を置いて手に入れて来たのだという。雌猫で、「猫エイズ」の兆候もなく元気そのものだった。先住民たる犬にもすぐに慣れて、旺盛な食欲を発揮するようになった。まあ、最初に風呂に入れたときには絶叫して飛び跳ねたが、それでもドライヤーをあてるときにはおとなしくなっていた・・・。

    あれから約半年。今や、11歳の犬をも手下にする女ボスになっている。

    これは真剣にじゃれ合う「真昼の決闘」。

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    すでに後期高齢老犬の部類となった11歳の愛犬も、毎日じゃれ合う楽しみを覚えて、何となく若返っているようである。








    category: ワン・ニャン

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