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    Tsuruki Jun<鶴木遵>の原風景 《絶対零度》

    鶴木遵の本、新しい挑戦、趣味である競馬、将棋の駒、男の手料理、めだかやミジンコ飼育、犬猫のよもやま話、など四季折々に感じたことを発信していきます。

    ついでとばかりに~普段使いの駒たちを 

    3日ほど前に、湿気の悪影響がなかったかと取り出してみた盛上げ駒。

    何故か、ご覧になる人たちが多く、今さらながら驚いています。ただ私は宣伝係でもブローカーでもないので、敢えて作者の名には触れていませんので、ご推察くださいませ。

    で、ついでですから、普段使いの駒写真も撮ってみました。著名な駒師の作もあれば、この私の手になる下手な駒もありますので、ご注意ください。

    こんな駒をその日の気分で使っています。
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    そう言えば、こんな駒も平箱にしまっていました。この<篁輝>書体は今では珍しいでしょう。

    DSCN1021.jpg

    自作を含めて、これだけでもう6組。使いこなすことも手入れするにも骨が折れます。
    改めて、欲しがる所有欲に責められて、ただただ増やせばいいというものではないと思い知らされます。

    それでも欲しくなるのなら、1組手に入れたら1組を手放す意志を持つことかも知れません。
    使われてこその道具ですから。
    そう思う、今日この頃です。







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    category: 将棋駒

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    2017 マイルCS~京都芝1600m またもやミルコ!!神様、仏様、ミルコ様! 

    由進作 左馬・幸運駒②

    11月19日。先週のエリザベス女王杯に続く快晴の京都競馬場。
    マイル路線を目標とする馬たちが揃ったが、私の結論には少しも迷いがなかった。

    このブログに眼を通してくれている方なら、私自身がエアスピネルとイスラボニータをずっと応援していたことをご存じだろう。
    それに、3歳の皐月賞2着馬ペルシアンナイトと、京都での適性実績が少しばかり気になるがサトノアラジンも抑えておこうと決めていた。武豊の路上キスや調教中の負傷が影響したのか、エアスピネルは直前にR.ムーアへの騎乗交替となってもいて、それでどんな走りを見せるか大いに興味もそそられていたのである。軸はこの馬だ!

    どう考えても、何のアクシデントもなかったなら、最後の直線ではムーア、デムーロ、ルメールの揃い踏みの叩き合いになるだろう。そこに川田将雅が差し届くかどうか。好位からエアスピネルとイスラボニータ、ペルシアンナイトはミルコの必殺技のイン攻撃か。サトノアラジンは直線いっきだろうが、坂のない京都ではトップギアに上げる勝負の瞬間をよほど的確に掴まないと追いすがれないだろう。午前中からレースの瞬間を楽しみにして過ごしていた。

    ところがである。昼前に急用の連絡があり、どうしても出かけなくてはならなくなった。できるものならトボケタイとも思ったが、浮世の義理でそういうわけにもいかない。とりあえずGCのレース録画を予約して、パドックも生(ナマ)で見られないなら、ほんの少しだけ購入しておいて、もし運良く間に合うようなら急いで家に帰って買い足すことに決めて、後ろ髪を引かれる思いで着替えて外出した。
    結局、用事は夕方過ぎまでかかり、家に帰りついて録画画面を見た。

    直線、ムーア・エアスピネルが抜け出し、ゴール前にイン攻撃から抜け出して来たデムーロ・ペルシアンナイトが迫って、エアスピネルが最終最後に脚勢を弱めた瞬間に差し切っていた。エアスピネルは強い競馬をしたが、G1にはほんの僅か届かなかった。
    ゴール前の攻防は見応えがあったと思う。

    この結果に、何故、よりによって今日、浮世の義理を果たしに出かけなくてはならなくなったのかと恨めしく、つくづく自分の運気の弱さを感じた次第である。タラレバだが、あのまま午後にゆっくりとレースを見守れたなら、納得できる勝負ができたのに・・・。ほんのチョイ抑えになってしまった・・・。誰を恨むのでもなく、ただただ運気の弱さを嘆くばかり・・・。

    まあ、こんな日もある。それもまた競馬の日々だろう。それにしても・・・。

    それにしてもはまだある。結果からすると、3歳馬は、ペルシアンナイトが勝ち、上り馬サングレーザーが3着、桜花賞馬レーヌミノルが4着で、5着はイスラボニータだったから、掲示板には3頭が名を連ねた。古馬がだらしなかったのか、3歳馬が強いのか、結論はもう少し後にしたい。

    今週末は、JC。ネクタイを締めて、いざダービールームへと、向かう予定である。
    急用が生まれたとしても、今週末はすっとぼける予定である。






    category: 競馬

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    ちょっとその気になって 

    DSCN2630.jpg(フラッシュ撮影画像で飛んでしまっているが、古木の味わいがある)

    先週末、マイルCSの前夜、そう言えばと気になって、久し振りに将棋の盛上げ駒を取り出してみた。

    先月の降り続いた雨で、何か異変がなかったかとチェックした次第。駒は黄楊の木でできている。木材には湿気は危険だからだ。

    結果何事もなく、安心した。イボタ蝋で磨いて仕上げた効果だろう。

    結局、飽きずに私の手元に残ったのは、伝統ある「安清」系の書体だった。好みは時間と共に収斂して明確になるものだ。そこに至るまでに、あれもいい、これもまたいいなどと、無駄に浪費を重ねて迷い惑うていたのだが、楽しさで言えばその瞬間こそが楽しかった。今は冷静なので、ほとばしる様な熱さはもう生まれてはこない。いいものに触れたときに「これなら飽きさせないでくれるな」と、そっと頷くだけで満足する境地で、何が何でも手に入れたいなどと焦る気持ちもない。
    あと2~3組ほど廉価な木地を預けてある駒師もいるし(まあ忘れていなければそのうち手が空いたら作ってくれるでしょう)、いざとなったら下手を承知で自分でも挑戦できるし・・・。

    DSCN2635.jpg     DSCN2634.jpg

    先週末は、こんな老成した境地で過ごしていた。
    そして・・・・。





    category: 将棋駒

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    「信」という言葉 

    JT
    「信」という言葉が、その意味をすり替えられてしまって久しい。

    信用、信頼、信義、信実、信念・・・信仰、信徒などという熟語もある。

    「信」という言葉は、人偏に言葉という構成だ。つまりは、人の言葉によって、信用も信頼も信義も信念などもが生まれていることになるのだが、21世紀になってから、それも特にここ5年ほど、人の言葉がこれほどまでにいかがわしくなっている時代風潮は嘆かわしさを超えている。

    社会の上に立って粉骨砕身の精神で下々の小さな幸せをリードすべき存在が、率先して「信」という人が発する言霊の精神を裏切っているのだから、何をか況やである。過去には三菱自動車や雪印、今は日産や神戸製鋼に象徴される大企業も然りである。

    教育を商売にする輩の学園の「誰かのお友達である」責任者が、引きこもったまま何らの言葉をも社会に発しないままに、莫大な公有地や予算を得て認可される不思議さも同様だろう。社会に発する責任者自身の言葉もないのだから、「信」など生まれようもないが、もっと不思議なのは、それを取り巻くお偉い方たち(たぶん自分が選民だと自惚れているだけだろうが・・)の言葉に、「信」の気持ちが全く抱けないのは、いったいどういうことなのだろうか?

    答えは、判り切っている。それらの言葉に、包み隠そうとする偽善・欺瞞はあっても「信」の裏付けがないからだ。

    「信」を失った時代、「信」を失った社会が行きつく先は、ああ言われたらこう言い返して、既成事実を作り重ねていく不誠実な時代と社会だろう。誰も責任を取らず、最大多数の最大幸福ではなく、最小少数の特権的幸福を調整する選民社会に夢と希望の未来などありえない。

    何となく、次代が不安な世相が続いている。正直、怖さを覚えるほどであるのだが・・・。




    category: 世相を読む~極私的注目のままに

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